深層の最奥へ
富士山のダンジョン深層、第八階層。
第九階層へと続く階段に、彼らはいた。
牙呂は右腕を失って座り込み、ロアに回復薬を飲まされている。
奏は沈んだ表情で膝を抱えて、じっとしている。
凪咲は空間転移で牙呂の剣や倒した敵の素材を回収していた。
「……あぁ、クソ。流石にきちぃな」
欠損部位すら治す高品質な回復薬によって牙呂の腕は再生する。凪咲から剣を受け取って鞘に納めた。が、壁に背を預けて天井を仰ぐ様は普段見せる様子とは全く違う。肉体も精神も疲弊し切っていた。
なにより牙呂が配信で弱音を見せたのは、これが初めてだった。
“生き残ってるだけで凄い”
“引き返せるなら引き返して欲しいよ……”
“進むしかねぇんだよな”
「わかってたことでしょ。……ごめん、アタシがもっと強力な魔法を使えてれば」
凪咲は言いながらも、表情を陰らせて謝る。彼女が一番マシに見えるが、牙呂と同じく追い詰められているのだ。
「違ぇだろ。凪咲が悪いんじゃねぇ。単純に手が足りてないんだ。強力な魔法はそれだけ発動までに時間が必要だ。その時間が稼げてないだけの話。前衛をサポートするための牽制に割いてるんだろ? 敵が強いから牽制に強い魔法を使わねぇとならないってのもあるけどな」
牙呂の言う通り、魔法使いが充分な強さの魔法を放つには時間が必要だ。パーティで戦う上では、他の者が魔法使いの魔法発動までの時間を稼ぐという役目も担っている。現在はそれができていなかった。
「それは……そうだけど」
「だろ。やっぱ分断されたの痛ぇな。6人でも厳しい状況だ」
“牙呂がこんな風に弱ってるとこ初めて見た”
“健太;;”
“やっぱ疲弊するよな”
“階層跨ぐ毎に休んでるとは言っても、精神摩耗するってこんなん”
むしろ絶望し切って歩みを止めないだけ、彼の強さが現れている。
牙呂は不意に奏の方に視線を向けた。
「らしくねぇことだが、メンタルも結構しんどいな。つっても、まだマシな方か」
「奏はしょうがないわ。奏にとってマサ君は……存在意義みたいなモノだから」
2人、いやロアも含めて3人が奏の方を見た。当の奏は虚ろな目でぼーっと膝を抱えるだけだったが。
“存在意義と来たか”
“奏ちゃんがどうしてそこまでマサを想ってるのか知りたい”
“余程のことがあったんだろうな”
「本人が言わないことは言わないけど、そうね。マサ君がいなかったら、少なくとも奏は今こうして探索者をやってることはなかったんじゃない? ……うーん。それとも今生きて、かな」
“重い”
“重すぎんだろ”
“でもそれだけの存在なら、今こうなってるのも納得”
“マサ無事でいてくれぇ;;”
「そういう意味では、村正のヤツがいないならメンタル最弱は奏だよな」
「それはそうね。マサ君さえいればどうにでもなるけど」
「逆に桃音は……メンタル強いよな」
「さぁ、それはどうかしらね」
「あん? ……まぁ、そうか」
「桃音は優しいから。アタシ達の誰か1人でも死んだら、立ち直れないかも」
“メンタルランキングか?”
“桃音ちゃんは強いだろ”
“見せてないところがあるかも”
“弱いとは思えないけどなぁ”
「精神の強さで言いますと、お2人はある程度安定しているようですね」
「弱ってるんだがだが」
「いえ。こうして話し合いができている時点で、相当に安定していると思いますよ。本当に参っている人は、黙り込んでなにも言わないようですから」
ロアは奏のことを言いつつ反論した。牙呂と凪咲は苦笑している。
「まぁな。奏と桃音が特定の条件で折れるとすれば、オレらはそういうのがないか? なにも思わないわけじゃねぇ。覚悟は常にしてるってだけの話だが」
「うん。嫌だけど、絶対に現実にはさせないけど、可能性だけは頭の片隅に置いてるから」
2人の探索者としての覚悟が垣間見える発言だった。
5人の中で探索者という枠組みで考えると、この2人がプロ意識を持っている。村正は鍛冶師、奏は探索自体に興味がなく、桃音は探索者ではあっても回復に重きを置いている。
「メンタルで言うなら間違いなく村正が一番だけどな」
「うん、言えてる」
2人は笑い合った。
“そんなにか”
“まぁ色々あったみたいだし、強そうな気配はある”
「強いっつうか、ネジ外れてんだよなあいつは」
「うんうん。動揺とか弱るとかないからね」
「昔からそうだったんだが、あいつは人としてどっか壊れてるからな」
「それは言い過ぎでしょ」
本人がいないところで言いたい放題言っている。
“ネジ外れてるのかw”
“人としてどっか壊れてるwww”
“好き勝手言ってるなぁ”
“本人いないところでw”
「だから、あいつに心配なんて不要だ。ある種の狂人だしな」
「わかる。マサ君は突き抜けてるから」
村正の話で笑い合い、少しだけ空気が軽くなったような気がした。
「マサ」
だが村正の話をしていたからか、奏がぽつりと呟く。
「……早く会いたい」
悲痛な一言に、誰も声を発せなくなる。
弱り切った奏の様子を見れば、村正が無事でなかった時彼女がどうなるかなどわかり切ったことだった。
そういったことを度外視しても、視聴者はずっと彼らの生還を願う以外にないのだった。
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