リゾート地PR案件②

 初日は遊園地を満喫するスケジュールになっていた。遊園地なんていつ振りだろう。


「わぁ、おっきい! 飛行機で来る時も見えたけど、やっぱり実際に見るとこう、昂るよね!」


 スタッフさんから復習として説明を受けた後、凪咲がカメラの前でウキウキした様子を見せる。いや彼女はずっとワクワクしてたが。


「遊園地ではしゃぐとか子供かよ」

「斜に構えて楽しいこと楽しめない方がダサくない? それともなに、まさか怖いの〜?」

「は? んなわけねぇだろ。なら全アトラクション制覇してやるよ」

「へぇ? じゃあどっちが先にバテるか勝負よ」

「上等だ」


 というやり取りをして、2人が早々にアトラクションの方へ向かっていった。……置いてかれたんだが。

 撮影係も1班ついていっている。

 打ち合わせでは自然な感じで楽しんでくれれば。あと目玉のアトラクションは回ってくださいとのことだったのだが。


「マサ、どれから行く?」

「マスター。あちらのジェットコースターが一番の目玉アトラクションのようです」


 奏とロアが言ってくる。その後顔を見合わせて睨み合っていたが。


「まぁ、あいつらみたいにがつがつする気はないが、全アトラクション漏れなく貸切なわけだし。折角だから全部回ってみよう」

「はぁい。気分悪くなっても治してあげますねぇ」

「気分悪くなるようなことはしたくないんだが……」


 置いていかれた俺達4人は、並んでのんびり遊園地を回ることにした。


 動画の尺もあるので、ここはおそらくダイジェストだろう。楽しい時間を過ごさせてもらった。というか俺達のためだけに売店に店員さんがいて、マスコットもいるんだが。金かけてもらいすぎでは。


 別行動の2人がどうなったかは、まぁ動画を楽しみにするとしよう。

 昼食の時にはグロッキーだったので動画的には面白くなっているかもしれない。


 なにより、お化け屋敷があるんだよなぁ。


 ◇◆◇◆◇◆


 1日中遊園地を堪能した後は、遊園地のレストランでそのまま夕食。


 日が落ちてライトアップされた遊園地の光景を見下ろしながら食べるディナーは乙だった。


 牙呂と凪咲は直前までグロッキーだったのだが、昼食も喉を通らないとかで食べてなかったし、回復したら腹が減ったのだろう。堪能していた。


 夕食後に大浴場で牙呂と裸の付き合い、はいいんだが流石に撮影はなかった。女性の方もなかったようだ。2日目の海水浴でサービスするので、入浴時はなしのようだ。俺も諸事情により有り難い。


