進めど未だ会えず
分断されてから2週間が経過していた。
現在4人がいるのは深層第三階層。
「
凪咲の強烈な炎の魔法が発動される。杖の先に魔方陣が描かれ、大気を焦がすほどの熱を持った焔が奔流となって放たれる。
焔はモンスターを呑み込み、何体かを倒す。しかし耐える敵も多かった。
「んんんっ!!」
奏が魔力を込めた斬撃を無数に放つ。それを連発して大量の斬撃を放っていた。前方に味方がいないからこそ使える広範囲殲滅攻撃だ。
「凪咲! 800メートルくらい先に階段があった! 転移の準備をしてくれ!」
奏と凪咲が戦っているところに牙呂が戻ってくる。
「了解!」
凪咲は攻撃の手を止めて空間転移の準備を行う。その間は牙呂が凪咲と交代して後方の群れに対処していた。
「……ふぅ」
「奏、無理はすんな」
「まだ、大丈夫」
奏は魔力と体力を存分に使って戦い続けている。汗を掻き、表情が険しくなっていた。
“奏ちゃん結構疲れてるな”
“頑張れ!”
“もう頑張ってるだろ”
“余裕はないけど最善尽くしてるって皆”
深層の攻略は熾烈を極めていた。人数が削られているというのもあるが、敵を倒すまでの時間、敵を倒すのに使う力、様々なモノが増えている。
「……うっし、やるか」
凪咲が空間転移の準備をする中、牙呂が体勢を低くして構える。彼の前には、奏が切り刻んだモンスターの残骸を踏み越えて向かってくる群れがあった。
“?”
“どした?”
“なんかやるつもりか?”
“広範囲殲滅なら2人に任せた方がいいんじゃ……?”
コメント欄の戸惑いを他所に、牙呂は集中する。
「――疾風迅雷」
左手の剣に魔力を灯し、風と雷が吹き荒れる。
「――時空超越」
右手の剣に魔力を灯し、身体に黒いオーラを纏う。
残りの魔力を全て費やして、己の速度を最大限強化していた。
その間に凪咲の空間転移が発動して3人だけが階段の真ん前へと転移する。ロアはこうなることを予見してかドローンで牙呂の姿を映していた。
「瞬迅・絶無」
牙呂の姿が消える。直後、近づいていたモンスターの群れが一斉に動きを止めた。
チャキン、と剣を鞘に納める音が聞こえたかと思うと、画面に映る全てのモンスターが細切れになる。モンスターの残骸が降る奥に、牙呂の背中があった。
“うおおおおおおおおおおおおおお”
“すげええええええ”
“深層でも新技は健在か!!”
“かっけぇ!”
コメント欄が大盛り上がりを見せる。だが彼がそれに応えることはなく、がっくりと膝を突いた。
「……ったく、マジの全力は負荷がヤベぇな」
今の牙呂に出せる最大最速を込める瞬迅・絶無。これまではその後が続かなかったため使ってこなかったのだが、新たに得た二刀を使い込んでいく中で、最高速を更新できると感じ実践したのだ。だがまだ身体がついていけず、負荷がかかってしまっていた。
しかも群れは全滅ではなく、後からモンスターがやってきている。このままでは牙呂が殺されてしまうが、配信画面が一瞬で切り替わり下へと続く階段が映し出された。
先程まで戦っていた牙呂も階段に来ている。
「全くもう。アタシの空間転移を前提にしないでよね」
凪咲の空間転移による避難だ。ドローンはロアによって回収され、彼らは全員無事に第三階層を突破することに成功したのだ。
「皆様、お疲れ様です。これにて第三階層突破となります」
ロアの冷静な声を聞いてから、コメント欄にお疲れとおめでとうのスパチャが大量に飛び交う。
「悪い。流石にちょっとキツいわ。このままちょい寝る」
「はいはい」
牙呂は階段で仰向けになったまま、目を閉じた。そのまま凪咲に反応することもなく眠ってしまったようだ。
「じゃあ今日の配信はここまでね。次は、いつになるかわかんないけど、充分に休憩してから再開するから。再開する前にまた配信かSNSで伝えるね」
普段は牙呂がやっている締めを、凪咲が代わりに努める。早々に配信は終了して各々身体を休めることになった。
「マサ……」
奏は階段で丸くなって寝転び、村正の造った剣を抱いて眠る。
彼女は一番精神的疲弊が強く、戦闘時以外はこんな感じだった。
「アタシも先に寝よっかな」
「どうぞ。私は支度の準備をしていますので」
「うん、ありがと」
凪咲もそう言って眠りにつく。モンスターが侵入してこない階段だからこそできる、唯一安全の休憩時間。
ロアは疲労しないアンドロイドの肉体を活用して準備を進めていく。
「……マスター」
それでもぽつりと主のことを呟く。通信手段は断たれ、どこでなにをしているのか、生きているかも定かではない。
心配しないわけがなかった。
◇◆◇◆◇◆
「今、魔法撃つの遅かったんじゃねぇか?」
「はあ? アタシが悪いって言うの?」
「うるさい」
第四階層に来て少し経つと、3人の言い争いが目立ち始める。
“こんな時に喧嘩はやめてくれ”
“攻略のストレスか?”
