最後の切り札
目を覚ました俺は、桃音が隣でくっついて寝ていることに驚いた。起きるまでそっとしておこうと思ったら起きてしまったが。
そうして、2人で次の通路の先を見に行った。
通路の先に待ち構えていたのは、これまでと同じ部屋ではなかった。
「扉だな」
「扉ですねぇ」
通路の先を塞ぐ、厳かな扉。片開きではあるが、意匠から扉の先を予測することはできた。
「……まさか、ボス部屋か?」
だがこれまでに見てきたボス部屋の扉というのは、非常に大きな扉だった。眼前にある扉は大きさで言えば高さ3メートルほど。それほど大きな扉ではない。
「そんな感じがしますねぇ」
桃音も同意してくれる。
彼女の方がボス部屋の扉を見ている回数が多いだろうし、彼女が言うならこの考えは正しいのだろう。
「他に道はなかった……ってことは、あのワープはいきなり深層のボス部屋に続く道に転移させるモノだってのか?」
なんて嫌らしい。いや、そんなレベルじゃない。
挑戦者に求めるレベルが高すぎる。
これまで戦ってきたモンスター達も、深層第一階層の強さから考えれば充分ボスとして立ちはだかってもおかしくないほどだった。だというのに、正規ルートとは別でボス部屋に入らされるのか。
「嫌なダンジョンですねぇ。深層からずっと、ですけどぉ」
「ああ」
ダンジョンは下層のボス戦を試練だと言っていた。
この深層へ挑戦できるレベルに達しているかどうかを判断する試練だったのだろう。
深層を攻略できるよう挑戦者に成長を促す試練と言うべきか。
下層のボス戦は己のコピーとの戦い。自分ができることを模倣できる他、自分に足りないモノを補ってくる。挑戦者側は、なにか1つでも成長を遂げなければ突破できない仕組みだ。
常に自己を更新し続けて先に進む力があるか。
それを問う試練だったのだ。
加えて俺の勘が正しければ、深層のワープはヒーラーを狙うモノ。引き留められない以上瞬時に戦力をバランス良く分散できるか、精神的な強さはあるか、といったところが必要になってくる。
……考えてて思ったんだが、試練すぎんか。
「……待とう」
休息は充分に取った。これまでなら相手の見た目から作戦を立てて挑戦というところまでやるのだが、今回は先が見えない。開けて中を覗くことができるかは微妙だ。ボス部屋は開けて中に入らない場合は吸い込んでくる。ここもそうなっている可能性はあった。
「なにがあってもいいように備える。今のところそれしかないな」
激しい連戦で武器の本数も結構減ってしまっている。枯渇することはないだろうが、補充するに越したことはない。
なにより、ここまで一本道だったので正規ルートで下りてくる4人との合流が難しくなった。
仮にこの先が深層のボス部屋だったとしよう。
牙呂や凪咲なら、確実に合流する目印ならボス部屋前しかないと考えてくれるはずだ。ただそれはボス部屋前で待ち続ける、ということでもある。誰かがボスに挑んでいても他の人が挑戦することは可能だが、扉の外からは中の様子が一切わからない。
つまり先に中へ入ってボスと戦っていても、4人が合流してくれるかはわからないのだ。なにより深層の進み具合にもよるのだが、ボス部屋まで辿り着くのにどれだけ時間がかかるか定かではない。
俺達はどれだけ戦い続ければいいのか。
とはいえ先に挑戦されても俺達にはわからない。頃合いを見て挑戦するしかないだろう。
「私は、一応他の道がないか再確認してきますねぇ」
「ああ、頼む」
俺が頼もうと思っていたことを先回りしてくれた。これまでも確認はしていたからないとは思うが、万が一ということもある。
それから俺は鍛冶を、桃音は道探しを行った。
しかし他の道はなく、鍛冶をし終えた俺が充分に回復してから、扉の先へ行くしかなくなってしまった。食糧も減る一方だしな。
ここに来てから一体何日が経過したのだろう。2ヶ月? それとも3ヶ月? わからないがいずれ4人は辿り着ける。
辿り着けないことだけはないのだから、ボスが待ち受けているとしても行くしかない。
「行くぞ」
「はぁい」
意を決して、俺は扉を押し開く。
扉の先には広い空間が広がっていた。
――そして、入って右側に大きなモンスターが鎮座していた。
