8.ブレスレット

 夜中、佚世いっせと二人で河川敷に着いた。





 佚世はフードを脱ぐと河川敷を歩き回る。



「私の予想だとこの辺りにあるはずなんだけど……」

「推理ですか?」

「そんな大層なものじゃないよ。深層心理からの予想」


 それを推理っていうんじゃないんかい。




 雪は暗い中下を見下ろす佚世を見ると、佚世の隣まで行った。




「ここ、埋まってます」

「……ほぉ?」

「え、あ、た、たぶん!?」

「君隠すの下手くそだねぇ。犯人わかったの?」

「いや……まぁ……」

「嘘は付けないタチ? この世界じゃ不利だよ」




 佚世が石を退かし始めたので、雪が代わった。





「佚世さん、俺の正体わかってるでしょ」

「うん。会った日にね」

「早い……!」

「闇医者=イコール臓器売買って思考はこの世界にはないよ。内臓なんてそこら中に散らばってる」

「あぅ……」

「偽名もそれでしょ。言ったら政府に引き渡すと思ったんだね」

「……政府とかは、よくわかってないんですけど……俺が抜け出したのが、異世界人の研究所で……」

「……体の傷はそこ?」



 佚世が雪を見ると、雪は首を横に振った。



「これは前の世界のです。まぁ、いくつかはあるんですけど……」

「相当殺伐とした世界みたいだね」

「まぁ……」

「今さら正体明かした理由は何かな」

「……研究所に、俺の生態データがあって。ここの科学技術がどこまで進んでるのかわからないんですけど……」

「生態データか……」


 まぁ遺伝子から親や親戚はある程度わかるだろうな。あとは本人の歳、性別、持病、ここの世界の人間と異なる能力も。




「データがどうかしたの?」

「……もし研究所の奴らが俺の血とかを摂って俺の能力を得ようとしてるなら、絶対に止めないと」

「君の、能力?」

「俺の能力は犯罪にも正義にも、使う人を問わない能力です。摂取さえできれば使えてしまいます」

「そんなに便利な能力。……聞いたら君からの信用がガタ落ちしそうだから聞かないけれど。もう一ヶ月経ってるよ」

「たぶん摂る方法を探すのは一ヶ月どころか、一年あっても足りません。でも情報が大きい機関に売られて政策が進む前に、止めたいです」

「では何故今?」

「もし試作品が完成したら摂った人は高確率で死にます」



 佚世が目を丸くすると、雪は見付けたブレスレットを手に取った。



「ありました」





 銃声が鳴り、佚世は倒れた雪の上に覆いかぶさった。


 肩に血が滲み、ドッと冷や汗が出る。



「雪君ッ……!」

「だ、大丈夫です」

「大丈夫じゃないよッ!? じっとして!」

「平気です。それより」



 雪に起こされた佚世は雪を庇いながら撃った犯人を睨んだ。





「まさか犯人からお出まししていただけるとは」

「本当に腕のいい探偵のようで。こうもあっさり見付けられるとは」



 ヒステリックメイドが拳銃を構え、本物の銃を初めて見た雪はビクビクする。


 佚世は雪を立たせると背に庇った。




「何故この河川敷にあると?」

「簡単」



 まず、依頼されたものはブレスレット。アクセサリーが鞄の中に入っていたということは誰かにそう言われたのだろう。

 こんな時にひったくりなんて、と言っていたので普段は持ち歩かないとして、まぁ言えるのは家を出る前から傍にいる人。



「他のメイドや執事の可能性は?」

「何人いるかなんて知りませんし。それに、私のとても高価な宝石というのを聞いて一度回収に来たんでしょう? 質屋を回ったけれどどこも不良品だといい値がつかなった。下手な足を残すより証拠隠滅を優先したんでしょうね」

