2体の化け物

 充分な休息を取って、4人は深層のボス部屋前に立っていた。


「いよいよだ。準備はいいな?」


 牙呂の最終確認に、3人は頷く。


“2人共無事でいてくれぇ!”

“せめて戦いの最中であって欲しい”


 牙呂と奏が扉を押し開いていく。


 ――途端、扉の隙間から血が溢れてきた。


「マサ!?」


 嫌な予感がして、奏が一気に扉を押す。牙呂もタイミングを合わせたことで、配信画面にも扉の奥の光景が映し出されることとなった。


 そこには、2の化け物がいた。


 片方は黒の体躯を持つ巨大なモンスター。痩躯を俊敏に動かしつつ、4の腕で絶え間ない攻撃を繰り出している。額に現れた第三の目から赤い光線を放つこともできるようだ。


 相対するは、もう1体の化け物。2本の赤い角を生やした人型で、赤いオーラを纏い血のような刀身をした刀を右手に持っている。姿形は村正だが、凶悪な笑みを浮かべて戦う姿は彼と似ても似つかない。


「マサ!」


“村正、か?”

“なんだあの姿?”

“鬼っぽいな”

“ボスと1人で戦ってるぞ”

“桃音ちゃんは!?”


 奏は地面に溜まった血液をびちゃびちゃと踏みながら前へ進む。牙呂と凪咲は驚愕しながらも、桃音がどこにいるかを探した。


 桃音もちゃんと、ボス部屋にいた。ただ、全身に赤い血を浴びており立ったまま微動だにしていない。部屋中に血と肉片が飛び散っており、真っ赤なせいで見つけにくかったが確かに生きていた。


“桃音ちゃんもいる!”

“無事で良かった;;”


「桃音!」


 凪咲が呼びかける。が、彼女は反応しない。武器を胸の前に掲げて両手で持ち、目を閉じて極限まで集中していた。


「……あ、そっか。桃音はマサ君を治すために集中してるから」

「ああ、話を聞くのは無理だな」


 村正の姿を見ても大きな動揺はなかった。ロア以外は、なぜ村正がああなっているのか理解していたのだ。


「早くマサを助けないと……!」

「待てって」

「待てない。マサを止めないと」

「止めた後、村正も桃音も力尽きるぞ。そうなったらオレ達だけであいつを倒さなきゃいけなくなる。それは……難しいだろうな」

「……」


 奏は一刻も早く村正を助けに入りたかったが、牙呂に諭されて留まった。


「オレ達にできることは、あの2体の化け物の決着がついた後にもう片方を倒すことだけだ」


 牙呂の言葉は、まるで村正をも倒す対象として見ているかのようだった。そして、奏と凪咲から反論はなかった。


「待ってください。マスターのあのお姿は一体? それに、先程から“止める”、“倒す”などまるでマスターが敵であるかのように言っていますが……」


 唯一理解できないロアが、視聴者の疑問を代弁する。


 牙呂は少しだけ、どう説明したモノかと悩んで黙り込む。その間にも2体の戦闘は続いていた。


 ボスが村正に接近すると4本腕の連撃を瞬く間に叩き込む。だが、村正は乱暴に右脚を蹴り上げた破壊力でそれらを弾き返した。だがすぐに立て直した敵に振り上げた脚を掴まれ、思い切りぶん投げられる。脚が根元から千切れて敵の手元に残った。村正の身体は壁に叩きつけられてべしゃりと潰れるが、すぐに失った脚と傷が治っていく。

 村正に追い打ちをかけるべく跳んだ敵が、壁を蹴って突っ込んだ村正の蹴りによって吹っ飛ばされる。そのまま着地した彼は走り出し、敵へと向かう。そうしてまた起き上がった敵との戦闘を続けていた。


“つっよ”

“化け物ってのも間違ってないじゃん”

“マサってあんなに強かったのか”

“なにかしらの奥の手でああなったのか?”

