かわいそうはかわいい

 休憩は1時間だけだった。

 座って雑談しただけ。


 入る前から話し合っていたが、俺達にとって上層はただの通過点にしかならないと踏んでいた。

 だから早々に情報の少ない中層へ行きたかったのだ。できれば初日の内に。


「中層へ到着、っと」


 ボス部屋の奥に続く扉を開き、階段を下りて中層へ。


「中層は天井のある通路型か。ただ結構でかい通路だな」

「うん。これなら大きいモンスターも出てきそうだね」


 横幅50メートルはある通路に出た。迷路になっているタイプなのだろう。道が複数に分かれていた。


「マスター。ここでは地形スキャンが行えず、壁を透過できません」

「ああ。ここは迷路型のダンジョンらしいって聞いてたから大丈夫だ」


 入る度に道順が変わり、下へ降りる階段がどこにあるかもわからない迷宮。面倒なダンジョンだ。


「歩き回るの面倒」

「そう言うなって」

「マサがそう言うなら頑張る」


 奏に言いつつ、六人で固まって進んでいく。


「ケタケタケタ」


 奇妙な笑い声が聞こえたかと思ったら、すぐ近くに白い影のようなモンスターが現れた。布を被ったような見た目で影がなく、透けている。ゴースト系モンスターだ。


「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そいつの姿を見た瞬間、悲鳴が通路内に響き渡った。耳がきんとする悲鳴だ。


 悲鳴を上げたのは、凪咲。ガタガタと震えながら桃音にしがみついていた。


「大丈夫ですよぉ、ただの幽霊ですからぁ」

「だから! 幽霊だから怖いの!!」


 そう、凪咲はこういうホラー系が大の苦手である。


“幽霊苦手な凪咲ちゃんすこ”

“悲鳴助かる”

“桃音ちゃんにしがみついてるのかわいい”


「仕方ないですねぇ。えいっ」


 ファントムゴーストというモンスターなのだが、弱点は魔法。それも光やらなんやらの清い魔法で瞬殺できる。

 桃音がそっち方面のスペシャリストなので、あっさり浄化してしまった。無詠唱だ。しがみつく人選が合っている。


 因みに幽霊対策として凪咲もそういった魔法を覚えているのだが、いざ前にするとこの調子なので使えた試しがない。


「ほら、もういなくなりましたよぉ」

「ホント?」

「ホントですぅ」

「ケタケタ!」

「まだいるじゃん!」

「新手ですねぇ」


“怯える凪咲ちゃんかわいい”

“いい悲鳴や”

“ナギ虐いいぞぉ”

“モモナギてぇてぇ”


 結局中層ではほとんどずっとゴーストがいたので、凪咲は完全に桃音の装備品の一つみたいになっていた。ゴーストの出現を逸早く察知して悲鳴を上げるアイテムだと思うしかない。


「おらおらおらぁ!!」


 牛頭の巨人を牙呂がズタズタに切り裂く。壁や天井を足場にしながら高速で駆け回っての攻撃だ。傷つき膝を突いて動きが止まったところに、奏。


「ん」


 両手の一振りで真っ二つにして倒した。


「ふぅ。やっぱ上層とは全然違ぇな。普通に斬ったんじゃ切り落とすまでいかねぇか」

「まだ余裕」

「オレだってそうだ。けどま、凪咲もずっとあの調子だし、そろそろ夜中回る頃じゃねぇか?」

「はい。現在時刻は午後11時17分となっています」

「んじゃ休憩にするか。初日に中層第二階層なら上々だろ」


 というわけで、今日のところは探索を終えるようだ。


「つーわけで、野営の準備すんぞ」


 牙呂の指示で、俺達は野営の準備を始める。と言っても主に俺とロアの役目だ。


「じゃあここに結界張っておきますねぇ」


 凪咲をくっつけたままの桃音が野営する場所に結界を張る。モンスター除け、ひいては幽霊除けの結界だ。


「ありがと、桃音ぇ」

「いいですよぉ、助け合いですからぁ」


 すっかり弱った様子の凪咲がようやく離れた。その間にポーチと格納機能からどんどん取り出していく。


「完成です」

「おし」


“ベッドのあるテントに、キッチンに、洗濯機に、脱衣所と風呂が生えてきたんだがwww”

