ワープの先
桃音に続いてワープに引き込まれた俺は、地面に勢いよく落ちる。
「いって」
ぼやきながら立ち上がり、周囲を確認する。……あれ、桃音の姿がない。
直前まで掴んでいた感触があったのだが。
「村正君〜」
タイミング良く通路の陰から桃音が現れた。手を振り、駆け寄ってくる。
と思ったらいきなり抱き着いてきた。
「ちょっ!」
突然のことで踏ん張れず、地面に押し倒される。
「うふふ〜。やっと、村正君と2人きりになれましたぁ」
顔を上げた桃音が妖しく笑う。……なんだ? いや、これは。
「奏ちゃんがいない間なら、いいですよねぇ」
「おい、やめろって」
「ダメですぅ。もう我慢できませんからぁ。村正君、私とたっくさん、気持ちいいことしましょう?」
桃音は構わず豊かな胸を押しつけてくる。そして、うっとりとした笑みを浮かべた。
なにかがおかしい。というかいい加減にして欲しい。
「お前、桃音じゃないだろ」
俺は言った。彼女はぴたりと動きを止めたが、すぐに取り直す。
「私は桃音ですよぉ?」
「いや、違う。そもそも魔力から違うんだが……1つ忠告だ」
「はぁい?」
「後ろ、気をつけた方がいいぞ」
「え」
俺が言った直後、彼女の背後からメイスが振り抜かれた。
桃音だったヤツは渾身の一撃を受けて壁まで吹き飛びごしゃりと潰れた。その時には桃音ではなくなっており、妖艶な美女の姿になっていた。……胴体がひしゃげた惨たらしい状態になっているのだが。
捩じれた角、蝙蝠のような翼、先端がハートマークになった尻尾。あまり見かけない、サキュバスというモンスターだ。人を幻惑して堕落させる悪魔のようなモンスターである。厄介な能力が盛りだくさんで、遭遇したくない相手だとか。人に近い造形なので倒すのにも抵抗があるしな。
「助かったよ、桃音」
俺はサキュバスを殴った張本人を見上げて声をかける。そう、残念ながら彼女の背後には本物の桃音が立っていたのだ。俺が押し倒されている時に来て、慌てて駆け寄ってくれた。息を切らしているので相当に焦ったのだろう。
いやまぁ、自分と同じ姿の別人が知り合いの男に迫っていたら焦りもするか。
と思っていたら桃音が俺に抱き着いてきた。……あれ?
「桃音? えっと、本物だよな?」
困惑して思わず尋ねてしまう。
「はい、本物ですよぉ。……でも本当に、村正君が来てくれて良かったです」
桃音はぎゅっと抱き着いたまま答える。
魔力、俺が造った装備、直感でも彼女が本物だとわかる。だからこれは桃音の本音だ。
「本当は引き込まれないように空間を斬れば良かったんだけどな。咄嗟にやるには時間が足りなかった」
桃音は普段から笑顔で優しく、動揺しないと思われることがある。
それは間違いで、彼女にも不安などはある。
今回も罠にかかってしまったこと、分断されてしまったこと、などなど不安が色々あったのだろう。独りにすると精神的に良くなかったと思う。
桃音はそう簡単に折れないと知ってはいるが、一方的な戦いが延々と続いて勝ち目がない場合は折れる可能性もある。
俺は、桃音の頭を優しく撫でて落ち着けるように努めた。
そうしていながら周囲の状況を把握しておく。
今の場所は小部屋。天井も低くスペースもあまりない。おそらくワープからのサキュバスで仲間の姿を取って幻惑する罠用の部屋なのだと思う。そう考えると複数人でワープしても別々の部屋に転移するようになっていたんだろうな。
問題は、ここが深層の第何階層かだ。
戦力分散として考えれば、向こうは戦えないロアがいるとはいえ牙呂と奏、凪咲がいる。回復についてもロアに持たせた大量の回復薬があればどうにかできるだろう。
俺達がやるべきことは、救助を待つか動くか。
