9.世界の縮図

 ぼんやりと目を覚まして、下から聞こえる騒がしい声が耳についた。



 誰の声だろうと少し考えてから、ハッとして起き上がる。





「あ、起きた……!」

佚世いっせさん……」

「傷口どう? 痛みは?」

「大丈夫です、特に支障は……」

「動かさないの……!」



 肩を回そうとする雪を慌てて止めると、雪のベッドに座った。


 下は人が多くて休めないと思って、傷口が安定してから上に移動させたのだ。



「四日間ぐらい起きなくって、明日起きなかったら目覚めのキスの姫でも探そうかと思って」

「やめてください」

「なんなら王子様でも」

「やめてくださいやめてください」

「あは、男は嫌い?」

「……その手には乗りませんよッ!」

「男もいけるんだね」



 枕で割としっかりめに殴られる佚世は頭を抱え、ごめんなさいと謝った。



「男も女もキョーミないです」

「まぁなんでもいいけど……」

「あの、今明るいみたいですけど、下はいいんですか?」

「あぁうん、今ね、世界の縮図が起こってるから」




 佚世は雪の頭に手を置くと、支えながら立たせて一階に降りた。






 三部抗争とでも言うか、前に佚世に押し倒された人、知らない人、知らない人たち。



「押し倒された人は政府ね。知らない人は悪の組織トワイライトの幹部、知らない人たちは民間人。政府と悪の組織は対立、民間人は怯える人と保守のために立ち向かうタイプにわかれる。そんで私たちが中立、政府にも悪にも民間人にも付かない異例の存在」

