リゾート地PR案件④

「あのさ。もうすぐ夏だし、1週間くらいパーッと旅行とか行きたくない?」

「急にどうした」

「そんなあなたに朗報です!」

「通販番組みたくなってるぞ」


 6人で集まって配信を開始した。かと思えば凪咲の突然のフリ。打ち合わせ通りではあるが。


“6人が揃ってるの久し振りに見た気がする”

“そんなに経ってないはずなのにな…”

“もうお前らが集合してないとダメなんだ…”

“プレミア公開の話かと思った”


「まぁ、茶番はこれくらいにして。なんと今回案件をいただいて、あの伝説のリゾート地『極楽園』に行ってきました!」


 凪咲は気を取り直して本題に入る。


“な、なんだって!?”

“道理で全員配信しない期間があったわけだ”

“裏山”

“お金があれば行きたい”


「で、今これは牙呂のチャンネルだけど、『極楽園』をアタシ達が満喫する紹介動画が、アタシと奏のチャンネルでアップされるから。今回の配信はそっちがメインだから、ちゃんと2窓してね」

「プレミア公開をリアルタイムで観つつ、副音声的な感じでこっちで駄弁る感じだな。最後にお得な情報もあるらしいから、見逃さないようにしろよ」


 相変わらず、進行は2人に任せ切りである。


「20時からプレミア公開始まるから準備は忘れずにな。オレの方でも配信観る準備はしとかねぇとだし」


 こっちの配信開始は19:50。同時視聴という形で観るのがこの配信の本題だ。カットした裏話なんかを挟んで駄弁るっていう企画らしい。


“めっちゃ楽しみ”

“リゾート満喫してきたんか”

“あれだけ大変だったんだから、丁度いい案件だな”

“癒されてきた?”


 というわけで、時間になり動画が開始される。配信を見直す機会があまりないので、新鮮な画角だ。


『海だ! 夏だ! リゾートだー!! ということで今回は、日本のあるリゾート地に来てるよー!!』


 画面の凪咲が元気良く挨拶するところから始まった。……改めて聞いてもテンション高いな。


「テンション高ぇ。うるせぇ。今聞いてもアガりすぎだろ」

「いいじゃん別に。実際楽しみだったし」


“テンション高い凪咲ちゃんかわよ”

“ワクワクが伝わってくる”

“常夏の島だからか皆夏服だな”


 こちらの配信では画面を映してないのだが、コメントを見ている限り皆観に行っているようだ。視聴者数もやや動画の方が多いくらい。


 撮影した映像自体は長時間あるので、裏話はいっぱいある。ただ俺は出来上がった動画のチェックをしていない。他が良ければ問題ないだろうと思っていた。


「この最上階スイートルーム! ホントに最高だったんだよね! アタシなんかずっとこの部屋に泊まってたくらいだし」

「他の部屋も結構良かったぞ? 大体お前、最終日1人になってから寂しいとか言って他の部屋行ってたじゃねぇかよ」

「そ、それは動画になってないんだから言わないでよ!?」


“寂しがる凪咲ちゃん可愛い”

“最高の贅沢だなw”

“1人用の部屋も映像で出てたけど、広くてヤバい”


「最後の方は1人部屋泊まってたが、普通に良かったぞ。ワンルームより広い部屋に泊まれるんだから充分」


 1人部屋に泊まった期間が長かったのは俺と牙呂だろうか。一応俺の方でもフォローしておく。

 まぁ動画では全ての部屋を映していたので観た人にもわかるだろうが。


「マサと2人で熱い夜を過ごしても大丈夫な広さ」

「誤解を招く例えやめて。そんな事実ないからな」

「むぅ。夢だった……」


“奏ちゃんwww”

“相変わらずだなこの2人w”

“夢でマサと熱い夜を過ごしてたんか?w”

“奏ちゃんマサの部屋に行かなかったのか、驚きだな”

“驚く方向性間違ってて草”