“異空間に格納して持ってきたんかwww”

“これは便利だなw”


 衣食住を整える環境が出来上がっていた。


「おぉ、予想以上だな。これならしっかり休めそうだ」

「お風呂もベッドもある! 最高じゃん!」


 話はしていたが実際に見ていなかったので、四人も喜んでいた。準備しておいて良かったな。


「まずお風呂入りたーい。汗掻いたー」

「ん」

「いいですねぇ。広さもありますから、入っちゃいましょうかぁ」


“お風呂!?”

“なんだと!?”

“がたっ”

“座れ落ち着け全裸待機だ”

“お前が落ち着け服を着ろwww”

“サービスシーン突入ですか!?”


 なんかコメントが盛り上がっているが、そんなことはない。


「皆さんは私視点で料理を見ていてください。しつこい方はBANします」


“ひぇ”

“観れなくなるのは辛い”


「牙呂ー覗かないでよー」

「覗かねぇよ。子供体型なんか」

「あ?」

「ゴメンナサイ」


“凪咲ちゃん憤怒の形相で草”

“今日のエンマシュラより怒ってたぞ”

“www”

“わかってねぇなぁ、牙呂君は そこがいいんじゃないか”

「シメるぞ」

“ゴメンナサイ”

“草生える”


 仲いいなあいつら。


「マサは一緒に入る?」

「入らん」

「そう」


 問題発言はあったがすぐに引いてくれて良かった。


「はぁ。とりあえずオレと村正で周辺警戒だな。ロアには飯作ってもらって」

「了解しています。それでは皆さん、ロア‘sクッキングのお時間です」


“ロアちゃんの料理じゃー!”

“入浴シーンどこ?”

“あっ……”

“消すのはえぇw”

“これが見せしめか”


 深夜近いというのにたくさんの人が観ている。


 俺と牙呂は近づいてくるモンスターに対処しながら女性陣の長風呂を待った。


「お待たせー」


 しばらく経ってようやく3人が風呂から上がってきた。3人共ほかほかでさっぱりした様子だ。ラフな恰好で、もう眠れる体勢である。


“うおおおおおおおおおおお”

“風呂上がりだあああああ”

“;;”

“きちゃああああああ”

“泣いてるヤツおって草”

“きっも”


 一部辛辣なコメントはあったが、滅多に見られない風呂上りの様子にコメントのおっさん共が盛り上がっていた。


「食事の支度はできています」

「わぁ、美味しそー!」

「お腹減った」

「皆で食べましょ~」


 男2人はこれまで戦っていたのですが労いはなしですか。

 と言いたかったが交代で休むことにしているので後で代わってもらえばいいだけのことだ。


 5人でテーブルを囲み、ロアの作った料理に舌鼓を打つ。やっぱり美味しい。4人にも好評だった。


「腹も満たしたし、そろそろ配信は区切るか。日付も変わったことだしな」

「そうだね。じゃあ皆、また明日」

「朝の8時からだったか?」

「ああ。また村正のチャンネルで配信するから、観に来てくれよな」


“乙”

“お疲れー”

“お疲れ様”

“¥30000 初日お疲れ様代”

“¥4500 明日も頑張って!”


 コメント欄がお疲れで埋まり、スパチャも投げられる中6人で手を振って撮影を終えた。


「んじゃ、予定通り朝4時まではオレと村正で見張り。4時になったら起こすから交代な」

「うん、わかってる。あとはよろしくね」

「おやすみ」

「おやすみなさぁい」

「おやすみ」

「おやすみなさいませ」


 挨拶をして、牙呂と雑談したり明日の方針を決めたりしながら朝4時まで時間を潰した。

 それから男2人で風呂に入り、さっぱりした後でベッドで眠る。ベッドは2段ベッドが2つの計4つもあるので余裕だ。魔力補充のためにロアが俺の寝ているベッドに入ってきたが、当然なにもしていない。触れて魔力を自動補充するだけである。


 朝8時前に起こされて、軽くさっぱりしてから戦闘用の服装に着替えてから2日目の配信開始だ。

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