笑ってら

 自宅の工房で、村正はオリハルコンをハンマーで叩き続ける。


 その様子はロアの目というカメラを通じて配信されていた。


“全然形変わってなくね?”

“あの波なに?”

“綺麗な音……”

“ってか鍛冶って熱してから叩くもんじゃないの?”

“なにやってるかわからん”


 おそらく史上初となるオリハルコンを加工する様子に、コメント欄には大量の質問が流れていく。

 ロアはそれらを見ることなく認識して、自らの役割を果たすべく話し始める。


「通常の鍛冶であれば、熱して柔らかくした鉄などを叩いて伸ばすことで形を変えていきます。そもそもその前段階に様々な工程を挟みます。見た目は同じですが、マスターの行動は意味合いが全く違います」


 前提を述べてから、


「マスターはあのオリハルコンの“癖”を確認しているのでしょう」


“癖?”

“鉱石の癖ってなに?”


「オリハルコンを含む魔力を持った鉱石には、マスター曰く微細な魔力の流れ道があるそうです。魔力がどう流れてどこへ向かうのか、外から魔力をぶつけた時にどう反応するのか。叩いた時に出ている波はマスターが流し込んだ魔力がぶつかり、散っている余波が見えているのでしょう」


 言いながら、ロアのAI思考を持ってしても解の出せない行為だと思った。


「わかりやすく例えるなら、そうですね。人間の身体で言う血管全てにどう血液が流れ、どれくらいの数があるかを探っているというところでしょうか」


“血管……?”

“そんなん無理やろwww”

“その言い方だと下準備、癖ってヤツを把握してからが本番っぽいな”

“無理ゲー”


「マスターが可能とおっしゃったので可能なのでしょうが、私も実際には見たことがありません。あと長丁場と言いましたが全体で1週間近くかかると思いますので、皆さん程々に休憩しながら、まったりとお過ごしください」


“1週間も!?”

“いや、鍛冶ってそんなもんじゃないか? というかもっとかかるモノだと思う”

“長ぇ”

“ワイらも気を張らずに見守ろうってことや”


 結局、村正は1時間近くほど同じ動作を続けていた。疲労感はなさそうだが汗ばんでいる。


 それから急に振り上げたハンマーをぴたりと止める。


“おっ?”

“終わったか?”

“これ絶対寝てるヤツおるやろ”

“お昼寝にいいBGMだったわw”

“おって草”


 コメント欄が変化に気づいた直後、オリハルコンとハンマーから膨大な魔力が放たれて空気が震えた。


「これは……」


“なにが起きてるんだ!?”

“なにしようってんだ!?”

“ロアちゃん説明プリーズ!”


 コメント欄が騒然となる中、村正はハンマーを思い切り振り下ろす。カンと強く音が鳴り響き、魔力の波動が拡散した。画面がぐわりと揺れる。


“な、なんだ!?”

“画面揺れなかった!?”

“なにこれ!?”

“ロアちゃん大丈夫!?”


「私は問題ありません。画面の揺れは、部屋が揺れているからですね。私の機能に衝撃吸収がございますのである程度は軽減されていると思いますが、画面酔いにご注意ください」


“説明が欲しいのはそこじゃないwww”

“ロアちゃんなにやってるかわかる?”


「マスターは、全力で魔力を流し込みながら全力でオリハルコンを叩いているのでしょう。マスター曰く、魔力を使えばあらゆるモノを少しだけ歪めることができると。マスターがダンジョン配信で行っている、空気から武器を創造するのと同じ理屈でしょう。武器が造られる前にマスターの手へと流れが生まれていたのがわかると思います」


“そういや、毎回材料になるモノが集まっていってるよな”

“あれが魔力で形を歪めてるってことなのか”

“オリハルコンもそれで形を変えていけるってこと?”


