深層を進む

「――魔力超圧縮砲エーテル・ノヴァ!!」


 深層第一階層を進む牙呂、凪咲、奏、ロアの4人。

 背後から迫るモンスターの群れに対して、通路を埋め尽くすほどの魔力砲を凪咲が放った。


「早く前突破して!」

「わかってるっての!」


 凪咲は頬に珠の汗を浮かべて、前線で戦う牙呂に叫ぶ。


「――斬る」


 奏の魔力を込めた無数斬撃が前方のモンスターを切り刻んだ。だが、奏の魔力を込めた一撃であっても完全に断ち切れないほどの頑丈さを持つモンスターもいる。


空断からだちッ!」


 そういった敵は牙呂が素早く接近して、防御不能の空間切断効果で仕留めることにしていた。


“全然余裕がねぇ”

“雑魚戦でこんなに汗掻いてるとこ初めて見た”

“頑張ってくれぇ……”


 遊びが一切ない緊迫した画面が続き、視聴者も息を呑むほどだった。


 各々ができることを最大限に行い、前後から挟み撃ちをしてくるモンスターの群れを迎撃し終えた。


「はぁ……はぁ……っ」

「なんとか、また乗り切ったわね」

「ん」

「皆様、お疲れ様です」


 特に動き回る牙呂が体力を消耗している。ロアは体力の消耗を回復する薬を牙呂と奏に、魔力を回復する薬を凪咲に渡していた。


“お疲れ!”

“マジで頑張ってる”

“人数削られたのはキツいけど、どうにかなってるな”


 これまで窮地に陥ることすら少なかった彼らのピンチに、視聴者の応援にも熱が入る。


「足止めてる時間はねぇ。進むぞ、ボス部屋まで」


 牙呂がロアから受け取ったタオルで汗を拭ってから、前方を見据えて言った。


 彼らはボス部屋を目指すことにしていた。村正と桃音がどこに転移させられたかもわからないので、彼らとしては下へ突き進むしかないのだ。そうなってくると、道半ばで合流することを願うより必ず辿り着く最奥まで行ってしまった方がいい。そう考えてのことだった。


「……っ」


 4人が先へ進もうと歩く中、奏が撃たれた。索敵範囲外からの長距離狙撃である。腹部を貫かれた奏だったが、狙撃してきた方向をギラリと睨むと即座に剣を振り目に見える斬撃を射線上に放った。

 斬撃は小さかったが速度が段違いに速く、なにより射程を伸ばすことを意識したモノであった。


「奏!」

「マサの右腕の仇」

「それより回復でしょ!」


“自分の身体よりマサかw”

“奏ちゃんらしいが自分の身体労わってくれ”

“狙撃に対して剣でカウンターするのは流石に無理だと思うが……”

“当たったかどうかわかんないな”


 奏は回復薬で傷を治して、また歩き出す。


「当たったかどうかは、進めばわかる話か」


 牙呂は苦笑して言い、先頭を歩き出す。


 そして。


「なんだこいつ」


 しばらく探索を進めていると、牙呂が奇妙なモノを見つけた。血塗れになって倒れ伏す、嘴が異様に尖った鳥のようなモンスターだった。


「倒した覚えがない、というか通ってないわよね」

「であれば、このモンスターが狙撃手でしょうか」


“うえええぇぇぇぇぇぇ!?”

“当たってたんかあれ!?”

“すっご”

“モンスターとの戦闘もあったとはいえ、結構な距離歩いたよな”

“狙撃並みに飛ぶ斬撃を見たことがあるか?”

“ねぇわwww”

“さっき見たやろ”


 これには緊張しっ放しだったコメント欄も大盛り上がりである。


「解体して素材として持ち帰りましょう。私が思うに、このモンスターはこの階層に1体しかいません。道中ワープの罠がなかったことからも、少なくとも2種の固有モンスターが存在していると考えられます」


 ロアが告げる。牙呂がモンスターの解体を行い、奏と凪咲で周囲を警戒した。


「こいつが狙撃してきてたってのは当たってそうだな。仕組み的には、あれだな。この嘴に見えるところは鼻みたいなもんか。肺に当たる内臓の伸縮性から見て、多分嘴の下についてる口から空気を吸って溜めて、鼻ん中に魔力で形成した銃弾を込めて、噴射すると」


“鼻息で撃ってたんかwww”

“それ聞くとアホらしいが、ヤバいモンスターには違いないw”


「仕組みがわかりゃ対策も浮かぶかと思ったが、難しそうだな」

「狙撃警戒と道中の敵への対処、同時だとちょっと厳しいかも」

「ああ。無茶はしない。幸い回復薬のおかげで、即死してもどうにか治せるんだ。全滅が極力少ない選択肢選んでかねぇとな」


“即死レベルも治せる回復薬ってめっちゃ希少だったよな”

“マサはそれ何個用意してるんだ?”

“個数にも限りはあるだろうから、やっぱり桃音ちゃんとの合流は早めにしたいな”

“強敵相手とはいえ、傷つくの見てるのは辛い”


 視聴者側の不安は尽きない。ロアはそれを感じ取りつつも、アイテムの具体的な在庫については口にしなかった。個数に不安があるわけではなく、これからどんどん厳しくなる深層への対処にた回復薬を消費していくことで、カウントダウンしてしまう視聴者が現れることを危惧したためだ。配信外でメンバーには伝えるつもりではあるが。


 不安を抱えつつも、彼らは遂に第二階層への階段を発見した。


「これまでにも道はあったが、全部を見て回る余裕はねぇ。いいな、奏?」

「ん。ここにマサがいる感じはしない」

「奏のマサセンサーがそう言ってるなら進んで大丈夫そうね」


“ようやく第一階層突破か”

“お疲れ様”

“マサセンサーは草”

“そんなん搭載してるんかw”

“マサガチ勢にしか備わってない機能かwww”


 深層の第一階層を無事突破できたということで、コメント欄もやや緊張が解れたようだ。


「皆様。今回の配信はここまでにしましょう。階段でなら、モンスターとも遭遇しないはずです。充分に休息を摂り、第二階層の攻略に備えなければなりません」


 この中で最も疲弊しておらず、冷静なロアが告げる。


「だな。念のため1人ずつ交代で休憩、問題なさそうなら複数人でって感じにするか」


 ダンジョンでは階層毎に出現するモンスターが決まっている。それはつまり、モンスターが階層を移動することはないということだ。その仕組みを利用すれば、階層を跨ぐ階段でなら安全に休息が摂れる可能性は高いということになる。


“ホントにお疲れ!!”

“応援してる”

“生きて地上に戻ってきてくれ”

“充分休んで着実に進んでいこう”


 窮地だからこそ、配信が切れるその時まで、視聴者達は温かいコメントで労った。


 配信をしている探索者が生きようが死のうが、彼ら視聴者には観ていることしかできない。それでも、贈る言葉には意味があると信じて。

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