“ギスギスし始めたら終わりだぞ”
“落ち着いてくれぇ”
配信中だというのに言い争っている。相当にイライラしている様子だ。
ロアはそんな3人の様子を眺めて、少し考える。
「皆様、なにをイライラしているのですか?」
「あ? イライラなんかしてねぇよ」
「言いがかりつけないでくれる?」
「うるさい」
ロアが淡々と声をかけても噛みついてくる始末。
彼女はふむと頷き、アイテムを1つ取り出して3人へと中の液体をぶち撒けた。
“!?”
“なにやってんの!?”
“火に油を注いでどうする!”
騒然とするコメント欄とは裏腹に、3人のイラついた表情が緩和されていく。
「あ? ……チッ。なるほどな、怒りの状態異常か」
「気づかなかった……。ありがと、ロアちゃん」
「マサ……」
1人だけしゅんとしてしまっているが、牙呂と凪咲は苛立ちの原因を正確に把握していた。
“え、状態異常だったん?”
“マジかよいつだ?”
“全然気づかなかった”
“ロアちゃんナイスゥ!”
“深層に来てからの活躍振りが凄いな”
「モンスターの中で倒れた時に煙を出すモンスターがいたので、その煙が原因ではないかと。吸わないように気をつけていましたが、完全には防げません。何度も繰り返すことで蓄積されていったのかと思います」
「なるほどな。後ろから冷静に見ててくれるヤツがいると助かるぜ」
笑う牙呂とは裏腹に、凪咲はなにやら考え込んでいた。
「……ねぇ。深層の第二から、状態異常してくる敵多くなってない?」
神妙な面持ちで言う。
「そういやそうだな。第二は毒吐き、第三は麻痺針。第四は怒りの煙か」
「普段なら状態異常ってヒーラーが気づいて解除するでしょ? 今はそのヒーラーがいない」
奏は自らの考えを口にする。
「第一階層のワープ罠って、ヒーラーを狙って転移させるんじゃない?」
「はあ!? んなのアリかよ。いや、ダンジョンにアリもナシもねぇが」
“そうだとしたらマジでゴミダンジョン”
“キツすぎんだろ”
“パーティ最大の生命線を分担させるとかあり得ん”
「で、第三まで突破してわかったけど、深層には階層毎に1体しかいない固有モンスターがいるっぽい。多分だけど2種類かな」
「ああ、わかってる。第一だと狙撃とワープだろ」
「うん。多分なんだけど、ここの深層は色んなダンジョンのギミックがあるんだと思う。だからダンジョンの有名な罠なんかは一通りあるはず」
「そう考えて動いた方が良さそうだな。つまり俺達が遭遇しちゃならねぇのが、モンスタールームか」
「そういうこと」
モンスタールームとは、部屋に入ると出口がなくなり大量のモンスターが湧く罠のことである。
“うげぇ”
“普通のダンジョンっぽい内装だとは思ったけど、普通のダンジョンがやるような罠も大集合ってわけか”
“最高難易度ダンジョンがそんなことするなよ……”
“普通のダンジョンだから許されてんだぞ”
富士山のダンジョン深層の嫌らしさにコメント欄も嫌気が差していた。
「牙呂って罠探知できたっけ?」
「あぁ、ある程度はな。特化には及ばないとは思うが」
「ならそっちもお願い」
「了解。魔法方面は任せた」
「わかってる」
めげない、立ち止まらない。対処を怠らない。一流の探索者故に、迷っている時間は持たない。
「マサ……」
1人、ずっと村正の名前を呟いている者もいるが。
“牙呂と凪咲ちゃんは安定して頼りになる”
“それに引き換えマサ大好きさんはよぉ……”
“戦闘してる時以外ずっとこんな感じだもんな”
「奏はしょうがないでしょ。マサ君と分断された時点でこうなると思ってたし」
「マサ欠乏症なる……」
“マサ欠乏症www”
“筋金入りで草”
“ガチでありそうw”
“実際マサいなくなってからの奏ちゃんよw”
普段からは考えられないほど精神的に参っている様子だった。
「兎に角先に進まないと。無理無茶のない範囲でね」
「おう」
奏が参っていても、想定の範囲内として彼らは進んでいく。
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