進化の先へ
黒と白が半々になった敵は、それぞれの形態で使ってきた攻撃を融合させてきた。
黒い炎をきちんとした剣にして振るえば、黒い炎の斬撃が無数に飛んでくる。
他の武器でも俺達がやれないことをやってくるようになり、手札が単純に数倍へと跳ね上がった。
属性攻撃とただの斬撃衝撃を織り交ぜてくるせいで、対処がしにくい。特に属性の斬撃衝撃は相殺が難しく、劣勢になっていった。
特に属性の対抗手段を持たない奏は敵の斬撃を一部しか相殺することができず、完全に押されていた。
「む……」
本人もわかっているようで不満そうな顔をしている。ただダメージを与えられていないわけではない。斬撃が当たれば傷はつく。ただより苛烈になった相手に当てることが難しくなっただけで。
傷つき、倒れ、立ち上がり、戦う。ただそれだけのことがこんなにも難しい。
「がっ!」
牙呂が吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「っ!」
奏が斬撃の応酬で押し負け、切り刻まれる。
「きゃあっ!」
凪咲が相手の攻撃を相殺し切れず、吹っ飛ばされる。
俺は3人が倒れた直後に総攻撃を食らって消し飛んだ。……俺だけ容赦なくないか。
桃音のおかげで生き返れるが、さっきから同じ状況が続いている。桃音の魔力量回復力も上がっているからそうそう敗北することはないが、打開策がないのも確かだ。
桃音は深層のボス戦で回復継続戦闘を最適化、進化させた。
凪咲は時間魔法を覚えて時空間破壊魔法まで辿り着いた。
奏は下層のボス戦で概念を剣に込めることに成功した。
俺は武器になるが4人にまつわる武器を作成した。
1人を除いて、段階を超えた急激な成長をしている。
それがわかっているのだろう、先程から牙呂が静かだ。
「……」
彼は静かに立ち上がると、その場でとんとんと軽く跳び始めた。
久し振りに見る、戦う前の準備運動だ。
初心に帰ると言うか。慣れた動作なので集中しやすいのだろう。
“牙呂なんか静かだな”
“ぴょんぴょんしとる”
“懐かしい”
“戦う前に身体を解す準備運動じゃなかったっけ?”
“なんで今?”
そして、敵の攻撃が来る前にとんと地面を蹴る音が、彼の姿が消えた後に聞こえた。
牙呂にとってはよくある、音を置き去りにする高速移動だ。
そこからの経路は俺の目では追えなかった。ただ、壁や地面、天井を蹴る音だけが連続して聞こえてくる。敵に攻撃せず飛び回っているようだ。
敵は忙しなく目を動かしており、牙呂の動きが追えているらしい。あいつがなにを狙っているのかは、今にわかるだろう。
音の間隔が短くなり、どんどん速くなっていることだけが伝わってくる。相手も身体の動きがついてこないのか、下手に攻撃するような真似はしなかった。
たん、と牙呂が着地して姿を現す。直後にまた姿を消し、現れる。直後にとととっと連続した音が聞こえた。音の出所が別々の場所からなので、高速で移動して戻ってきたのだろう。
それを繰り返していると、音の連続する間隔が徐々に狭まっていき、やがてほぼ同時になる。更にそれを繰り返してく。
と、音が聞こえてくるまでの時間が短くなった。
次に現れた牙呂は、にやりと笑った。どうやらなにかを掴んだらしい。
直後、牙呂の身体がブレたと同時、敵に大量の切り傷がつき、攻撃が当たった音が聞こえてきた。
“は?”
“ん?”
“なにが起こった?”
“普通音が遅れてくるはずなのに、動き出しと同時に聞こえてきたぞ”
「ははっ! こりゃいい!」
牙呂は笑って言い、全く反応できていない敵を瞬時に切り刻む。俺の目では彼が動いているようには見えず、動いたと思われるブレはあるがそれと同時に攻撃が当たっているという状況だった。
見ただけでは意味がわからないが、段々と理解してくる。
「……確か、特殊相対性理論って言ったか。光速で動ければ、時空間を超えられるって言う」
俺も詳しいわけではないが、言葉としては聞いたことがあった。とはいえ実際に行っているわけではなく、それに近しい現象とでも言うべきか。
“は!?”
“え、なにどゆこと?”