「そこまで……!」

「さすがに埋められたのは気付きませんでしたが。いい相棒がいてよかった!」

「初めから私が犯人とわかってたのか。だからかまをかけて……!」

「つくづく運がなかったんですね。我々、偶然にもひったくりの現場を目撃したもので」



 メイドは目を丸くすると、顔を引きつらせながらゆっくりとハンマーを引いた。だんだん口角が上がって、二人ににじみ寄る。



「それを捨てろ。両手を頭の後ろに」

「……雪君捨てていいよ。彼の肩撃ったの君だから頭の後ろは勘弁してあげてね」

「膝を突け」



 二人で膝を突くと、メイドは楽しそうに、嬉しそうに笑った。




 それを見た佚世もにこやかに笑い返す。


 そのまま袖から催涙弾を出すと、地面に向けて撃った。



 煙幕とともに周囲が煙に包まれる。




 久しぶりにやったなこれ。雪の咳が悪化するだろうか。



 気絶している雪を抱き上げるとブレスレットも持って、一旦教会に戻った。

 傷の手当をしないと。






 屋根上から大広間に降りて、雪にフードを被せた。

 自分もフードを被って、早足で教会に向かう。


 血止まったものの弾が貫通していない。一般人が入手する拳銃など威力はペーペーいつ暴発してもおかしくないような玩具ばかりだ。貫通しなかったし、威力がなかったので傷口が汚い。これはヤバい。



 本当はリスクが上がるので表から行きたかったのだが、そんなこと言ってる場合じゃねぇな。咳も悪化してるし。










 教会に帰ると、急患が二組いた。



「せ、先生……!」

「何!? 症状と時間と年齢体重!」

「み、右胸撃たれて! さっき、五分も経ってない! 脈が弱くなってきて……!」

「体重測って隣の部屋置いといて。もう一人は?」

「ね、熱。あとでも平気、だと思う。薬貰おうと思って来ただけ」

「じゃ座っとけッ!」



 佚世は雪の止血をする。するのに、なんで、なんで血が止まらない。




「先生ッ!? 先生いるんでしょ!? 手伝って!」



 佚世の、いつものよく通った声とは別の怒声にすぐに脳之輔のうのすけが駆け下りてきた。



「どうした」

「雪君の血が止まらない……! 弾が残って……!」

「撃たれて動かしたか」

「……一回、肩はほとんど動いてない、けど」

「返すぞ」



 雪をうつ伏せにすると、幹部側の腕を台の下に下ろした。



 脳之輔が押すと、すぐに血は止まる。



「……はいできた」

「よかった……!」

「すぐに消毒しなさい。太い血管が破れて弾で塞いでる状態だから、まず血管繋いで」

「隣に気胸の患者がいて」

「そっちは私がやろう。雪君は君がやってあげなさい」

「……はい」




 佚世は外套マントを脱ぐと、袖をまくった。

 麻酔をするのに体重が必要だが、まぁ抱き上げた感覚でわかったので目安で。



 消毒液で濡らしたガーゼを傷口に被せると、その間に弾を取り出す準備をする。



 血管を挟んで止めて、弾を取ってから縫合。骨は避けるよう動かしたので、人の作りが同じ限り大丈夫なはず。





 大丈夫。


 一度、静かに深呼吸をするとそのままメスを入れた。















 カシャンカシャンと金属の音が複数回聞こえて、手術が終わったのを確認する。



 中に入ると、佚世は血まみれの床に座り込んでいた。




「イツ、大丈夫かい」

「……なんとか」

「よくやったね」

「怖かった……!」

「教え子を執刀するほど怖いことはないと言っただろう?」

「すみませんすみません二度と迷惑かけません」



 ほんとに反省したらしい佚世を立たせると、局所麻酔だった雪がぼんやりと目を開けた。まだ意識はハッキリしないだろう。



「よしよし……」



 脳之輔は大人の顔で雪の傍に立つ佚世を見ると、少し安心した。



 いつまでも馬鹿騒ぎする精神年齢十四歳と思っていたが、自分が思っている以上に成長してくれていたようだ。




「イツ、患者二人は対応しといたから。今日はそのまま休みな」

「ありがとうございます」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

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