「異例……」

「まぁ雪君がつきたいなら私は応援するよ?」

「それ最近ハマってますね」


 雪がちょっと甘えを見せたあの夜から。



「人がいないところでやったらまた見れるかなーとか思ったりして」

「今警戒心マックスです」

「ちぇ」

「……ていうか、トワイライトて」

「名付け親は誰だろうねぇ」



 なんて話していたら、突然頭と背中に衝撃が走った。



 頭を抱え、うずくまる。



「佚世さん……!?」

「てめぇ患者放り出して私欲満たしてんじゃねぇ」

「佚世さん、トワイライト所属員は取らないと言う約束だったと思いますが」

「はぁ!? んだよそれ中立じゃねぇのかよッ!?」

「中立にするための約束です」

「そっちで結んでる以上俺らよりそっちの方が繋がりが強いじゃねぇか!」

「うるさい……」



 朱色の髪の、大人ではなさそうな青年と、ベージュ髪と紫の目をした男性。思っていたが、ほんとに不思議な色素。青年に関しては髪の色と青緑のオッドアイだ。




 雪が唖然として見上げていると、耳を塞いでいた小雨ささめと目が合った。



「あ、貴方、やっぱり……」

「春雨はなんか用?」

「……小雨です。その子の身元確認をしに来ました」

「残念、帰って。お前は何」

「ボスからの手紙」

「いらない帰れ。ここは中立地帯だ。どっちの依頼も命令も拒否する」

「どっちの依頼も平等にこなしてこそだろ」

「持つ情報が多くなると、狙われる可能性が跳ね上がるんでね」




 佚世は顔にかかる髪を払うと、二人の耳と腕を掴んで入口まで引っ張った。


「痛い痛い肩折れてるんですッ」

「耳ちぎれるッ……!」



 外に捨てて、二人を見下ろす。




「あんまり干渉すると喰い荒らすぞ?」



 扉が閉まり、恋弥れんやは小さく舌打ちをした。


 小雨は部下の手を借りて立ち上がると、恋弥を見下ろした。



「今派手に動くと確実に喰われますよ」

「だな……クッソ腹立つ能面人狼……!」



 恋弥は爪を噛みながら去って行った。










 絶対安静命令が出た雪は迷惑かけるのも嫌なので、おとなしく階段に座って緊急時も冷静に対処する佚世を眺める。


 ほんとに手際がいい、ベテランか天才か、そんなような類の人なんだろうなぁ。








 そんな感じで眺めているうちに寝落ちていたようで、頬を押される感覚で目が覚めた。




 見ると、茶トラ猫の正面顔。


 ビクッと心臓が跳ねて身を後ろに引いた。




「猫ッ……!?」

「あはは、猫は嫌い?」

「あ、や、え……な、なんで猫が……?」

「なんかねぇ、寝てる君に懐いてたよ?」



 佚世が下ろすと、猫は雪の足とお腹の間にすっぽりハマった。



 手足をびろーんと伸ばして、野生はどこへやら完全脱力モードで。




 あまりの可愛さに絶句し、助けを求めて佚世を見上げた。


 佚世は猫をつまむと横に置く。



「眠いなら部屋戻っててよかったのに」

「いや……いつの間にか寝てたみたいで」

「疲れてるんだね」

「そ、そういえば、ブレスレットって結局……」

「質屋で交換して返したよ。お客の良心&アンド窃盗犯確保の貢献として想定の倍以上入りました」




 あの埋めてあったブレスレットは偽物だった。

 たぶん本物を質屋に入れたあと、足がついても本物はここにあると言い張れるようにあたかも本物を捨てたように見せる場所に贋物がんぶつを隠したのだろう。


 メイドは即刻クビ&アンド連行、今頃政府管轄下で裁判待ちだろう。




「てことで今回の件は一件落着! 雪君のお給料も弾むよ」

「……給料」

「うん、給料」

「なんでお給料……?」

「こんだけ手伝ってもらってるんだからそりゃあねぇ」

「え、や、手伝ってるのはここに置いてもらってるお礼で……! さらにお給料なんて、そんなおこがましい……!」

「なかなかいないよね、頻繁におこがましいが出てくる子」



 混乱して焦る雪の頭を撫でると、隣に腰を下ろした。


 佚世を見上げる猫の前に手を出すと、前足を置いたのでそこから撫でる。



「私はね、君を置くのに反対だったんだよ」

「え……!? す、すみません……!」

「いや今は置いてよかったって思ってるけど。……異世界人、参界者さんかいしゃはただでさえ四方から狙われて危険な存在だから。ここなんかよりも政府や専門機関で専属護衛に守られてる方が君のためと思ってた」

