進んだ先に
どれくらい時間が経ったかわからない。
ただ、1ヶ月は経ってるんじゃないだろうか。
「やっと、桃音の気持ちがわかってきた」
俺は部屋の主を倒した後で地面に大の字になって倒れ込み、告げる。
「なにがですかぁ?」
「戦闘中、何度も致命傷を受け続けることの大変さがだよ」
「……」
ワープさせられてからやっていることは変わらない。部屋にいるモンスターを倒して先に進み、次の部屋に挑む。これの繰り返しだ。18回それを繰り返していた。最初に転移した2部屋を含めれば丁度20になるか。
部屋は敵を倒さないと出られないようになっていて、戦って勝って進むしかなかった。
だが敵は強く、桃音がいなければ確実に死んでいただろう。逆に桃音だけの場合も攻撃が当たらず一方的に殺されるだけだったかもしれない。
兎も角、俺が前衛で桃音が後衛というフォーメーションを変えることはしてこなかったので、前衛の俺は1度の戦闘で何度も死にかけた。と言うか死んでいた。
パーティを分断しておいて、一本道にしておいて、敵が強すぎるんだよ。
まるで、ヒーラーによるゾンビアタックを前提としたような場所だ。
プラスして色々な手札が必要になってくる。
仮面モンスターの時は頑丈な仮面を砕くパワーが。次のドラゴンは常時極寒の冷気を放ち続けてきたので温度を上げる手段がなければ戦えもしなかった。温度を上げなければ一瞬で凍死してしまう。開始早々に手先が凍てついて指が取れたくらいだ。
他にも地面を溶岩に変換してくるヤツとか、触れると感電する蝶を飛ばしてくるヤツとか、色々な敵がいた。
どいつもこいつも相応の対策を必要としてくる敵で、今回の6人だと俺か凪咲でなければ詰んでいただろう。
武器を握れない。動けない。そういった状況にしてくる敵が多かったのだ。状態異常よりも厄介なところは、終わりがないところ。あとアイテムでの対処が難しいところかな。
そんなこんなで、何度も死に目に遭った。
覚悟していても痛いモノは痛い。わかってはいたつもりだが、やっぱりキツいのだ。
「ごめんなさい、私が未熟なばっかりに」
「未熟だなんて。桃音がいなけりゃ早々に終わってたよ」
桃音のトーンが落ちる。そういうことを言いたいんじゃない。
「いつも桃音はこんな風に戦ってたんだなと思って。やっぱ桃音は強いよ」
同じ立場に立ったからこそわかる。身体的にも精神的にもキツい。これを前提としてダンジョンに挑める桃音は凄いなと改めて思ったわけだ。
「……強くなんてありません。私が耐えられるのは、村正君のおかげですから」
桃音は近づいてきたかと思うと、俺の頭を持ち上げて膝の上に乗せた。見上げても……顔は見えなかったが。
彼女の手が俺の頭を撫でた。
「……私は平気なんです。自分がどうなろうとも、耐えられます。でも、村正君や他の皆が傷つくのは、見たくありません」
声が少し震えていた。
知っている。
桃音はこういう気質だった。回復魔法を極められる人は、総じて優しい人が多い。世界屈指のヒーラーである桃音も例外ではなく。更に言えば、極めた中でもトップレベルに位置する人達は、なにかしら飛び抜けた優しさを持っていることが多かった。
桃音の場合は、自分がどうなろうとも味方を全員生かす。
自分がいれば味方は死なないから、最初に取りかかったのが自分を生かすための自動回復、自動蘇生だったくらいだ。
そんな桃音だからこそ、今の俺ばかりが傷つく状況を良しとはしたくないのだろう。
「今回は仕方がない。こうしなきゃ突破が難しい状況だからな」
「はい、それはわかってます……」
彼女もわかっているからこれまでなにも言わなかったのだろう。
頭では理解しているが、心は別ということだ。
「桃音がいなきゃ早々に終わってたんだ。今はそれでいい。生きてることが一番重要だからな」
「はい。絶対に死なせません」
桃音の手が頬の触れた。
「……一緒に転移したのが村正君で良かったです」
「ん?」
「村正君は私にとって、一番の折れない理由ですから」
そんな風に言われるとは思っていなかった。
「そうなのか?」
「はい。私を助けてくれたのは、村正君だけなんですよ?」
「他の皆だって助けてるじゃないか」
「違います。ダンジョンに挑む時は、助け合いですから」
桃音が助けられている分、助けてもいるからか。
「だったら俺の場合は……最初に会った時のことか?」
「それもありますが、相談に乗ってくれました」
「相談されたら誰だって乗ってくれたとは思うけど。最初のことがあったからってのもあるか」
「はい」
桃音からの相談と言えば、大きいのは2つ。
戦闘中回復以外でも役に立ちたい。
蘇生した時に自分が元の自分かわからない。
重いのは後者だろう。
桃音は致命傷から完治まで回復させることができるのだが、死んだ瞬間は本当に死んでいて、思考が停止する。……今回のことで俺も体験した。
それを繰り返しているので、自分が生きているのかわからなくなったり、今いる自分が元の自分と違うんじゃないかと思ったり、そういう不安を吐露してくれたのだ。
ならその戦法を辞めれば、と言うことは簡単だ。
だが俺は桃音がどんな気持ちでその戦法を編み出したか、どれほど他の3人に追いつきたいと願っていたかを知っている。
彼女の決意と覚悟を蔑ろにする意見は言いたくないし、言えない。
言えるのは赤の他人だ。
「私が昔、蘇生した後も同じ自分かわからないって言った時。真っ直ぐに大丈夫って言ってくれたこと。私にとっては凄く、大切なことですから」
確か、あの時「桃音が桃音であることは俺が保証する。俺が桃音をわからないはずがないからな」みたいなことを言った。だから桃音が不安になった時は俺が払拭すると約束した。
「だから私にとって、村正君がいてくれることは凄く、大事なことなんです。だから今はこうして、村正君の存在を感じさせてください」
「ああ」
自分という存在を保証する俺という存在がいる。その俺が何度も死にながら戦い続けているわけだから、間接的に自分の存在も脅かすことになる。
他の人が傷つくのを見たくない、に加えて二重苦を味わっていたわけだ。
桃音が弱った様子なのも納得できる。
……逆に俺はなんでこんなにも平然としていられるのかっていうところだが。俺の場合は、あまり良くない意味でネジが外れてるからだろうな。
俺は疲れもあって、目を閉じる。
「そういえば、相談とは違いますけどもう1つ村正君じゃないといけない理由がありましたぁ」
「ん……?」
「私が初めて自己回復、自己蘇生を自動で使った時のこと覚えてますよねぇ?」
やや悪戯っぽい口調だ。意地悪な質問とも言える。
「……当たり前だろ。忘れるわけがない」
意識が徐々に遠ざかっていく。それでも、俺は応えた。
「……その時桃音と戦ったのは……俺なんだから」
限界を迎えて眠りに落ちた。
最後に桃音が、「正解ですぅ」と言ったのが聞こえた。
……彼女にとって、あの時のことは笑って話せるようなことなんだろうか。むしろ嫌な記憶だと思ってたんだが。
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