 いや、実は4日目の夜に来た。ただ1人を満喫したいからと断ったのだ。撮影、録音がないとはいえ1人部屋に2人でいる度胸はない。


「最後の方は皆1人部屋に行っちゃったよね」

「まぁオレら、金も名声もあるが富豪みたいな暮らしをしてるわけじゃねぇしな。なんだかんだ、広すぎると落ち着かねぇんだよ」

「それは……ちょっとわかるかも」


 これだけ広い家に1人で暮らしていてなにを言っているのやら、と思うところはあるが。実際彼の言うことは間違っていない。

 金銭感覚は狂っているが、基本的な感覚は庶民のままなのだ。


“富、名声、力”

“全てを持っていても感覚が庶民に近いという不思議”

“金の使い道が決まってるからかね”


「まぁ最上階スイートルーム以外泊まってみたが、どこも最高だったってことで、もう遊園地の方に行ってるな」

「大変だったわね、ここ……」

「誰のせいだと思ってんだ」


 2人のせいだろ。


 というのはこの後動画で出てくるだろう。

 画面では遊園地の全景を映し出しており、俺達の所感が聞こえてくる。ドローンで撮影しているのだろうか。


“ひっろ”

“これが氷山の一角とか”


 俺達も上から見回したのは初めてだ。遊園地は広いモノだが、それにしても広々としている。


 牙呂と凪咲が言い合って、2人して競い合うようにアトラクションに向かっていった。

 その後は二手に分かれての映像が交互に出てくるのだが。


『おらおらおらぁ!!』

『ちょっと! 早いってば!』


 牙呂がコーヒーカップを高速で回転させて凪咲が悲鳴を上げたり。


『マサ、あれ行こ。ジェットコースター』

『初回から飛ばしてんな。別にいいんだけど』


 奏に連れられて4人でジェットコースターに乗ったり。


 そんな感じで競い合う2人とのんびり回る俺達とで交互に様子が映し出されていく。


“小学生みたいなはしゃぎ方w”

“ガロナギは普段からこんな感じだけどなw”

“一方の4人は普通に楽しんでるな”

“奏ちゃんが積極的に動いてるのは、マサと遊園地回っててテンション高いからか?”


 色々なアトラクションを体験する映像は、楽しみ方に違いはあれど楽しさ満載であることに違いはない。


 ただ遂に、2人が疲弊したアトラクションに差しかかった。


 無言で佇む2人の前にあるのはそう、お化け屋敷。


『ね、ねぇ。ホントにここ行くの?』

『なんだ、怖いならやめとくか? そうなったらオレの不戦勝だなぁ』

『あんたに負けるのだけは嫌!』

『だったら行くぞー』

『あ、ちょっ! 待って、まだ心の準備が……』


 牙呂の挑発に乗って、凪咲は自らお化け屋敷に踏み込んでいく。


“凪咲ちゃんがお化け屋敷に!?”

“牙呂ナイスぅ”

“悲鳴期待”


 コメント欄は大いに盛り上がり、凪咲本人が渋い表情をしてみせる。


『きゃあああああぁぁぁぁぁ!!』

『うっせ! 鼓膜破けるわ!』

『し、しょうがないじゃん! 怖いんだから!』

『じゃあなんで来たんだよ……』

『負けるのが……いやああああぁぁぁぁぁ!!』

『だからうるせぇって!?』


 まぁ、当然だが凪咲が悲鳴を上げまくっている映像が出てきた。予想通りの展開に笑ってしまう。あと牙呂が音量を下げてくれたがそれでも煩いな。

 というか、凪咲怖くて牙呂の袖を摘んでるじゃないか。吊り橋効果とまでは言わないが、距離が縮んでいる。


 お化け屋敷に入ろうとしたのは多分、怖がる凪咲に頼られたかったのだろう。


「うぅ……カメラ越しでも怖い」

「暑苦しい」


 凪咲は隣の奏に抱き着いていた。自分の映像でも怖がるんだな。


 お化け屋敷は基本的にそんな怖がる凪咲と冷静な牙呂の様子が映し出されていたのだが、ふと前を歩いていた牙呂が立ち止まる。怯えて縮こまっていた凪咲がぶつかった。


『ちょっと、急に立ち止まらないでよ』


 文句を言う凪咲だったが、牙呂の顔面が蒼白になっていることに気づく。彼は一点を見つめて震えていた。


 凪咲が覗き込むと同時にカメラもそちらを映す。


 牙呂の視線の先には、1人の幽霊が立っていた。女性の幽霊で、血塗れの身体で右手に包丁を持っている。笑みを浮かべて血を滴らせながらひたひたとゆっくり近づいてきていた。


『ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!』


 凪咲が息を呑む中、盛大な悲鳴が響いた。……牙呂のモノだ。

 彼はぎゅんと別方向に走っていってしまう。流石は速さに定評がある牙呂。一瞬で見えなくなってしまった。


『……ちょ、ちょっと! 置いてかないでよぉ!』


 置き去りにされた凪咲は涙目になって言うが、もう聞こえてはいないだろう。と思ったら遠くから猛ダッシュで牙呂が戻ってきた。かと思えば凪咲を抱えて、再び悲鳴を上げて走り出す。


『え、ちょっと、待ってってば!』

『ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

『うわああああぁぁぁぁぁ!?』


 牙呂が凪咲を抱えてどこかへ行ってしまったので、撮影スタッフだけが取り残された形だ。


 カメラが幽霊の方へ向くと、さっきよりも近づいてきている幽霊がこてんと首を傾げる。それがオチだった。


“草”

“牙呂猛ダッシュで逃げてて草”

“凪咲ちゃん置いていった後に戻ってくるの笑うw”

“幽霊と言うか、ヤンデレっぽさにトラウマが……”

“スタッフ置いてけぼりで草”


 映像の続きは2人が出口近くのベンチでぐったりしているところからだった。


「付き合ってもいないのに、家にいて包丁持って待ち構えてた子だったっけ」

「……おう。エプロン姿でな。あまりの衝撃に逃げ出したわ」

「あんたってホント、変な子に好かれるよねぇ」

「うっせ」


“女難の相出てるんじゃないか?”

“牙呂のトラウマエピソード好きw”

“なんでこんな濃いヤツと遭遇できるんだってくらいw”


 逃げたら追いかけ回されて散々な目に遭ったのがトラウマになっているらしい。


 で、アトラクションの個数が奇数だったためにお化け屋敷が引き分けになったことで決着がつかず、何回も挑むことになったと。


「アホらし」

「ある意味では楽しんでる」


 怖いとわかっているのに諦められないとは。

 因みに俺達の場合は、


『マサ、怖ーい』

『嘘吐くな全然思ってないだろ』

『ここの幽霊さんに魔法使ったら倒れてくれるのでしょうかぁ?』

『危ないから魔法禁止って書いてあっただろ。……ん?』

『マスター。あの方はなぜあのようなメイクを? お化け屋敷というのは幽霊系モンスターを解き放っているのではなく、人が幽霊のフリをして驚かしているのですか?』

『そう、なんだけど。メタいからあんまり言わないようにな』


“こっちは穏やかだなぁw”

“マサが怖いのは多分人間”

“奏ちゃん全然怖そうじゃないのに抱き着いてるw”

“ロアちゃんはある意味で興味津々だな”


 俺達の方はゆっくりとお化け屋敷を見て回っていた。特にトラブルはない。

 ……ただまぁ、桃音の「幽霊さん」がスタッフのことを指しているのかはわからないが。


 その後も遊園地を存分に楽しんで、夕方になった。


『マサの隣に座るのは私』

『なぜでしょうか。私がマスターの隣に座ります』

『じゃあ間を取って私が座りますぅ』


 夕焼けに照らされた遊園地の中、観覧車の前で言い合う3人。やっぱりここも使われていたか。


 観覧車は1つ4人乗りなので、4、5人で乗れるのだが、誰が俺の隣に座るかで言い合いが始まっていた。


『マサは誰とが……マサ?』


 言い合いに夢中になっている間に、俺は立ち去っていた。なんならゴンドラに乗り込むところだった。

 扉の閉まったゴンドラの中からひらひらと手を振る。


“草”

“仲良く4人で乗れば良かったな”

“マサやるやん”

“あしらうの上手いなw”


 奏は思い出してむすっとしていたが、ゴンドラの狭い空間で4人全員は若干燃えそうな気もした。


 それからも遊園地を回って楽しく過ごし、ディナーを嗜む。


 これで1日目は終わり、と思ったがあれがあったか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る