「そ、そんなに珍しい存在なんですか……? でも設備があるなら、伝説とかそういうわけじゃないですよね……」

「うん、割と一定期間に八人とか、十人弱ぐらいいるよ」

「俺以外は皆その、政府? の、保護下に……?」

「少なくとも、ほらさっきの朱髪のチビ、あれも参界者ではあるけど政府と対立してる」


 なんてタイムリーな。



 雪が目を丸くすると、佚世は少し目を細めた。



「危ないんだよ、参界者は。トワイライトみたいに超武闘派で殺して守る組織か、政府みたいな鉄壁がある場所じゃないと。でもここは……」

「俺は、イメージの話ですけど。……どんな建物より武器より、佚世さんに守られてた方が安心します。佚世さんって私超人ですって体を表してるから」



 なんて純粋な顔で笑う雪を見て、盛大に溜め息をついた。


 顔面を押さえて、階段に横になると壁に頭を付ける。



「なっ、なんですか……!? 変なこと言いました……!?」

「……純粋すぎて目溶けそう。脳焼き切れる。あー視界がバチバチバチ……」

「それヤバいやつでは……!?」



 焦る雪を小さく笑って、上に座った猫の頭を撫でた。


「君のご主人様は可愛いね」

「……またからかいましたね」

「いやぁほんっと可愛いなぁ! おいで〜」

「嫌です」

「ほらほら〜」

「来ないでください……!」

「ほーらほらほら」

「嫌ッ!」



 佚世が雪を追いかけ回し、ソファスペースの患者に笑われていると、教会の扉にノックが鳴った。



「こっちの方が早いっすよ」



 扉が蹴り開けられ、さっきの朱髪ともう一人、黒髪に紫の目の男。三十か、三十もいってないかも。



「また……」



 患者数人が逃げようとするのを、佚世は手で制した。



「死ぬことはないよ」

「……この人?」

「そう。この間抜け面」

「こらこら」

「トワイライトのボスがなんの用でしょう? 中立地帯にわざわざ赴く理由はないと思いますが」

「頼み事がありまして。ここ、なんでも屋でしょう?」

「依頼を選り好みするのがここですよ」

「まぁそう言わずに。読むだけでも」



 手紙を差し出してきたボスを訝しみながら、手紙を受け取った。


 恋弥が雪に近付こうとするので、雪の肩を抱いて後ろに下がらせる。




「……残念ながらこれ以上政府に楯突くと取り締まるぞと脅されたばかりでして」

「おや……それはお気の毒に……。トワイライトの裏事情を把握すれば政府も容易に手出はできない、ましてやトワイライトと友好関係になれば見て見ぬふりをするしかない状態になるのに……」

「ボスッ!」

「うるさいよ」



 顔面を裏手打ちされた恋弥は顔を押えながら、佚世を睨んだ。この何考えてるかわかんねぇ澄まし顔が余計腹立つ。



「……これ、報酬は?」

「政府の管轄から外れる……じゃあ、駄目か……そりゃそうだねぇ……。うーん……ここまでなら絞り出せるかなぁ……」



 ボスは少し顔を逸らしながら、指を三本立てた。



「……六なら手を打ちましょう」

「おいぼったくりクズ。せめて五!」

「どうぞ帰ってもらって」

「六かぁ……!? 六……」

「ボスぼったくられてます」



 雪が佚世の袖を引くと、佚世は雪の頭に手を置いた。



「先生呼んできて」

「あ、はい」






 すぐに、洋梨丸かじりの脳之輔が降りてきた。



 食べかけのフルーツを、そっと佚世に見せる。


「……いる?」

「結構」

「ちなみに天獄てんごく、六と提示されたんなら今踏み切らないと次十二になるよ」

「もしかしてその次」

「二十四だね」

「なんで……!」

「ボスぼったくられてますから」



 トワイライトのボスと知り合いらしい脳之輔はフルーツを食べ終わると、台所に捨てに行った。



「……わかった、六で手を打とう」

「ボス、すんげぇ思惑に飲み込まれてます」

「え?」

「じゃ金はいらないのでこっちの手伝いもしてくださいね。はい締結、じゃ、帰ってもらって」



 天獄が唖然とする間に恋弥は顔面を押えて盛大な溜め息をついた。なんか、さっきどっかで見たような仕草。




「ボスゥッ……!」

「……もしや結構ヤバい方?」

「だァから全員でボスは行くなって言ったでしょッ!? コイツ知ってる俺が何回も行ったら二で取引できたのにッ! しかも金どころか人員使わせろってッ! 金の代わりなら死んでも文句は言えないってことですからねッ!?」

「……わぁ」

「びょーいんで騒がないの〜おチビちゃん」

「黙れ腐れ外道ッ! おめぇは選定ついでにぼったくんなクソ色眼鏡野郎ッ! 死ねてか殺すぞ!」

「はーいおかえりくださーい」



 佚世が必死に帰そうとしていると、恋弥は佚世の腹を蹴ったあと雪を指さした。



「てめぇ騙されてっかんなッ!? コイツはどんだけ甘い言葉吐き捨てても何十年すごした組織でも簡単に捨てる裏切る冷酷鬼畜野郎だ! 尋常じゃねぇほど人の心が欠けてる! てかもうねぇ! 存在しねぇ! お前もいつか絶対騙されるッ! 復讐の手立て今から考えとけよ!?」

「意味わからんこと言ってねぇで早く帰れ?」



 恋弥は佚世を睨むと、一瞬その視線に背筋が凍った。



 あぁ、この目だ。あの時、最後に向けられたこの目が大嫌い。




「……クソ女たらしッ! 色狂いキチガイ飲んだくれ地獄に落ちろ死ねッ! クッソ!」



 恋弥は一通り佚世を蹴ると、しょんぼりするボスを引きずりながら去って行った。



 佚世は扉を蹴り閉めると舌打ちする。


 あーあ、これだから出来損ないは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る