村正ミラー

 村正は相手のコピー範囲を探るため、手札をどんどん切っていた。

 武器の種類が豊富なこともあり、手札の多さ幅広さで言えば数多の魔法を手繰る凪咲とタメを張れる。


 即興鍛冶も、ダンジョンで新たに創った武器もコピーされた。

 となれば、次に試すのは持ってきた武器だ。


「空間跳躍剣エルドミュア」


 村正は取り出した武器の名を口にする。この方が配信にいいという、配信者に慣れてきた証だ。

 名は体を表す。村正の基本的な命名方針ではあるが、この武器は振ると同時に刃が空間を跳んで敵に近づくという特殊能力を持っている。


 奏のラグなし斬撃を見て思いついた初見殺し用の武器なのだが。


 当然のように形はコピーされ、振るのも同時。そして、振る最中で刀身が消えて相手へ迫るのも、同じ。


 剣は振り抜き、回避を同時に行う。避け方は違ったが相手も同じようにして避けている。


「とりあえず、持ってきた武器も模倣されると」


 持ってきた時点で読み取られているのか、それとも取り出した時点で読み取られるのか。

 そこはわからないが、持ってきた武器も全て能力を読み取られることは確定した。


 ……凪咲と違って俺のコピーは違うことをしてこないな。


 それに、積極的に攻撃してこない。なぜだろうか。相手も様子見している気がした。


 とはいえ答えが出るモノでもない。村正は確認作業から戦闘に切り替える。


闇縛荊鎌あんばくけいれんブラックローズ」


 新たな武器を取り出す。漆黒の鎌に漆黒の荊が巻きついたデザインの武器だ。


 鎌に魔力を込め、相手の足元に黒い荊を生やす。拘束し傷をつける嫌らしい武器なのだが、能力をわかってか飛び退いて避けていた。


 そこに突っ込み、鎌を振るう。屈んで回避したコピーの手には、深紅の刀が握られていた。慌てて後退した空間を焔の斬撃が裂き、伸ばしていた荊まで一掃される。


“また闇深そうな武器出てきた”

“使った武器が読み取られてるのか、持ってきた武器はもう読み取られてるのかわかんないな”

“前者だったら武器使うだけ不利になるってことじゃん”


 コメントは苦戦必至な相手に慌てていたが、逆に言えば大敗の可能性は低いと見て落ち着き始めていた。


 5人にできることは相手にもできるが、相手にできて5人にできないこともないからだ。


 荊と鎌の波状攻撃で押す村正だったが、相手も綺麗に捌いていく。武器の性能だけでなく動きの速さや力までも同等。勝負を一気に決めるのが難しい相手ではあった。


 時間遅延の剣を創ってみたが、時間加速の剣で相殺される。デザインもちゃんと違った。村正はこれまで時間加速の剣を創っていなかったが、こういうデザインにしようというイメージがあった。その通りに相手は創っている。


 ……なるほど。即興鍛冶の真髄は想像を形にすること。細かな装飾まで瞬時に想像するからこそできることではある。というか武器のデザインで手を抜けない性分なだけだが。


 正直に言ってしまえば、シンプルなデザインの方が早く出来上がる。効率だけを考えるならその方がいいだろうが、配信するなら村正の性分はいい方向に働く。


「頭の中のイメージまで読み取られてるな。持ってきた武器だけじゃなく、持ってきてない武器や昔創った武器まで模倣されそうだ」


“とんでもないことさらっと言ってて草”

“”


「そろそろ仕かけるか」


 村正は互角の相手を上回るべく行動を開始する。


 荊の鎌を片手に、空いた手で即興鍛冶をして2本の武器を手繰り接近戦に挑む。片手の武器を瞬時に切り替えていくことで相手のコピーを上回ろうという考えもあった。


 村正の猛攻が始まり、相手が防戦一方に変わる。次々と切り替わるにコメント欄が盛り上がっていた。


“いっけえええええええ”

“押してる押してる!”