“つまり……どういうことだってばよ”
“牙呂の光速移動! 時空間超えたよってことだろ”
“いや意味わからんて”
「……なるほどね。つまり速すぎて時空間を超えてるから、動き出したと同時に攻撃が当たってるんだ」
「そういうことだろうな」
流石のボスも時空を超えた攻撃は対処できないらしい。一方的に攻撃されており、大量の切り傷がついていた。
だが黙って攻撃され続けているわけにもいかないのか我武者羅に腕を振り回している。いくら牙呂と言えど空中で方向転換はできないので、1発食らって吹っ飛ばされた。
「……いってぇ。はは、だが見たかよ。オレはもっと速くなったぞ」
壁に叩きつけられた傷はすぐ治ったが、疲弊した様子で凭れかかる。ただ表情は実に満足そうだった。
“すげえええええ”
“世界最速名乗ってどうぞ”
“異常だろw”
“健太ああああああ”
「速いのはいいですけどぉ、時空間超えた時身体が爆発しちゃうので、端から回復した私に感謝してくださいねぇ。あともっと身体鍛えてくださいよぉ」
桃音が不満をぶつけた。……どうやら動き続ける牙呂を回復させ続けていたらしい。リスクもある攻撃だったようだ。というかよく回復させられたな。
“桃音ちゃんw”
“折角カッコ良かったのにw”
“まだ1人ではできないことなんだな”
カッコつけ切らないのがあいつらしいと言えばらしいか。
ここに来て牙呂も壁を打ち破った。更には敵に多大なダメージを与えている。
しかし、敵は虚空から白と黒の腕を3本ずつ出現させると、計12本の腕を掲げて黒い闇を集めていく。
ここに来て最大級の大技だ。威力も単純に最大の2倍。ロアを守り切れない。
「マサ」
そんなピンチだと言うのに、奏が俺の方に近寄ってきた。なにかするつもりのようだ。
「ん?」
「後ろからぎゅってしながら耳元で頑張れって囁いてくれたらもっと頑張れそうな気がする」
「……」
相変わらずの無表情で、全くのマイペースで告げられた要求に渋い顔をしてしまった。
“奏ちゃんwww”
“マイペースすぎるw”
“ボスの必殺技前にしてこれかw”
“マサが見たことない表情してるw”
俺はどうしようか迷ったが、窮地なのに変わりはないので要求に応えることにした。……炎上しないといいな。
俺は奏の後ろに回って前傾姿勢になると彼女の細い身体をぎゅっと抱き締める。それから耳元に顔を近づいて囁いた。
「……頑張れ」
途端、奏が全身に白いオーラを纏う。慌てて離れれば、それが下層ボス戦で見せた概念攻撃時のモノだとわかる。
「マサパワー全開。私は無敵。今ならなんでもできる」
奏は振り返って微笑んだ。
“マサパワー全開www”
“かわ”
“不思議パワー発揮するなwww”
“最終決戦なのにお腹痛いw”
長い付き合いの俺も苦笑することしかできない。
奏は前に躍り出ると、剣を一振りして斬撃を放った。
「――断つ」
一筋の軌跡が描かれて、世界がズレる。
俺の目がおかしくなったのかと思い瞬きをするが変わらない。どうやら本当に直線上のモノを斬ってしまったらしい。
まさか、ここに来て概念を斬撃に乗せるとは。恐れ入る。
敵も、ダンジョンの壁と一緒に斬られてズレていた。
“おおおおおおおお!?”
“マジでやった!”
“マサパワーすげぇ!”
“ホントにパワーアップしたんかw”
“マサがいる時の奏ちゃん面白すぎだろwwwww”
これでボスも討伐、かと思いきやぎこちなくも動いており、大技の溜めを続けていた。
「まだ! まだ動いてる!」
「追撃しろ!」
ピンチは終わっていない。
慌てて追撃しようとする。
「――
一番最初に動いたのは凪咲だった。自らの持てる最大威力の魔法を叩き込み、内2本の腕を粉砕する。
「凪咲ちゃん、村正君のところまでお願いしますぅ」
「了解! 後は任せたから!」
「任されましたぁ、と」
桃音が俺の隣に転移してくる。攻撃に加わると思ったのだが、俺のところでいいのだろうか。
「合わせてくれますかぁ?」
聞かれて、納得した。
「ああ」
笑って頷き、桃音再現のためのメイスを取り出し振り被る。
互いに向き合う形で武器を振り被る恰好だ。
「せーのぉ」
桃音に合わせてメイスを振り抜く。同時に放たれた衝撃波が合わさり、交わり、大きくなって敵を粉砕する。更に体勢を崩したが、大技をやめる気配はない。ただ残る腕は5本のみ。
“合わせ技だ!!”
“ここに来て桃音ちゃんのふるぱわー!”
「狡い。私もやる」
すると奏がむすっとして言い出した。……お前はもっと敵を見てくれ。
「はいはい」
だが強烈な攻撃を叩き込むのには丁度いい。俺は奏再現用の剣を取り出して構え、
「全力でやれよ。ありったけの魔力を込める」
「ん。共同作業、やる気出る」
同時に振るった。概念の斬撃ではなかったが、2人同時に放たれた無数の斬撃は敵の身体を切り刻み、今度こそ完全に沈黙させた。
“うおおおおおおお”
“奏ちゃんェ……”
“今度こそやった!!”
“ボス討伐じゃああああ”
ボスが崩れた場所に扉が出現して、開く。
いよいよ、富士山のダンジョンも終わりが近いか。
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