 貸切の大浴場を堪能した後は、牙呂に言われて卓球をする羽目になった。なんで風呂入った後に汗だくになってるんだかわからん。まぁもう1回入れるからいいか。


 その間、女性陣はエステを受けてきたらしい。再開したら肌がツヤッツヤになっていた。ロアもスタッフさんに推されてやってきたらしい。効果はあったようだ。

 長期間のダンジョン滞在で肌が荒れてたみたいなので、特に凪咲と桃音は満足気だった。


「マサ、綺麗になった?」

「ん? あぁ、なってるなってる」

「触ってもいい」

「いや別に……」

「触って欲しい」

「意味変わってんぞ」


 奏も、まぁいつも通りか。


 それからは6人でのんびりした後、明日も撮影があるからと解散した。


 あまり夜更かしせずに寝始めようと、さっさと電気を消してそれぞれベッドに横になったのだが。


「……なぁ」


 牙呂が声をかけてきた。


「こういう時、なんか話したくなるよな」


 気持ちはわからなくもない。


「そういや、お前と2人で話すことは最近なかったな」


 ダンジョンでは全員が一緒で、分断された時は桃音と一緒だった。家ではロアと一緒。

 奏はなにかと会いに来る。凪咲はあまり2人で、ということはなかったな。


 牙呂とは唯一の男同士なので接する機会も多かったはずだが。互いに忙しくなって、プライベートに会う機会が減っていった。


「ああ。で、こんな時だからこそって思うんだが。つってもなに話すんだろうな? 恋バナってヤツか?」


 なに話すのか決めてなかったらしい。


「恋バナって言われてもな。お前は、今付き合ってる人いないんだっけか」


 有名配信者にしては珍しく、なのか。牙呂は普通に女性とお付き合いをする。ただ長続きした試しはなく、よく凪咲に別れたことを茶化されている。

 顔は悪くないし話も面白い。ムードメーカー的なところもあるし金もある。モテないわけじゃないんだが。なんだかんだ女性に気を遣う部分もあるしな。


「ああ、別れたよ。なんでこう、長続きせずフラれるんだか」


 しかもそう、必ずと言っていいほど牙呂がフラれる。牙呂からフったのは何人かのヤンデレ彼女だけか。


「理由はわかってるだろ」

「あん?」

「お前が、心から好きじゃないからだよ」

「……」


 折角の機会なので、はっきりと言わせてもらった。


「好きじゃねぇわけねぇだろ、付き合ってんだから」

「まぁ、だろうな。けど、ホントに好きなヤツは別にいるだろ」

「はあ? 急になに言い出してんだよ」

「俺相手に隠せるわけないだろ」

「……じゃあ、誰だっつうんだよ」

「凪咲」

「はあ!?」


 仰向けに寝転がって目を閉じていたのだが、隣のベッドからがばっという起き上がった音が聞こえた。そんなに驚くことだろうか。


「なんで、オレが、あんなヤツを……」

「俺と自分相手に嘘吐いたって仕方ないだろ?」

「……」


 牙呂は黙り込んでしまった。自覚してないわけじゃないと思ってたんだけどな。

 そのまま再び寝転がり、どうやら反対を向いたみたいなので答える気がないのかと思ったが。


「……いつからだ」

「ん?」

「いつから、気づいてた?」


 やや小さな声で返答があった。ようやく認める気になったらしい。


「俺は中学3年くらいの時かな。桃音に聞いたら最初からって言ってたから、もっと前なんだろ」

「桃音にもバレてんのかよ……」


 奏がそういうのに聡いかわからなかったので、桃音と話したことがある。その時は確か「もうとっくに気づいてると思ってましたぁ」と言われた気がする。


「……ああ、そうだよ。なんでオレは、あいつのこと好きになっちまったんだろうな」


 遂に言葉にした。俺に聞かれても本人にしかわからないことだが。


「凪咲は充分魅力的なだろ。見た目の好みが逆だろうと、な」

「うるせ」


 言われなくてもわかっているだろう。牙呂の頭の中では今、凪咲との出来事が過っていることだろう。それが、牙呂が凪咲を好きな理由なのだから。俺がわかるわけもない。


 多分自覚したのは中1の頃だと、後から考えていた。その時に例のヤンデレ監禁事件が起きたのだ。あそこで凪咲が真っ先に助けた瞬間が、一番わかりやすいきっかけではある。

 俺が気づいたのは中3の時にあった、凪咲の魔法禁止ボス戦の時だ。あの時の牙呂は誰よりも速く、凪咲の下へ駆けつけた。それは速さだけの話じゃない。誰よりも凪咲を想っているからこそだった。