“珍しく牙呂みたいな戦い方だ”


 終いには鎌も収納して両手をフリーにした状態で絶え間なく武器を切り替えて戦っていく。

 初配信で剣骸翁相手に見せた攻撃の、武器をより多彩にしたバージョンだ。


 戦いが加速する様子に配信は盛り上がっているが、これだけで勝てるとも思っていなかった。


 やがて、村正の善戦が崩される時が来る。


「は……?」


 激しい猛攻を繰り出して相手を押していた村正だが、間の抜けた声を上げた。


 コピー体の肩口から、もう1本ずつ腕が生えてきたのだ。


“ファッ!!?”

“腕が4本になった!?”

“ただのコピーじゃないんかい!”

“いや、マサなら腕を生やせるのかもしれん”

“別の意味で化け物になってて草”


 村正の一瞬の戸惑いが生んだ隙に、相手は生えた2本の腕で即興鍛冶を行い、出来た剣を振り下ろしてきた。

 咄嗟に回避するが、浅く切り傷ができてしまう。


「おいおい。そんなことできないぞ?」


“できないんか”

“意外”

“できると思った”

“草生える”

“生えたのは腕”

“冗談抜きでヤバくね?”


 コメント欄は大半が茶化していたが、不穏な気配を感じ取っていた。


 今度は、相手が猛攻を仕かけてくる番だった。


 4本腕になったことで、どう足掻いても受け切れない場面が出てくる。


「ぐっ!」


 傷が1つ増え、また1つ増える。致命傷だけはどうにか避けているが、どうにもならない状況だ。


“やばいやばいやばいやばい”

“村正頑張れ!”

“どうにかしてくれぇ!”


 明らかな窮地にコメント欄が騒ぎ出す。

 だが村正も受けるだけで精いっぱい、敗北しないだけで手いっぱいの状況だ。


 傷を増やしながらも粘る村正の前で。


 ――相手の背中から更に2本の腕が生えた。


“嘘、だろ…”

“腕が6本になった……?”

“これまでも受け切れてなかったってのに”

“そんなのってないじゃん”


 村正が唖然とする中、視聴者も愕然としていた。


 生えた2本腕に武器が握られる。片方は、空間跳躍剣だ。


「……クソ」


 村正は小さく毒づく。来るとわかっていても避けられないと悟ったからだ。


 相手が軽く剣を突き刺す動作をするだけで、跳んだ刃が彼の腹部を貫いていた。


「マスター!!」


“ひっ”

“村正ああああああああああ”


 ロアの悲痛な声と、コメント欄の悲鳴が重なる。


 深手を負った村正の動きが鈍り、次々と攻撃が当たる。鮮血が飛び散り、よろめくように後退した。


 それでも意識はあったが、窮地に変わりはない。


 そんな状態の彼へのトドメとして相手が選んだのは、分厚い漆黒のガントレットだった。


 ……それはマズい。


 頭ではわかっている。だが回避もままならない。


 破壊崩滅拳メトロノヴァ。


 武器に当たらないと効果が発動しないが、当たればどんな相手でも粉々に打ち砕く破壊力を重視した武器。

 桃音のぱわーを再現するべく創った武器だった。


 その必殺の拳が、村正の腹部に叩き込まれる。


 悲鳴はなかった。声を上げる間すら与えられなかった。腹部を襲う衝撃のすぐ後に背面に強い衝撃を受けてから、自分が障壁まで吹き飛ばされたことに気づいたほどだ。


 炸裂した拳の破壊力によって村正の身体は吹き飛び、配信画面からは大の字に障壁へと叩きつけられた村正の背中が映っており、大量の血液がそこら中に爆ぜていた。

 力なくずるずると落ちて、そのまま倒れ伏す。ぴくりとも動かなかった。


“うわあああああああああああ”

“嘘だと言ってくれ!!!”

“マサがやられた!?”

“やばいやばいやばいやばいやばい”

“これ4んだんじゃ……?”


 明らかな出血多量。死に至る可能性が大きい事態にコメント欄は阿鼻叫喚となっており、ロアも動揺して必死に呼びかけることしかできていない。


 村正の配信だけを観ている視聴者はわからなかったが、5窓している視聴者の目には現状がはっきりとわかった。


“全滅かよ……”

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