リゾート地PR案件③

「え、夜のお喋りって録音されてたんですか!?」


 翌朝。

 ホテルのロビーに集まった俺達は、スタッフさんから衝撃の事実を聞かされた。


「申し訳ございません。ですがもし動画に載せられない、私達に聞かせられない内容でしたら使用せず削除しますので……」


 スタッフさんは一同頭を深々と下げていた。俺は牙呂と顔を見合わせる。


「ま、まぁちょっとだけなら使えるとこもなくはない、かな?」

「別にいい」

「大丈夫ですよぉ」

「念のため、録音データの編集は私の方で行いましょう」


 女性陣は一部使用できるようだ。俺達は……。


「オレらは……ボツだな」

「ああ。……無理だな」


 2人で苦笑して言った。録音データを聞くまでもない。ガチ話をしすぎて、使用不可能なデータと化している。


 断りもなく録音していたことを謝罪されたが、録音データを聞くのではなく、録音しておくだけしておいて聞く前に確認してくれている。プライベートは守ってくれたので特に気にしていなかった。今回の動画も編集後は凪咲と奏のチャンネルで上げることになっているので、俺達で最終チェックができる状態になっている。元々そういう風にすると聞いていたので嫌悪感はあまりなかった。

 因みに、完全にデータを削除するために録音機器を破壊させてもらった。あんな会話、一切の証拠すら残しておけない。


「……あんた達、どんな話してたのよ」


 機器の弁償をしてもいいから破壊させてくれと頼んだ俺達に、凪咲がジト目を向けてきた。苦笑で返すしかないよなぁ、牙呂君や。


 とりあえず適当に誤魔化して今日の本題に入った。


 2日目の今日は、プライベートビーチでの海水浴だ。水着シーン撮り放題のサービスカット満載動画になることだろう。


 まぁ、俺はあんまり関係ないんだが。


 というわけでプライベートビーチへ移動。更衣室と呼ぶには立派な建物の中で水着に着替えると、砂浜に降り立った。


 更衣室の1階には大量の水着が用意されている。水着はレンタル制なのだ。もちろんこれらも無料。全てを用意されたリゾート地なのだ。俺は無難に黒い短パンの水着を選んだ。上にはノースリーブの白いパーカーを着ている。

 牙呂は紫色の短パンに炎の柄が書いてある水着だ。引き締まった筋肉質な身体を惜し気なく晒している。首に水中ゴーグルをかけていた。外から見るとレンズがレインボーになっているちゃんとしたヤツだ。


「村正さんは、パーカーを着られるのですか?」


 女性陣の着替えを待っている間、スタッフさんからそんなことを聞かれた。


「え? あぁ、はい。ダメでしたか?」

「ダメと言いますか……。村正さんは女性人気もありますので、できればカメラに収めたいなと」


 そう言われたが、俺に女性人気ねぇ。そんなモノない気がするんだが。


「えっと、すみません。ちょっと酷い傷跡があるんで、あんまり……」

「そうでしたか。それなら水に強いメイクで隠すこともできますが」

「この場だけならそれでもいいんですけど、今後も表に出すつもりがないので」

「そうですか……。すみません、無理を言ってしまって」

「いえ」


 俺はどうにか理由をつけて断った。牙呂はなにも言わなかったが、理由を察しているはずだ。


 俺の胸の真ん中には、幼少期につけられた傷跡が大きく残ってしまっている。目立つのでどうしても肌を見せるのは抵抗があるのだ。

 幼い頃、父親につけられた傷だ。あの時は必要なことだからと言われて刺されたがめっちゃ痛かったし、必要ないことだと後からわかったのであのクソ親父、と思っている。昨夜牙呂と話していたのは精神的な呪い。こっちは本物の呪いだ。


「お待たせっ!」


 しばらく待っていると、ようやく凪咲の声が聞こえてきた。そちらを向くと、水着姿の4人が立っている。


 スタッフさんからも息を呑む音が聞こえてきた。


「水着レンタルし放題だからついつい悩んじゃった」


 えへへっ、と笑う凪咲は黄色のフリルビキニを着ている。普段とは違い髪をアップにまとめていた。


「マサのために選んできた。似合う?」


 奏は後ろで手を組んで前屈みになり見上げてくる。黒いビキニで、首から下がる布がクロスして胸元の布に繋がっているタイプのモノだ。こうして水着を着るとスタイルの良さがより際立つ。


「うふふ~、似合ってますかぁ」


 桃音はいつも通りの笑顔を浮かべて腰のパレオを摘まんで広げている。白いビキニで、彼女が持っている通りパレオつき。こちらは髪をポニーテールにしている。スタイルで言えば間違いなくこの中で一番なので、水着の破壊力が高いのも当然。髪型が変わっているのもあるか。


「マスター、如何でしょうか」


 ロアは水色のワンピースタイプの水着を着ていた。露出は少ないが、普段見ている服装とは違って新鮮さがある。慣れない恰好だからそわそわしている様子で、裾を引っ張ったり摘まんだりしていた。


「……なんつうか、な。色々と差が」

「誰見て言ってんの!?」


 牙呂が絞り出した第一声に、視線の先にいた凪咲が怒る。俺は呆れて肘を脇腹に叩き込んだ。


「マサ、どう?」

「ん? ああ、似合ってるよ」

「ん」


 奏は俺の言葉ににこにことしていた。……こんな言葉だけでここまで上機嫌になるか。いや、似合ってると思ってるのは本心なんだが。


「村正君、私はどうですかぁ?」

「マスター」

「桃音もロアも似合ってるって。普段と違っていいと思う」


 牙呂が凪咲と言い合っているせいか、桃音とロアも俺に聞いてきた。2人にもきちんと正直な感想を返しておく。


 女性陣を迎えた後は、6人で横1列に並ぶ。俺達が水着になった姿をまとめて納めたいんだと。


「ありがとうございます、いい絵が撮れました!」


 カメラの前で並んでしばらく雑談していると、スタッフさんが笑顔でそう言ってきた。どうやら欲しかった映像が撮れたようでなによりだ。


 それから俺達は、撮影のことなど気にせず海で遊びまくった。


 日焼け止めを塗ってと頼まれたり、泳ぎ回ったり、ボートに乗ったり、砂場に埋めたり、BBQしたり、海上を走ったり、水かけ対決で津波を操ったり、波打ち際に巨大な砂の城を作ったり。


 普通の旅行者と同じように海水浴を満喫していた。


 夜もBBQ、それに花火まで用意してくれていた。

 遊園地の時もそうだが、こんなに遊んだのはいつ以来だろうか。


 その日は遊びまくったこともありすっきり早めに眠った。明日からは、1人用の部屋に移ってもいいかもしれない。


 それから、俺達は1週間かけてリゾート地の全てを堪能させてもらうのだった。

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