13.突撃

 足を組んで、肘を突いてタバコを吸う。



 なんか、やってんなぁ。













「佚世さん、急患が六人、一人は心肺停止で呼吸止まってます」

「他は?」

「重症です。連れてきた数人は一般人、二人は撃たれてましたが出血止まってます」

「了解」



 雪は下に降りると心肺蘇生を初め、その間に佚世は二人、手術で穴を閉じた。



「何があったの? 全員関係者?」

「銃撃戦が外まで出たんだ。ピステルとトワイライトの下っ端で、ピステルの奴らが一般人守って」

「負傷者全員ピステル?」

「あぁ……!」

「君は?」

「お、俺も。連れてきたのはピステルと、守られた一般人も何人か手伝ってくれて」

「終わり。……トワイライトの奴らは?」

「んな奴ら置いてきたッ!」

「そう。この子ベンチに移動させて」



 裏の世界にも掟はある。それは絶対であり、それを犯したものは表よりもルールを、縦を、見聞を守る裏の世界から弾き出される。



 そのうちの一つにあるのが、無関係の一般人を理解しえて巻き込んではならない。


 自らの命が懸かっているならいざ知らず、ピステルが一般人を守っているのにトワイライトは銃撃をやめないのは明らかなる掟違反。




 まぁ、中立がどうこういうことでもないと思うが。



 ベンチに仲間を移動させたさっきの男は佚世に色々と状況を教えてくれた。



 元々はただの喧嘩からの銃撃戦、ただし、ピステルは武装なしで。

 トワイライトのほぼ一方的な虐殺だったのを、異常な人数差で表に追い出され一般人も巻き込まれかけたのをすぐにピステルが守ったらしい。



「なんでそれがトワイライトってわかったの?」

「スーツに紋章が入ってた」

「あぁ……ピステルはなんで銃持ってなかったの」

「持ってたさ。……でも、りつさんから……社長から、トイトにはなるべく銃は向けるなって言われて、逃げる手立てがあるうちは使ってなかったけど。表通りに出かけた時にたぶん……六……七人ぐらい? は撃った。さすがに殺してはねぇけど、足とか」

