深層への挑戦
配信が開始された。
しかし、6人共口を開かない。
配信者としてあるまじき開始模様に、コメント欄も少し困惑している。
少しだけ間を置いて、深層へ続く扉に立つ牙呂が口を開いた。
「配信始まったな。いよいよ深層に突入する。……流石に緊張してきたな」
彼はそう言って少しだけ力なく笑った。
「前人未到、世紀の大偉業なんて言われちゃいるが、死んだらそこで終わり。ダンジョンに挑む限りずっと同じことだけどな」
ダンジョンは深層で終わる。なら今が、こういう話をする最後の機会になるかもしれない。
神妙な面持ちの牙呂を、俺達は茶化せなかった。
「弱気になってるんじゃねぇ。オレ達の実力を信じてないわけじゃねぇ。けど、考えちまうモノは仕方がない」
俺達なら勝てる。挑むならこのメンバーしかいない。
そう思っていても、いつだって敗北は頭を過ぎる。
内心に抱える不安を吐露しながらも、牙呂は笑った。
「だが、オレ達は探索者であり配信者だ。ダンジョンの奥に挑戦するのも、誰も見たことがない深層を見せるのも……そして、最難関ダンジョンを踏破するのも。当然のことだ」
探索者として、配信者としての誇りを語る。
“いいこと言いやがる”
“やっぱ生粋の探索者で配信者なんだよな”
“そういう牙呂だから観てる”
どうやらそういうことを言っていく場面のようだ。続いて凪咲が口を開いた。
「当たり前よ。アタシだって皆が死んじゃうんじゃないかって不安だし、アタシ達だって負けることはあるから。探索者に絶対はない。けど、今世界中の誰よりも先に進んでいて、頂点に近い位置にいる。これって凄いことじゃない? 燃えないなんて嘘でしょ」
彼女も最初は神妙な顔をしていたが、やがて笑顔を見せる。
5人で初めてコラボした時、不安を口にしたのは凪咲だった。ある意味では彼女が最も皆の死を怖がっているのかもしれない。
それでも俺達の実力ならと信じてくれている。
“凪咲ちゃん;;”
“ずっと凄いよ”
“初配信の頃からな”
“最高最強を更新し続けてる”
“富士山を攻略できるのはお前らしかいないって思ってる”
次は順番的に奏だが、奏はいつも通りの無表情で口を開く。
「いつも通り。目の前に立ち塞がるなら、斬るだけ」
短くも自信を持った一言。奏が取り乱すことがないから、視聴者が安心して観てられるというのもあるらしい。
今回ばかりは少し緊張しているみたいだが。
“いつも通りが一番頼もしい”
“深層でも頑張れ”
“いつもより気合い入ってるような気がする”
奏だって感情がないわけではない。緊張もすれば不安もあるのだ。
「私もいつも通り、皆を支援するだけですぅ。私がいる限り、誰1人として死なせませんからぁ」
桃音もいつも通りに振る舞っている。
パーティの回復役は全体にとっての生命線。彼女が全員の命を背負っていると言っても過言ではない。
視聴者は身勝手だから、ヒーラーは攻略失敗の時真っ先に矢面に挙げられる立場にある。強く責められることも多く、火力にもなりづらいから貢献度合いで見てもわからない人は多い。
その立場であって自ら死なせないと口にできるのは、絶対的な自信と決意の表れだ。
“桃音ちゃんなら大丈夫”
“無理はしないでね”
“パーティの生命線の1つ”
“頼りになりすぎる最高のヒーラー”
桃音まで来たので、次は俺か。と言っても言うことあんまりないんだけどな。
「俺がやるべきことはもう終わった。後はお前達が俺の装備を扱えるかだ。だから、なんの問題もない」
俺はあくまでも鍛冶師。戦闘が本分ではなく、戦闘前の準備が仕事だ。
俺の武器が深層で通用しないとは思っていないが、少なくとも今の俺ができる全力で造った。なら、後は使い手次第。こいつらなら問題ない。
“装備と仲間に対する信頼が厚い”
“世界トップレベルの鍛冶師の最高傑作よ”
“やること終わったって言ってるけど、中層の時みたいに戦闘でも頼んだ”
“生命線その2”
俺の言葉に、4人は当たり前だとばかりの笑みを浮かべていた。
「私はこれまで通り、皆様をサポートさせていただきます」
最後にロアがつけ足した。彼女も6人目の仲間なのだ。画面には映っていないが。
“生命線その3”
“ロアちゃんがいなかったらもっと厳しい状況になってたと思う”
“ダンジョンのストレス、配信環境、食事とかの戦闘以外フォローしてくれてるのがめっちゃ助かってると思う”
視聴者にもきちんとロアの貢献は伝わっているようだ。
戦闘以外のフォローがきちんと効いているからこそ、俺達は疲労を蓄積せずにいられている。
非戦闘時の生命線はロアが握っていると言ってもいいだろう。
加えてもしもの時のためにロアの収納にも回復アイテムや4人の装備品を渡している。
「よし、行くか。前人未到、世界最難関レベルの深層へな」
牙呂が言って、深層へ続く階段を降りていく。
なにが待ち受けているかわからないが、なにがあっても対処できるように心がけていこう。
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