“全然刀使ってないな”

“普段の村正と戦い方が違いすぎる”


 2体の戦闘を観た視聴者が、その異常さに戦慄している。そこで、牙呂は口を開いた。


「奥の手と言やぁ、奥の手か。アレは村正の切り札……と言うにはちょっとあれなんだが。あいつがああなってるのは、手に持ってる刀が原因だ。あの刀は村正が唯一打った――妖刀だ」


 彼の発言にコメント欄がざわついていく。


「アレは持ち主に絶大な力を与える代わりに、本人が持っている自我を失わせるの。ああなるともう、目の前にいるモノ全てを殺しにかかる“鬼”になるから」

「だからオレ達は手出しができない。手出しをすれば、下手すりゃあの2体がこっちに襲いかかってくる可能性もあるからな」


“マジかよ”

“妖刀打ってたのか”

“もしかして工房にあったあの刀か?”

“強いのにデメリットえぐいな”

“そんな刀を打つくらいの精神状態だった時があったんか……”


 妖刀の存在に慄く声も多く、大勢の視聴者は畏怖していた。


「ただまぁ、段々村正の身体が耐えられなくなっていくからな。長時間あの状態でいると腕が千切れたり骨が折れたりしてボロボロになっていく。今は桃音がそうなる前に回復して戦闘を継続してんだな」


 言いながら、彼は部屋全体を見回した。


「……どれくらいの時間戦ってんだよあいつら。オレ達は、どんだけ時間をかけてんだよ……!」


 夥しいほどの血液、肉片が飛び散るボス部屋が、村正の戦闘時間の長さを物語っていた。

 それがわかるからこそ、牙呂は悔しさに顔を歪めた。


“牙呂……”

“およそ1人の血液量とは思えん”

“数ヶ月から最大半年もの間か?”

“そんなに戦い続けられねぇよ………”

“仲間がここに辿り着くって信じてなけりゃな”


「妖刀の効果の話だったでしょ。そうなると、妖刀を造ることになった由来?」

「……そうだな」


 凪咲が話を戻す。そうしないと牙呂が思い悩むからだろう。


「配信でもちょっと言ってるが、あいつの親父さんが深く関係してる。薄々わかってたとは思うが、あいつが天才すぎて鍛冶師だった親父さんは病んでいってな。あいつに辛く当たるようになっていった。余りにも酷かったから、一時期奏ん家に村正を預けてたくらいだ」

「ん。あの頃のマサは身体に痣作ってた。鍛冶辞めろとも言われてたみたい」

「マサ君から鍛冶取ったらなにもなくなっちゃうじゃんね」


“DVかよ……”

“いくらなんでも酷い;;”

“真面目な話してるんだから茶化さないでw”


「でもあいつは鍛冶が好きだったから辞めなかった。その頃があれか、村正が個人の名前で鍛冶師として登録した時期だな」

「それから頭が冷えたってことで家に戻ったんだけど。お父さんと会話することもなくなって、わかるところで鍛冶しないようにしてたんだよね」

「ん。稼いだお金で専用の工房建ててた」

「そっからは平和だったんだが、あいつが小学5年生の時急に親父さんが失踪してな。お袋さんも同時にいなくなった」


“ん?”

“失踪?”

“母親も?”


「言っちゃ悪いんだが、中学2年の時までは平和だったんだ。金銭面で悩むこともなかったし、悠々自適というか。親父さんのことを気にせず鍛冶できてたしな」


 牙呂が言っている間、凪咲と奏は沈痛な面持ちで黙り込んでいた。これから話す内容を想ってのことだ。

 逆に牙呂は努めて冷静に語っていく。


「中学2年のある日、家に帰ったあいつを、失踪から戻ってきた親父さんが出迎えた。……その手に、1本の刀を持ってな」


“嫌な予感しかしない”

“刀?”

“なんで戻ってきちまったんだ……”


「そいつは、帰ってきた村正をそので何十回も斬りつけたんだ」


“え”

“嘘だろ”

“酷すぎる”

“妖刀を打ったって言ってたのがそれか……”


「その妖刀で斬りつけられる度に、村正は、これまで殺されてきた人の情景が脳裏に走り、その人の恐怖や憎悪に襲われた」


“え、今なんて……”

“これまで56されてきた……?”