 因みに牙呂の好みの女性は背が高くてスタイルがいい年上だ。凪咲とは正反対、というのは失礼か。少なくとも見た目上は逆だ。


 だから多分、牙呂が女性と付き合うのはちょっとした反抗心から始まったのだと思っている。


「素直になればいいのにな」

「うるせ」


 それができずにずるずるとここまで来ているのだが。


「いい加減自分と向き合えよ? 少なくとも他の人と付き合うのはやめた方がいい」

「……わーってるよ」

「あと、早くしないと凪咲が誰かと付き合うことになるかもしれないしな」

「それは……まぁあり得なくはねぇか」


 いつもだったら「あいつが? んなわけねぇだろ」と言うところだろうが。素直になり始めている証拠だ。


「でも、それならそれで別にいいだろ。……オレがあいつを好きなのと、あいつが誰かを好きなのは別物だからな」


 全然いいと思っていなさそうだ。ただ、別の誰かが付き合ったところで祝福できる性格ではある。ただまぁできれば2人には結ばれて欲しい。

 というか俺の見立てでは凪咲も……。


「で、告るのか?」

「……急には無理に決まってんだろ」

「じゃあまぁ、その時を楽しみにしてるわ」

「おう」


 どうやら凪咲一筋を貫く気にはなったらしい。深層攻略中かなり参っていたようだから、なにかある前にと思い直すきっかけになったのかもしれない。


 俺はいいことだと思う。配信者になった手前難しい点もあるだろうが。配信を始める前は嫌な方ばかり目に入っていたから気づかなかったが、案外そういう人の割合は少ない。

 まぁ嫌われる、批判される方面でやっている人もいると思うが。牙呂と凪咲はそうではないので、受け入れてくれるんじゃないかと思う。


 なにより元から仲がいいことはわかってるわけだしな。


「……ってかよ、オレに色々言ってくるが、そういうお前はどうなんだよ」

「うん?」


 牙呂が俺に矛先を向けてきた。


「奏とか桃音とか。お前は鍛冶一筋だが、別に人の機微に疎すぎるってわけじゃねぇだろ」

「……」


 今度は俺が黙り込む番だった。


 痛いところを突いてくる。いや、お互い様か。むしろ俺がそういう話をしたから、牙呂も仕返しとばかりにしてきたのだと思う。


「奏は……まぁわからんでもないが。桃音まで並べるかよ」

「そらそうだろ。桃音は誰にでも優しい。けど、特別なのはお前だけだ」

「……」

「それに気づかないお前じゃねぇだろ。あとは……なんて言ったか。鍛冶師の仲がいい女の子もいたよな」

「あぁ……」


 実にタイムリーな人物だ。近々、会う予定がある。


「オレが真面目に答えたんだ。まさか、しらばっくれたりしないよな?」


 意地の悪い聞き方だ。


「……」

「言いたくねぇか。ならもう1つ言い当ててやる」


 牙呂は続ける。


「お前は怖いんだろ、親父さんの二の舞になるのが」


 尋ねるでもなく、確信を持って彼は言った。


「――」

「お前の親父さんは、結果的には狂っちまったが元は普通にいい人だったんだろ? だからお前は、自分もそうなるんじゃないかって危惧してんだ」


 牙呂の言葉を聞いて、俺ははぁと嘆息する。


「……隠し通せはしないか」


 全く以って、牙呂の言う通りだった。


 俺はあの父親のことを、心の底から憎んじゃいない。それは例の妖刀を打って父を殺すまでの間、間違いなくなにかに憑りつかれていたからだ。父親を殺し、妖刀を手放して我に返った後は、それこそ憑き物が取れたように、凄まじいまでの憎悪と怨念が嘘のように消えていた。

 それに、父親との思い出は悪いことだけではなかった。


 ――俺は鍛冶が大好きだ。俺は生きている間ずっと鍛冶師でいるだろうし、生涯を懸けるつもりでいる。


 その俺が生涯ずっと続けていくであろう鍛冶を教えてくれたのは、父親だった。


 初めて鍛冶を習った日のことを覚えている。

 初めて武器を造った時褒めてくれたことを覚えている。俺には鍛冶の才があるのだと嬉しそうにしていたことを覚えている。

 母親と幸せそうに笑う光景を覚えている。

 鍛冶師として多忙なのに休みの日を作って俺を遊びに連れていってくれたことを覚えている。

 父親の造った武器を使っている人を見てその凄さを目にした時のことを覚えている。


 楽しかった思い出は、今の胸の内に在る。


 だがしかし、いや、だからこそ。


 鍛冶師としてのプライドがそれらを根底から覆すほどのモノであることも実感してしまった。


 恋人、結婚、子供。

 それらのキーワードはかつての幸せを思い起こさせる。と同時に、変貌した父の姿にも繋がるのだ。


「当たり前だろ。お前がオレを見てきた年月と、オレがお前を見てきた年月は一緒なんだぜ?」

「あぁ、そうだな」


 俺は鍛冶師として上の方にいるという自覚がある。そのことに誇りを持っている。

 だからいざ自分が家庭を持った時、父親と同じ状況に遭遇した時、自分がどうなるかわからない。

 子供が自分の才能を容易く上回る天才で、その才能に嫉妬して狂ってしまうのだろうか。

 それとも鍛冶師になろうとした子供が才能の壁に突き当たって道を踏み外してしまうのだろうか。


 一番の幸せはなにも不幸なことが起こらないこと。そういう未来もあると頭では理解している。ただ、俺の中でその幸せは狂気の沙汰と表裏一体になってしまっているのだ。


 あるいはこれが、父親が俺に植えつけた最も強い呪いなのかもしれない。


「オレが断言してやる。お前は親父さんとは違ぇよ」

「そうか?」

「ああ。親父さんになくてお前にあるモノ。それは――オレらだ」


 牙呂は恥ずかしげもなく告げた。


「お前が道を踏み外しそうになったら、オレ達が止めてやる。あの時と同じようにな」


 牙呂の方を見たら、彼もこちらを向いていた。真っ直ぐに俺の目を射抜いてくる。


 あの時とは、父親を殺した時のことを言っているのだろう。憎悪と怨念に突き動かされるまま妖刀を打った俺は、セーフティなんて一切考えていなかった。目の前の動いているモノを殺し尽くすだけの存在となって、そのまま取り返しのつかないことを行う可能性だってあった。

 そんな俺を止めてくれたのは、他でもない4人だった。


 ……不思議と、こいつらならそれができると思ってしまう。


「……はっ。ホント、健太は昔からそういうの好きだよな」

「健太って言うんじゃねぇ!? ……いや、今はいいのか?」


 牙呂というのは配信者としての呼び名だ。ここはむしろ、昔からの親友として呼ぶのが正しい。


「……まぁ、なんだ。すぐには無理だが、善処はするよ」

「おう。オレが言えた義理じゃねぇが、いつまでも目を逸らしてらんねぇぞ」

「わかってるよ」


 父親が全てを懸けて俺にかけた呪いだ。そう簡単に解けることはないだろう。だが、解けた時には、答えを出さないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る