長い手足を折り畳んで眠っている。黒い体躯は細長く、腕が身体の大きさと同じくらい長い。丸くなっていて大きさはわかりにくいが、大体全長30メートルほどか。背中に小さな蝙蝠に似た翼を持っているが、飛ぶ力はなさそうだ。魔法を使いそうにも見えない。身体を使った戦闘をしてきそうだ。獣のような頭の後ろから長い尻尾まで背ビレがあった。
間違いない、ボスだ。強大な力を感じる。……俺達2人では、まともに戦ったら勝てない。
あのモンスターは、俺が遭遇してきた中で最も強い。桃音も相手の力を感じ取ったのだろう。袖を掴んできた。
作戦を立てたいと思って扉を閉められないか試そうとしたが、気づいたら入っていた。吸い込まれたのだ。しかも扉が消えていき、部屋から出る手段がなくなった。
「村正君……」
桃音の不安そうな声が聞こえてくる。
俺達が中に入ってきたことで、敵が青い瞳を開いた。まずは正面にある大きな扉の方へ目を向け、こちらに移して身体を起こす。
「桃音、まずは扉から出られるか――」
俺が言うより早く、敵が肉薄してきて腕を振るってきた。というのを掌で吹き飛ばされてようやく理解する。
俺が感じたのは、突然目の前に現れた敵とほぼ同時にやってきた腹部を襲う衝撃。そして中身が砕け潰れる感覚。直後に壁へ叩きつけられて、強烈な衝撃に身体のそこかしこが圧壊した激痛だけだった。
死が訪れて意識が消える――目覚めた時、俺は床に倒れ伏していた。壁に叩きつけられてから地面に落ち、桃音に蘇生されたと理解する。
顔を上げて桃音の様子を確認すると、彼女は振り下ろされた手で押し潰されていた。
「……クソ」
なんの抵抗もできない。手も足も出ない。
俺は戦闘の専門家ではなく、あくまで鍛冶師。こういう時に無力さを実感する。
相手が生き返った俺に気づいた。慌てて近くにある本来入る方の扉に向かい、押し引きしてみたがやはり開く気配はない。ボス部屋に入ったら戦闘が終わるまで出ることはできない。わかってはいたが試さないわけにもいかなかった。
落胆を感じた直後、背後から攻撃を食らう。掌で思い切り扉に叩きつけられた形だ。掌が触れる範囲がべしゃりと潰れて即死する。
扉の前で倒れた状態で生き返った。敵は桃音の方に移動している。……キリがない。これはもう、アレを使うしかないか。
だがそのためには、桃音と連携を取る必要がある。
俺は数秒でも時間を稼げる手立てを試すことにした。時間を素材に時間停止効果を持つ剣を創り出して投げる。周囲の空間に対して時間停止を行う効果にしておいた。
ただ、剣の飛ぶ先に敵はいなくなっていた。完全に回避されていたであろうところまで移動している。
「桃音!」
相手が停止している間に桃音へと駆け寄り、敵の方を見る。……おい。なんでもう少し動いてるんだよ。抵抗力強すぎだろ。
「村正君……っ!?」
復活した桃音が息を呑む音が聞こえた。俺が持っている武器のせいだろう。
「まともに戦っても無理だ。こいつを使うしかない」
「だ、ダメです! その武器は……!」
俺が持っている武器、それは札がいくつも貼られた刀だった。桃音はこの刀をよく知っている。他の3人も。
「他に手はない。辛うじて戦いにできるのは、この武器しかないんだ」
「……」
俺の言葉に反論はしなかった。桃音は俺よりも経験豊富な探索者だ。格の差は痛いほど理解しているだろう。
「だがあいつらがいつここに来るかわからない。だから、桃音には俺の命を預けたい」
これまでもそうだが、ここからはよりそうなってしまう。
「……わかりました。村正君は、絶対に死なせません」
「ああ、頼んだ」
桃音の決意を感じ取り、俺は動き出した敵を見据えて刀を抜き放った。血が染み込んだような赤黒い刀身が露わになる。札が剥がれ落ち、刀自体が赤いオーラを纏った。
ドクン、と心臓が脈打つ。全身がカッと熱くなり、視界が赤く染まっていく。
白目が黒く染まり、瞳孔は赤く染まる。額からは2本の赤く輝く角が生える。爪が伸びて黒く染まる。
俺は鞘を投げ捨てた。普段なら武器を粗末に扱うような真似はしない。だが今は、どうでも良くなっていた。
自然と笑みを浮かべてしまう。牙のように尖った犬歯が覗く。
――目の前の敵を殺したくて、堪らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます