深層の洗礼

 富士山のダンジョン深層は思っていたよりも普通のところだった。土壁の洞窟に明かりが灯っているだけの通路という様相だ。

 少なくともいきなりモンスターに遭遇することはなかった。


 最難関ダンジョンの深層だからと言ってよくわからない内装になっているわけではないようだ。ただ、出てくるモンスターやギミックまで普通とは限らないのだが。


「……」


 階段を下りて通路に出ると、誰もが無言で周囲を警戒していた。配信に気を遣わない本気モードの警戒だ。


 洞窟の道幅は50メートル近くあり、天井もかなり高い。100メートルはあるだろうか。広いということは、それだけで大型・大量のモンスターが出てくるという予測が立てられる。飛行するモンスターも出てくるだろう。


「ぱっと見は普通のダンジョンだな」

「これだけ広いとドラゴンとかも出てきそうね」


 周囲の安全が確保できたところで、ようやく牙呂と凪咲が声を発した。


“緊張感あるな”

“口数少ないのがガチ感ある”


 通路は左右に分かれていたので、どちらへ進むか話し合うかと思ったのだが。


 牙呂がバッと身体を動かして左を向き構えた。俺にはわからないが、どうやらなにかが接近しているらしい。


「来――」


 牙呂が警告を発するよりも速く、黒い影が凄まじい速さで接近、俺達の間を通り過ぎていった。


「づっ!」


 擦れ違い様にやられたのだろう。牙呂が頭の左側から血を出していた。……俺の動体視力じゃ完璧には捉えられなかった。なにより、牙呂がちゃんと回避できていない。

 傷は桃音がすぐに治療したので治ったのだが、俺達は警戒の度合いを上げて現れたそいつを見る。


 全身真っ黒な毛並みを持ち、目だけが異様に赤い小柄な獣だった。姿形はあまり見たことがない動物だが、尖った耳は猫のようでもある。後ろ足が短く、どちらかと言えば兎に近い。前足は関節の向きが人と同じなので、動物の理から外れた姿だとはわかるが。


 そいつは今しがた食い千切った牙呂の耳を齧っていた。


“なんだあいつ!?”

“速すぎて黒いなにかが通ったとしかわからんかった”

“新種か”


「オレの耳食いやがって……!」

「見たことないモンスターね」

「俺もだ。未到達の深層ならそらほとんどが新種になるか」


 同じようなモンスターはいるが、完全な新種と見た方がいいだろう。特徴は速く、強い。

 そいつは牙呂の耳をぺっと吐き捨てると、おえぇと舌を出した。


「あ!?」

「キキキャッ!」


 牙呂が睨むと嬉しそうに笑う。見た目も邪悪そうだが、中身まで邪悪とはな。


「――斬る」


 牙呂の怒りを無視して、奏が魔力を込めた斬撃を放つ。剣の振りに対してラグがない異常な遠距離攻撃だが、敵は剣が振り下ろされる前に跳躍して避けた。


「面倒」


 ただし、続け様に魔力を込めた無数斬撃を放つ。避けるなら避けられないようにすればいいと思ってのことだろうが。


 相手は強靭な脚力で洞窟内を跳ね回り、無数にある斬撃の隙間を縫うように避けていった。


「む」


 奏も少しだけむっとしている。


 そして次はこっちの番だと言わんばかりに脚へと力を溜め、俺の知覚外から一気に接近した最初の攻撃が来る。

 ギュンと跳んだ相手は凪咲に狙いを定めたらしい。凪咲の動体視力は俺より低い。見切ってかわすことはできないが。


 凪咲へ向かう途中で牙呂の剣が割り込み、敵を真っ二つに裂いた。


「それはさっき見せただろうが」


 牙呂は淡々と告げる。


“うおおおおおおお”

“マジかよ!”

“流石牙呂!”

“俺達の健太は速さで負けねぇもんな!”


 強敵かと思いきやすぐ対処してみせた牙呂に、コメント欄は盛り上がっている。


「悪いな、初手不覚を取っちまった。目では追えてたんで、2度目はねぇよ」


 そう言って彼は笑う。……やはり、頼りになる。


「礼は言っとくわ」

「おう、気にすんな。というか次来るから備えろ。ああいう小動物系のモンスターは基本、集団行動だ」


 牙呂の言葉を聞いてハッとする中、通路の奥に赤い瞳が無数に輝いた。


 さっきと同じモンスターが一斉に飛びかかってくる。


「凪咲、合わせて」

「了解」


 ここは奏と凪咲がやるようだ。

 奏が魔力を込めた一振りで無数の斬撃を放つ。相手は1体目と同じように跳ねて回避しようとするのだが。


「残念でした」


 悪戯っぽく舌を出す凪咲の魔法によって、ダンジョンの壁や床の表面には泥のようなモノに塗れていた。

 結果、上手く跳べずに奏の斬撃を受けて切り刻まれる。


 牙呂は完全に逆方向を警戒していた。2人に任せるのだろう。


 俺だけ棒立ちというわけにもいかないので、真っ二つになったモンスターのところで屈み込み、観察する。


 ……筋繊維が異様に発達した獣って感じか。特に脚の筋肉が凄まじい。毛皮は意外と分厚いな。打撃には耐性がありそうだ。桃音なら問題ないだろうが、当たりそうにないか。


 モンスターの解体と観察を同時に行い、素材は確保しておく。深層の素材だ、取っておくに越したことはない。あと目が宝石のようになっていた。高値で取引されそうだな。


「終わったみたいだな」


 牙呂の言葉に顔を上げると、奏と凪咲がハイタッチしているところだった。2人で殲滅できたらしい。


「強いは強いが、特殊能力がない分対処しやすいか?」

「そうだな。あの脚力は脅威だが、前衛の2人が追えてるなら対処は可能だ。俺だとちょっとキツいかな」

「問題ない。任せて」

「お願いしますねぇ」


 牙呂と奏はあの動きが目で追えているようだ。他の3人は少なくとも一拍遅れる。そして、一拍という僅かな差が致命的になる。


“初撃以外相手に手を出させてないんだよなぁ”

“対応が早い早い”

“ちょっとひやっとしたけど、やっぱ安定してるな”


「というかお前、この武器ヤバいな」

「ん?」


 牙呂に言われて聞き返す。


「いや。オレ1体目のヤツ、弾こうと思って構えてたんだけど。するっと真っ二つになったぞ」

「ん。マサの剣今まで以上に使いやすい」

「うん。魔法構築の速さが段違いだもん」

「回復し切るまでの速さが全然違いますよねぇ」


 牙呂を皮切りにそんなこと言い始めた。……急にどうしたんだ?


「なに言ってんだか。それくらいの武器じゃないと、今のお前達が“欲しい”と思えないだろ」


 俺は確かに、武器などの装備を大切にしている。だが武器というのは、当たり前の話だが主役にはならない。誰かに使われなければ、ただの置き物と変わらない。

 だから、使い手あっての武器なのだ。どんなに凄い武器を作ってもそこは変わらない。


 俺は使い手が使いたいと思って、ハマる武器こそが最高だと思っている。


 俺の言葉に、4人は笑っていた。


「やっぱお前最高だわ」

「ん」

「頼りになるわ」

「うふふ~」


 本当に凄いのは、俺が強い武器を造ろうと思うのが、お前達に相応しい武器を造ろうとするからってところなんだけどな。


 俺も笑い返す。


 素材を回収してから深層の探索を進めていった。

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