“待ってくれ、理解したくない”


「妖刀を打つこと自体は禁止されてねぇ。だが、いくつか禁止されていることがある。その1つが、を素材にすることだ」


 彼の言葉を聞いて、明言される前に視聴者達へ理解が広がっていく。


「そいつはまず村正の母親を素材にした、らしい。最初に斬りつけられた時に村正が感じたのが、母親の最期の瞬間だったそうだからな」


“聞きたくねぇ”

“最初に自分の妻を素材にしたのかよ……”

“完全にイカレてやがる”


「後の調査でわかったことだが、村正の親戚一同が全員行方不明になってたんだ。つまり、母親だけでなく親戚一同を皆殺しにして、妖刀の素材にした。自分の兄弟も両親も甥もいとこも、全てな。あいつの家系は結構な人数だったが、その全員を」

「56」


 牙呂の言葉を、奏が補足する。


「……マサが、あの時斬られた回数」

「……ああ。妖刀の素材にされた1人ずつの殺された痛みと憎悪を受けるために、同じ回数斬られたんだったな」

「ん。マサを斬りながら、得意気に語ってたって」

「アタシも後から聞いた。自分の刀がどれだけ素晴らしいモノか、自慢するように語りながら斬り続けたって」


“うわ”

“完全に狂ってる”

“いい武器を造ることに憑りつかれたんだな………”


「そうして完全に狂った親父さんは村正に造ってきた最高傑作を自慢するために現れて、去った。最高の武器を持ってきて打ち合おうって言ってな。村正を超えたい一心で、おかしくなっていったんだろうな」

「……でも、あの時マサを見つけなかったら死んでた」

「うん。奏がマサ君の家に行ってなかったら、出血多量で死んでたよね」

「ん」


 斬りつけて妖刀の効果を知らしめるだけだったから死ななかったが、死ぬ可能性も充分にあった。ただ、村正が死んでも良かったのだろう。所詮自己満足のために武器を造っていただけなのだから。


「どうにか一命を取り留めた村正は、傷が完治すると工房に籠もって武器を造り出した。話を聞くと親父さんが妖刀に憑りつかれたように聞こえるかもしれないが、実際に憑りつかれたのはあいつの方だ。なにせ、56人が殺される痛みや恐怖、そして憎悪と怨念を受け続けたわけだからな」

「あの時のマサは見てられなかった」

「うん……」

「だからあいつは、父親を殺す目的だけに妖刀を打ち始めた。ありったけの憎悪と殺意を込めて出来上がったのが、あの刀ってわけだ」


“正気を保ってられるわけない”

“そら妖刀も出来上がるわ”

“全部父親が悪い”

“家族としての情より鍛冶師としてのプライドの方が強かったんだな”

“凄惨すぎるって”


「あの妖刀はさっき話したデメリット以外にも制限があってな。それが、村正以外には使えないって縛りだ。人間を素材にした妖刀を超える武器を打つために、自らの血肉を素材にしてあの刀を打った」


“ひぇ”

“ホントに憑りつかれてたんだな”


「回復薬が飲めるギリギリまで肉体を素材にして、ってのも繰り返してたみたいだからな。そんなことしなくても親父さんより腕が良かったから、既にあった武器ですら超えてたんだろうが」


“親戚全員素材にしても村正を超えられなかったのか”

“同情の余地はある”

“けど、村正にやったことについてはない”


「そんなわけで親父さんはあっさり村正に殺された。妖刀も粉々に打ち砕かれて、完膚なきまでに負けたんだが。問題はその後でな。駆けつけたオレ達が戦う羽目になって」

「その時は色々あって妖刀を手放させることに成功したから正気に戻ったんだよね」


“どう足掻いても報われないな”

“流石にそいつは56すしかなかった”

“最後に残った血縁を、自らの手でか……”

“あれだけ闇深そうなわけだ”


「強いは強いんだが、あいつにとって嫌な思い出が蘇るから極力使いたがらないんだ」

「それでも使ったのは、相手が強いからだよね」

「ああ。オレ達全員が揃って全力を尽くして、戦いになるレベルの相手みたいだからな」


 村正について話し終えた後は、化け物同士の戦いが終わるまで見守るのだった。

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