漆黒の恐怖

「おーっす。じゃあ今日も富士山のダンジョン中層の攻略を行ってくぞ」


“おはよ”

“おはよー”

“今日も頑張って!”

“ゆっくり眠れた?”


「つっても中層は広い迷路だからなぁ。ボスまでは同じような映像が続くだろうから、あんま気負わずに見ててってくれ」


 全員、昨日とは違う服装になっている。装備品は俺がメンテナンスをしてあった。


「嵌まると長いだろうけど、なんとか今日中には中層を突破したいところだね」

「お前は幽霊いるから活躍できねぇしな」

「うっさい!」


 凪咲は噛みついていたが、否定しなかった。まぁできないよな。無理だし。


 そんな感じで中層第二階層の探索が開始された。最初に幽霊、第二にはツインズという双子らしきゴーストがいるので、そいつが出てきた時から凪咲は桃音にくっついていくことになった。


 2時間かけて歩いている中、ほぼ全員が同時にぴたりと足を止めた。


「「「……?」」」


 動きを止めて音を立てず、それぞれが耳を澄ませている。


“?”

“どした?”

“なんもいないけど”

“いや、見るって言うか聞いてる感じするな”

“なんも聞こえんが”

“いや待て、なんか聞こえる……?”


 徐々に音が大きくなっていたので、配信でも音が入ったようだ。

 耳を澄ませていると微かな音が明確な擬音、カサカサという音になって聞こえてくる。


“なんか、カサカサ聞こえる?”

“ワイには聞こえん”

“段々おっきくなってね?”


「来る」


 奏の言葉の直後、長い真っ直ぐな通路の曲がり角に無数のモンスターが現れた。そいつらは黒光りする身体でカサカサと通路の壁が天井を埋め尽くしてこちらに向かってきている。


“ぎゃああああああ”

“ヤバい、鳥肌立った”

“ナニアレ”

“そら、アレよ”

“台所とかによく出てくる、例の”

“いやあああぁぁぁぁぁぁぁ”


「ゴキの群れじゃねぇか!!!」


 牙呂が嫌悪感丸出しで叫んだ。


「第一階層では遭遇しなかったが、中層にはああいう通路を塞いで逃げにくく倒して進むしかないモンスターがいるんだ」

「冷静だなお前!?」

「嫌気が差しますぅ」

「数百はいる。斬るのは面倒」

「わかってる。凪咲?」

「……うぇ?」


 全長2メートルはあるゴキブリ、モンスター名としては肉食ゴキブリという群れが迫っている。ここまで一本道が長く、遭遇するタイミングとしては最悪だ。ただ数が物凄く多いだけで耐久力はそこまで高くない。それでも異常なまでの数と素早さによって蹂躙されることが多いモンスターである。


「炎の魔法であいつら一掃してくれ」

「うぇ!? なにあれキモッ! 無理無理、集中できないもん!」


 凪咲は桃音から離れようとせず、首をぶんぶんと振っていた。4人で嘆息する。


「それなら、一掃しなくていいからできるだけ大きな炎を出してくれ」

「えっと、こんな感じ?」


 頼めば、杖からボォと炎を出してくれる。魔法としては上位の炎だ。流石は日本屈指の魔法使い。集中が乱れてても一流は一流だ。


“やったれ!”

“頼む、今すぐ視界から消してくれ!!”

“視聴者の方が必死で草”

“あの群れに全身貪られるとか最悪のタヒに方だろ……”


 俺は炎に手を翳す。


「材質――炎。形状――大剣」


 魔力を操作して魔法の炎を掌に集束させていく。


「構築完了――紅蓮焔魔大剣クリムゾネア


 そして集束した炎の中から紅蓮の大剣を引き抜いた。


“きちゃ!”

“即興とか言いつつデザインも良き”


 俺は迫るゴキの群れに向けて、構築した大剣を振り下ろす。剣から通路を埋め尽くすほどの紅蓮の業火が放たれて焼き払っていく。


“っしゃナイスぅ!!!”

“焼き払えーーーっ!!!”

“燃えろ燃えろー!!”

“灰と化せ”

“2度と出てくるんじゃねぇぞぉ!!”