罠用の小部屋という特殊な場所にいるので、道がちゃんと繋がっている保証はなかった。見えている通路も天井が低くワープ前にいたところとは違う。
出現するモンスターなどから同じ階層にいるかは探っておくべきかもしれない。
「桃音? そろそろ……」
「はい。ごめんなさい、落ち着きましたぁ」
自分の中で考えがまとまったので、俺は桃音に声をかけて退いてもらう。
「もうちょっと村正君を独り占めしても良かったんですけどねぇ」
身体を起こした桃音がにこにこと言う。
「合流するまでは似たようなもんじゃないか?」
「モンスターにも、ですからぁ」
苦笑するとそう返されてしまった。今の発言で桃音は突き進むつもりなのだとわかる。
桃音が立ち上がり、俺も続いて立ち上がった。背面についた汚れを払い落とす。
「ここで待つっていう選択肢はないか」
「はい。ここから出る通路が1つだけで、そこから来ましたからぁ。同じような小部屋があって、別の道が1本だけ。ほぼ一方通行なんですよねぇ」
桃音は既に移動している。通路の先のこともわかっているのか。
「なるほどな。とりあえず、慎重に進んでみるか」
「はぁい」
そうして、2人並んで歩き出す。
通路の先には彼女の言う通り、また小部屋があった。
……ただ、首が潰れた妖艶なイケメン悪魔が死んでいたが。
角や翼、尻尾はサキュバスと一緒なので、その男性版。インキュバスというモンスターだろう。
俺のところに桃音の姿をしたサキュバスが現れたということは、桃音のところには俺の姿をしたインキュバスが現れたということだろうか。
となると、桃音は俺の姿をしたヤツの首を握り潰して殺したことに……。うん、考えないようにしよう。
「村正君のフリをして近づいてきたので、ちょっと怒っちゃいましたぁ。恥ずかしいですねぇ」
彼女は笑っているが、やはりそのぱわーは恐ろしい。俺も気をつけよう。
桃音のいた小部屋から続く通路を進む。ここからはなにが待ち受けているかわからないわけだが。
俺は右手に変幻自在大器ミラージュカルムの球体を持ち、左手には
俺と桃音に足りないのは、目で追えない速さで動く敵への対抗策。この鎖が一手にそれを担ってくれる。
もう片方がミラージュカルムなのは用途の幅が広く武器を切り替える手間がいらないためと、消耗がほぼないこと。そして即興鍛冶のように使えるので身体の動きがついていかない相手にも攻撃ができる。
全体的な対策としてはいけるはずだ。
俺が拘束して桃音に倒してもらう、というのが確実な戦法になるだろう。ミラージュカルムは変形が真髄であって、攻撃力の高い武器ではないからな。
汎用性の高さはあるが、深層で活躍しやすいのは特化した武器だろうから。
通路を進んだ先にまた部屋があり、モンスターが佇んでいた。
目が四対ある仮面のような顔に、刀を持った6本の腕、茶色い毛むくじゃらの身体。
通路から覗き込んでいて、相手からも見えているはずだが動く気配はない。部屋に足を踏み入れたら、というヤツか。部屋から続く道は他に1つしかないので、あのモンスターを倒したら先に進めるという感じのようだ。
「通り抜けられますかねぇ」
「どうだろうな。牙呂ならできるだろうが」
俺と桃音では不可能だろう。というか部屋に入ってこない限り動かない敵が簡単に通してくれるとは思えなかった。
「とりあえず、戦ってみよう。まずはここのルールを理解する」
「はい。私がいる限り、絶対に負けませんからぁ」
生きるだけなら、ここで停滞していてもいいかもしれない。だが俺達はこのダンジョンを攻略しに来た。生きてここを出ると誓い合った。
なら、先へ進むしかない。
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