ようやく
長い時間を経て、4人は深層の第十階層に辿り着いていた。
その上で、最後の戦いに挑んでいる。
ボス部屋に続く階段を発見した彼らだったが、階段の前にわざとらしく座り込むモンスターがいたのだ。
「がっ!」
そのモンスターが振るった腕に殴られて、牙呂が勢いよく壁に叩きつけられる。腕が捩じれて変な風に曲がっており、へし折られたのが見てわかった。
黒い筋骨隆々な身体に黄色い紋様が刻まれているモンスターで、二足歩行の化け物だ。
「――
凪咲の空間魔法によって、敵モンスターが空間ごと切り裂かれる。はずだったのだが抵抗によって無傷に終わる。
ロアは壁に叩きつけられた牙呂に回復薬を飲ませようとしている。映像はドローンによって配信されていた。
「マサに会う邪魔を、しないで!」
いつになく感情的な奏の声が響く。
彼女の剣の一振りは無数の斬撃を生み出して敵を襲った。
ありったけの魔力を費やし、全ての力を注ぎ込んだ斬撃の嵐が敵を切り刻んでいく。
「あああぁぁぁぁぁ!!!」
滅多にない叫び声と共に、防具に蓄積された魔力すら全て使い果たす。それでも倒れない相手に対して、奏は剣を振り続けた。
魔力が込められていなくても、彼女の斬撃は傷を開きダメージを与えていく。
“いっけえええええええ”
“やったれ!!”
“マサに会うんだ!”
奏の死力を尽くした猛攻の末に、敵がようやく倒れていく。それを見てようやく動きを止めた彼女は、がっくりと体勢を崩して剣を杖にした。
「……マサ」
呟くと、倒したモンスターには目もくれず階段の方にフラフラと歩き出す。
牙呂は敵の解体を始め、凪咲は奏の背中を悲痛な面持ちで見つめる。
階段まで辿り着いた奏だったが、段差でバランスを崩して倒れるように階段を転がっていく。
「奏!」
凪咲とロアが階段の方へ駆け寄ると、階段の下で蹲っている奏の姿があった。急いで階段を降りる中で彼女はどうにか立ち上がり、再び奥にある扉に向かって歩き出す。
“奏ちゃん……”
“見てらんねぇよ……”
ロアが階段を降りたことで、深層のボス部屋前の光景が映し出される。そこに村正と桃音の姿はなかった。
「……いませんか」
「いる。マサがいる」
2人が先に辿り着いていることを望んでいた者にとっては絶望的だったが、奏は違った。
フラフラとした足取りでボス部屋に続く荘厳で大きな扉へと向かっていく。
「この奥に、マサがいる」
妙な確信を持って扉へと近づいていく奏を、駆け寄った凪咲が羽交締めにした。
「待って、奏!」
「離して! この先にマサがいる! マサに会うの!」
ヒステリックに暴れ出す奏を、凪咲が必死に留める。ボス部屋への扉は開いたら最後、挑戦者を中に吸い込んでしまう。今の疲弊した状態で開けさせるわけにはいかなかった。
「落ち着け、奏。ボス部屋に村正がいるとしても、今は無理だ」
「無理じゃない!」
「無理だろ。凪咲の力で押さえられるほど弱ってるんだからな」
「……」
遅れて降りてきた牙呂が言うと、奏は暴れるのをやめて身体から力を抜いた。
奏と凪咲には本来比べ物にならないほどの身体能力差がある。のだが、それほどまでに奏は弱っていた。先程の攻撃に全てを注ぎ込んでいたのだ。
「今は休息を取るのが先決だ。ちゃんと休んで、万全の状態でボス部屋に挑む。わかったか?」
「……ん」
牙呂の言葉に、奏は力なく頷いた。凪咲はもう暴れる心配がないと見て彼女を離す。奏はロアから受け取った回復薬を飲むと、鞘に納めた剣を抱いて丸くなり眠り始めた。
「奏はもう、限界ね」
「ああ。流石に精神が持たねぇ。というか、よく半年も持ったもんだ」
そう。パーティが分断されてから、既に半年が経過していた。
第三階層を突破するまでは2週間だが、第五階層まで突破するのに1ヶ月かかった。第七階層までに更に1ヶ月半、そしてここに来るまでに3ヶ月。累計で半年もの時間が経過してしまっていた。
何度も死にそうになり、全滅しそうになり、苦しい時間を過ごしてきた。
その果てに辿り着いた深層のボス部屋。
ここまでに1度も村正と桃音に遭遇どころか痕跡を見かけることすらなかった。
彼らの結論は、どこか別のルートに転移させられてしまったというモノ。実際その通りであった。
「ここにもマスター達の痕跡はありません。やはり、別のルートから直接ボスまで通じる場所に転移したのでしょうか」
「だろうな」
完全なるパーティの分断。厄介などという言葉では足りないほどの罠であった。
“でも村正がボス部屋にいるかわからんやろ”
“攻略諦めてどっかで時間潰してる可能性だってある”
“2人だけでここまで来るのは無理”
「大丈夫。奏のマサセンサーは正確無比だから。理屈じゃないモノをまともな考えで覆そうったって無駄だよ」
凪咲はコメント欄の否定派を切り捨てる。
「あいつらがなんの痕跡も残さず死ぬわけがねぇ。それに、村正の野郎土壇場でとんでもねぇ成長をしやがった」
牙呂は言いながら二刀を抜き放つ。
「オリハルコン製の新しい武器。ここまで来て一切の刃毀れがねぇ。オリハルコンの武器としての完成だけじゃない。鍛冶師としての腕前まで上がってやがる。防具だってそうだ」
「うん。アタシ達もダンジョン踏破してる間格段に成長してるってことはあったけど。マサ君の場合ダンジョンに籠もるのってこれがほとんど初めてだろうから。ここに来て一番成長したんじゃないかな」
2人の言葉通り、村正の造った装備品は一切壊れていなかった。オリハルコン製の最初の武器は、中層のボス戦で壊れてしまった牙呂ですら。
これは、彼が鍛冶師として異常なまでの成長をした結果でもある。
「だからまぁ、無事だろ。オレらはただ、信じて扉を開くだけだ」
牙呂がそう締め括って、配信を終える。
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