「理屈としてはそうです。ただオリハルコンは硬く、そう簡単に変えられません。また魔力の流れ道が複雑で細かいので、緻密な魔力操作が必要になります。一流の鍛冶師が鉄の鉱石から道具も使わずに鉄の武器を造り上げるのは、今の鍛冶にとって魔力操作が重要な要素となっているからです」


“そんなのショート動画で観たな”

“鍛冶じゃなくて錬金じゃねって思ったわw”

“あれも簡単に見えて凄いことだったのか”

“やってることは村正の空気や炎を素材にしての武器創造と一緒ってことだしな”

“理屈だけはオリハルコンも一緒と”


「ここからオリハルコンを叩いて伸ばして、別素材を重ねて叩いて融合させて、と過程を踏みます。ここから更に長いですので、皆さんは昼食を摂りながらどうぞ」


 そんなこんなで配信開始から10時間が経過した。


“まだ叩いてるやん”

“ただいまー”

“あれ、結構形変わってね?”

“鍛冶っぽいな”

“鉄を熱する行為が魔力を込める行為に置き換わってるって考えた方がいいよな”

“音が気持ちいい”

“寝れる”

“視聴者数は増えたり減ったりだけど、これなら2窓しても影響ないな”

“これが続くなら今日は睡眠導入に使おうかな”


 鍛冶は本来派手ではなく、地味である。

 それを見栄え良くするために編み出したのが村正の即興鍛冶だった。今回も最初こそ人が多かったが、段々と人が減ってきている。


「そろそろですね」


“?”

“なにが?”


 ロアが呟いた直後、村正が動きを止めた。それからゴーグルやマスクをして顔を念入りに覆っていく。素材をまとめておいた場所ではなく、他の場所から箱を持ってきて中身を空け、瞬時に薄くなってきたオリハルコンの上に置いた。


“なんか煙出てね?”

“毒々しい煙や”

“もしかしてあれが腐蝕のための素材か?”


「はい。あの素材は腐蝕の竜牙。私が先ほど挙げたアシッドドラゴンの牙ですね」


“あぁ、言ってたヤツか”

“高級素材のオンパレード”

“溶けるから採取の難しい素材だな”

“市場価値1億”


 ロアとコメントが話している前で、オリハルコンの上に乗った巨大な牙がハンマーによって砕かれる。砕かれても一切塵が散っていない。


「オリハルコンは判明していませんが、オリハルコン以外の魔力を持つ鉱石には、魔力によって他の素材を結合するという性質を持っています。マスターはおそらく、オリハルコンで同じことを行おうとしているのだと思います」


 砕いた牙の上から何度もハンマーを叩きつける。魔力の波動が散ってまた同じ動きが続いた。


“そういや、もうそろそろ12時間配信になるんだが”

“ロアちゃん、そろそろ休憩させた方がいいんじゃない?”

“確かに、疲労も魔力消費もあるだろうしな”


「いえ、ご心配には及びません。というより無駄です。集中した主様に声をかけても触れても、中断することはないでしょう」


“いや、それだと疲労でタヒぬやん”

“魔力欠乏症とかの症状出て倒れたからじゃ遅いでしょ”

“奏&凪咲のコンビチャンネル:凪咲>大丈夫、マサ君の魔力量はあたしより多いから”

“凪咲ちゃんおるやん”

災害大行進モンスターパレード相手に大魔法連発して三日三晩戦ってた凪咲ちゃんより……?”


 災害大行進。ダンジョン内でモンスターがなぜか大量発生して、一丸となって出口を目指し始める事象のことである。

 ダンジョンを攻略すること自体がこのダンジョンにモンスターが出てしまうことを防ぐため、協会は一定周期で各ダンジョンが攻略されるよう上位の探索者に依頼して発生を抑制しているのだ。


“ホントに鍛冶師なんかあいつwww”

“奏&凪咲のコンビチャンネル:奏>マサは鍛冶始めたら中断しないから”

“牙呂の戦場:造り終わるまで他のこと全部どっかやっちまうからな”

“桃音聖域:本当に鍛冶バカですよねぇ”

“牙呂の戦場:間違いねぇw”

“鍛冶バカw”

“言い得て妙www”

“ってか全員おるやんw”


 コメント欄に他の4人が現れて、本人が見ていないことをいいことに好き勝手言っている。


“でも、そうだな”

“なんかわかる”

“こんだけ集中してるし”

“汗だくで疲れもあるんだろうけど”

“神経使う最高にムズいことやってんのに”


 コメントに理解が広まっていく。カメラの中央で一心不乱にハンマーを振り下ろす村正を見ていれば、鍛冶バカという表現が似合うことがよくわかった。


“笑ってら”

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