12.急患

「雪君って前の世界で学校って行ってた?」

「はい。十五歳までは学校に通える法律があって」





 病院が終わった夜中、自室で何かを読んでいる佚世いっせと、薬を吸う雪は仕切りのカーテンを開けて話す。


 さっき発作が出てぶっ倒れかけたところ。





「相当安定した世界かな」

「……いや、俺の住んでた国がそうだっただけだと思います。子供も働く、みたいな国は結構ありました」

「まぁいいや。ここにも学校があってね、七歳から十八歳まで」

「……ずっと同じ学校なんですか?」

「普通じゃない?」

「俺の知識じゃ……」

「君の知識は通用しないんだよ」

「聞いてくださいよッ!」

「参界者は政府に囲われるのが安全だからさ」



 中央学院全統学校は政府の管理下にある。だから参界者も通えるし、教師は全員神迎学校上がりの体術のエリート。安全に参界者を通わせるなら中央学院一択だ。


 ただし、校内での生活や緊急時の対応が政府に逐一報告されるため危険と判断されたら政府の管理対象になるし、もしいじめられっ子にでもなったらいじめっ子たちが死んでいくよっていう。




「そんな殺伐とした学校なんですか……?」

「うーん……らしいねぇ。私が知ってるのは、クラスで総無視して手出した十五人が死んだっていう逸話、まぁ事実なんだけど」

「えぇー……」

「……行きたい?」

「いや、いいです。遠慮します。俺、教師とか警察……神迎よりも、佚世さんに守られてたいです」

「えーなにそれ可愛い」

「信用できる人を信用します」



 腕でバツを作って健気なことを言う雪に佚世が顔面を押えて呻いていると、下から佚世を呼ぶ声が聞こえてきた。


 患者はせんせーだし、佚世を呼び捨てで呼ぶのはある程度限られた人だ。






 一人で下に降りると、やっぱり。知ってる顔が立っていた。




「何?」

「佚世、陽泰ようたいが倒れた。来て」

「連れてきてよ……」

「動く度に出血する」

「どこ?」

「右腹、この辺り。貫通してる」

「はぁ……」



 佚世は数秒悩んだあと、上に声をかけた。



「雪くーん、動けるー?」

「あ、はい!」



 雪はすぐに降りてきて、佚世は術用具の準備を頼んだ。



「……お代弾んでね」

「ボスに言って」





 呼びに来た雨地科うじかとともに三人で本部に行くと、正面玄関の外から血の道ができていた。



 フロントで陽泰が失神し、恋弥れんやとスモッグ、あとなんか知らんけど野靄のもやも。珍しッ。

 あと、ボス様もいた。




「全員退いて」

「うッ……じかッ……呼びに行くってコイツかよ……!?」

「だって他にここと関わる医者なんていないよ……!?」

「あ起きた」



 目を覚ました陽泰ようたいは佚世を見上げると、数秒間フリーズしてから勢いよく飛び起きた。


 いきなり吐血し、口を押えながらスモッグに縋り付き逃げようとする。



「なんでなんでなんで……!?」

「じっとして。死ぬよ」

「雪君麻酔持ってきた?」

「あ、はい、一応……」

「口枷で麻酔なしでもいいんだけどね。暴れられると面倒」



 前半を言うのは、脅しなんだろうな。



 珍しく外套マントを着ず、そのまま白衣の佚世はアタッシュケースを開けるとガードル台を立て始めた。



 その間に雪が陽泰を剥がして、佚世の前に連れていく。子供のくせして、細い腕して、こいつ力強すぎんだろと、両方が思っている顔してる。




「腕出して」

「なんでもないんですやめてッ……!」

「撃つよ」

「佚世さん!」

「安静にさせるのは必要だよ?」

「一箇所分しか持ってきてません」

「……さぁ助かるといいねぇ」



 佚世は腕を取ると発狂する陽泰に問答無用で麻酔を入れた。



 寝たのか失神か、意識を失った十歳そこらの陽泰を抱き上げると麻酔を調整する。




「一箇所分しかないんだよねぇ」

「……はい」



 服を裂き、出血する二箇所の穴を確認する。


 とりあえず、圧迫止血で。



「前情報と違うんですけど」

「俺らも知らないですッ……!」

「こーゆー患者が一番困る」

「取りに戻りますか?」

「いいや、さっさと帰りたい」




 佚世は雪に手伝ってもらいながら、先に出血の酷い右腹を割いた。

 肝臓に傷があったらどんだけタフでも五分と持たないので肝臓は大丈夫だと思ったが、ギリ結腸をかすった程度だな。避けきれなかっただけか。



 本来二本針を使う所を力技で一本で済ませて、予備を残しておく。



「……終わった」

「はい」



 雪が消毒して、その間に腹の方も割いた。

 あぁやっぱり、吐血しただけある。見事に食道に穴。貫通していなかった弾を取り出すと、少し眉を寄せた。さぁどうしたもんか。



「ね〜雪君」

「もうありませんよ?」




 糸と針は多くはセットで売られる。針に直接糸が生えていて、糸がなくなったらその繋ぎ目を切って次の針。


 そういう感じの消耗品なのだが、まぁ、なくなったよね。そもそも一箇所で半分しか使わなかったら足りるよねじゃねぇ。一箇所で半分でももう一箇所じゃ二倍使う。




「……どうしようか」

「下腹部の方ホッチキスで留めればよかったですね。そこ無理でしょう」

「頑張れば!」

「やめてください死にます」

「取りに戻るかー」



 この腹ど真ん中じゃあ、スキンステープラーホッチキスは使えない。内臓まで到達する可能性がある。しかもこれクッソ痩せてるし。こんなんじゃ皮下脂肪なんかあったもんじゃない。



 雪と相談していると、スモッグが向かいにしゃがんだ。



「この糸?」

「そう」

「……ある」

「なんで」

「フルグが拷問に縫合練習だって使ってた。余ってる」

「あぁー……三十秒で取ってきて」

「無理」



 スモッグは走って行き、佚世はその間に麻酔を確認した。



 量を減らして、脈の確認も。問題ないな。




「消毒終わりました」

剪刀ハサミ変えて。直型ペアンも」

「はい」




 飽きてきた恋弥がしゃがんであくびをして、半分寝落ちかけているとスモッグが戻ってきた。


 雑多に箱に入ったそれを傍に置くと、雪が色々確認して使えるものを渡していく。



「……使いにく……」

「フルグさんって誰ですか?」

「元同僚。雪君縫合できない?」

「無理ですね」

「練習あるのみ! やろ?」

「せめて佚世さんか自分でやらせてください」

「やだな君の体と同等に落とされるの」

「今だいぶん落ちてます」



 佚世はしょんぼりしながら縫合して腹を縫い合わせると、消毒を頼んだ。



「佚世さん何キロですか?」

「30ぐらい。軽い方でいいよ、たぶん勝手に糸外すから」

「えっあっ、はい」



 佚世は請求書を書き、雪は薬を塗ったガーゼを幹部に貼った。他の傷は無視で。



「できました」

「じゃあボス、お願いします」

「……高くない?」

「医療費でぼったくりはしません」

「わかったよ……」



 雪はテキパキと片付けるとガードル台も畳んで中にしまった。



「じゃ、期限一週間以内で。放置すれば不幸が降りかかると思っといてください」

「怖いなぁ……!?」

「ボス、ぼったくられてます」

「えッ!?」




 見た時には既に佚世と雪はおらず、天獄てんごくは膝から崩れ落ちた。

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