「そう、まぁ正しい判断だと思うよ。そのまま野垂れ死んだらそれこそ争いの火種になるからね」



 少し安心したような顔をする男に微かに首を傾げると、とりあえず三人目の腹も閉じた。

 次の手術の準備をしていると、雪の声が聞こえてくる。




「佚世さん心肺再開出血止まりません! 肺に穴空いてます!」

「はぁい! 君も休んでいいよ」




 佚世は手術準備を雪に任せると、一番重傷の奴を手当する。



「な、なぁ餓鬼、肺に穴空いてるって……」

「弾が貫通していたんです。あのままじゃ呼吸してもただ痛いだけなのですぐに治療が必要で」

「大丈夫なのか……!? あいつ、子供守って……!」

「佚世さんに任せていたら脳死してない限り大丈夫ですよ!」






 三十分ほどして、一番重傷だった人含め皆の容体が安定した。



 重傷患者の脈をずっと見ていた佚世は麻酔が切れて目を覚ましたことに安堵して、外に出る。



「おーい、起きたよ」

「ほんとに……!」

「感動の再会でもしてなさい」



 佚世はピステルの方々と入れ替わると、そのまま床に座り込んだ。


 雪が心配そうに駆け寄ってくる。



「大丈夫ですか? しばらく休憩した方が……」

「頭も体も使ったら疲れた〜! 雪君も休憩していいよ。心肺蘇生疲れたでしょ」

「あ、いえ! 俺は慣れてますし! あと料金表、一応一人ずつ書いたんですけど……」

「おぉー! 優秀! グッジョブ!」



 少し照れる雪を可愛いなぁと思いながら、それに目を通した。ちゃんと適正料金、わかってるぅ。



 トワイライト以外からぼったくったら関係に亀裂が入りかねないからな。




「ね〜ピステル諸君! 軽傷者は帰るでしょ、これ社長さんに渡して」

「う、うす!」

「にしてもトワイライトの縄張りなのによくここ知ってたね」

「結構有名っすよ、無情と腕で成り立ってる聖病院」

「不名誉だなぁ!? 無情て」

「決めゼリフでしょ、こちら慈善と良心で成り立ってる店じゃないので」

「誰だんな最悪な噂流したのは」

「でも佚世さんよく言ってますよ」

「乗っからないの」

「ほんとに」

「……じゃ次からは全部雪君に任せよっかな!?」

「ごめんなさい」



 佚世は雪の頭を撫でると、重い足を叱咤しながら立ち上がった。


 血濡れた白衣を脱ぐと雪が新しい白衣を渡してくれた。



「あ、佚世さん服も血が……」

「あー……んじゃ着替えてくる。患者来たらよろしくね」

「はい」






 全部着替えながら、少し考える。


 トワイライトの行動が過激化しすぎだ。ボスがまとめられていないのか、別の原因があるのか、故意的か。故意的の場合は中立を維持するため政府と色々協力してトワイライトを抑えないと。なんて面倒臭い。



 政府が動く前に、やっちゃおっかなぁ。






 少し上機嫌になった佚世が肩をさすりながら引き出しを漁っていると、部屋にノックが鳴った。



「いいい佚世さん……!」

「どした?」

「ぴ、ピステルの、まえ、佚世さんに抱き着いてた人が……」

「……来たの?」



 混乱した様子のままこくこくと頷く雪を見下ろすと、ため息をついた。



 白衣を羽織って、雪を連れて下に戻る。




「いきなり来ないでくれる、りつ?」

「ごめんねー? 部下から連絡があったからさ。迎えに来ただけだよ」

「じゃ、請求書どーぞ」



 そう言って、紙を八枚渡した。重傷六名軽傷二名。



「……ねぇ、トワイライトと喧嘩したんだよね」

「は、はい……喧嘩……というか、ただ撃たれたっていう……」

「外にライムいるから連れて帰って」

「一人は一週間様子見」

「了解。これトワイライトに吹っかけてみるよ」

「この前のあれで幹部が激おこだから追い返されないように」

「……はぁい」



 律はのんびり返事をしてから、佚世の後ろに隠れている雪を見下ろした。



「君が噂の雑用係君? まだ子供か、学校行ってるの? 参界者って噂だけど政府公認は? 何歳? 佚世君好き?」

「え、や……ちょっ……」

「律」

「なんか特殊能力とかあるの? 彼女いる? よく佚世君に拾ってもらえたね、どうやって出会ったの? ヴィールヒって人知ってる? てか佚世君に聞いたことある? 過去の話。そこまではまだ?」

「いや……」

「ライムッ! このクソガキ連れて帰れッ!」

「……すみません」



 佚世の怒号で扉が開いて、女の秘書が入ってきた。




 律は危険信号が働いたようだが、もう遅い。

 超糸目の秘書がそっと拳銃を取り出すと、雪はビクッと震えて佚世の後ろに逃げた。律は頭を抱え、秘書はそれを見下ろすと狙いを定めそれを振り上げた。そのまま、勢いよく振り下ろす。




 ガンッと音が鳴り、続けてゴンッと二回目も鳴った。



 一回目で頭を抱えた手を剥がし、二回目は頭蓋骨に直で振り落とされた。




 雪の目を塞いだ佚世はその手で雪の頭を撫でて、泡を吹いて顔面真っ青で倒れた律を見下ろした。



「邪魔、持って帰って?」

「……打ちどころが悪かったんでしょうか」

「そーゆーのは病院で検査してもらってね。ここじゃ機械ないから」

「はい。失礼しました」



 ライムが律の首根っこを掴んだ時、律が目を覚ました。



 ぼんやりとしてから、ライムを見上げる。



「甲折れたんだけど」

「ピステルには専属の医者がいますから。ここは高いので我慢してください」

「社長……扱い……雑い……佚世くゥんッ!」

「雪君銃怖いの?」

「う、撃たれるかと……」

「まー君撃たれたもんね。傷跡も残っちゃったし」

「う、撃たれるのはいいんですけど」

「よくないよ? よくはないよ?」

「また佚世さんに怒られるかと」

「あー、うん、怒るね。助手を手術台に乗せるのはほんっとに肝が冷える」

「脳之輔さんが力説してくれました。佚世さんが乗った時の視界が白くなった感覚」

「しこたま怒られたからねッ! しこたま怒るからね!?」

「佚世さんもですよ。あの劇薬使うなら脳之輔さんにチクります」

「死んでないからセーフ」

「ちょっと盛って報告します」

「ねぇやめて?」



 喋りながら階段を上がっていく二人を見送ると、ライムは発狂する律を問答無用で連れ帰った。

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