“今日一番の盛り上がりで草”


「流石です、マスター」

「マサならこれくらい当たり前」


“普段いがみ合ってる二人が意気投合してて草”

“マサに関しては息合うんだよなぁwww”


「凪咲、次!」

「えっ?」


 きょとんとしていたが、群れの襲来はまだ終わっていない。


“また来たあああああ;;”

“もう嫌だ;;”

“全滅させてくれマサぁ;;”

“コメント欄が阿鼻叫喚w”


 なんとか凪咲に魔法を使ってもらい、それを素材にして即興鍛冶を行い撃退した。


 第二階層はどうにか午前中に突破できたのだが、第三階層に物凄く苦戦してしまう。8時間歩き回っても下の階層へ続く階段が見つけられず、第四階層へ入ったところで2日目が終わってしまった。


「あー……クソ。刃が欠けちまった。ちょい早いが、次の武器貰っていいか?」


 2日目の終わりで、牙呂が武器を見て呟く。


「ああ。そろそろ寿命だったからな」


 牙呂の夫婦剣、凍牙と焔爪が寿命を迎えてしまった。2本を受け取って修復不可能であることを確認。夫婦剣なので、どちらかが欠けてしまった時にはもうダメになってしまうのだ。2本一対の剣だからこそ、片側が欠けてはどうにもならないという欠点もある。


「もう2年にもなるか。長い間ありがとな」


 最後に牙呂が礼を言った。入れ替わりでポーチに入れて新しい剣を取り出す。

 オリハルコンの方ではなく、それより前に造っていた2本だ。


「今度は風と雷。2代前の疾風と迅雷を彷彿とさせる2本だ。風の方が嵐華らんか、雷の方が雷雲。当然だが性能面では疾風と迅雷を優に超える」

「おう、ありがとな」


 どんな武器が欲しいか、という希望は聞くようにしている。速さに重きを置く牙呂としては2代前に使っていた疾風と迅雷の夫婦剣が印象に残っていたらしい。あいつらの後継が欲しいと言われた。


“疾風と迅雷の後継夫婦剣か”

“これは期待”

“懐かしいな、3年くらい前か”


 コメント欄にも覚えている視聴者がいるようだ。観ている人の印象に残っているというのは嬉しいな。


「奏の方は……もうちょっとだな。替えてもいい頃合いだと思うんだが」

「別にいい」

「そっか」


 奏の方針は俺から言っても変わらない。最期まで使い切る。戦闘中に折れた時のために予備の剣を腰に提げるだけだ。


「凪咲は、中層であんま使ってないから想定より劣化してないな」

「ごめんって」


 第三階層に来ても幽霊がいなくなるわけではなかった。むしろ徘徊モンスターがホラー寄りになったので余計に出番が減ってしまっていた。まぁ視聴者としては滅多に見られないビビリ凪咲を堪能できて嬉しいそうだ。普段なら事前調査でそういう敵が出てこないダンジョンにしか挑まないからな。


「ある程度覚悟しちゃいたが、中層のボスに到達するのは早くても一週間後くらいになりそうだな」

「ん。迷路長い」

「迷宮って歩き回りますしモンスターも手強くなってきていて、損耗が激しいですよねぇ」


 4人の様子を見る限り、そこまで疲労は溜まっていない。本気戦闘をしないように気をつけているというのもあるが。


“まだ余裕ありそうなのが流石だな”

“並みの探索者なら1体倒すだけでも数時間コースのモンスターばっか出てきやがるのにこの安定感よ”

“ただやっぱ上層と違って無双! って感じじゃないな”

“それだけモンスターが強くなってるってこと”

“あと凪咲ちゃんが全然戦えてないのがでかいなwww”

“苦手なもん出てくるんだからしゃあねぇ”

“久し振りにいい悲鳴が聞けて満足です”


 中層は突破できると予想している。ただやはり前衛2人の武器の損耗具合が激しい。他の2人と違って実際に武器で攻撃するわけだから当然だが。

 このままでは中層突破、若しくは下層突入ぐらいで前衛の武器がなくなってしまう可能性が高い。道中素材も回収しながら進んできているが、本当に全階層攻略し切るつもりなら途中で武器を製造しなくてはならなくなるだろう。


 この5人で富士山のダンジョンを攻略するなら、生命線である武器を用意するのが俺の役目だ。

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