6.龍
拾われて一ヶ月が経った頃、患者が溢れかえって
既に患者より満身創痍の佚世は扉を開け、目を丸くする。
「あー、えーと……」
「あ、え……血……!?」
「あー、一応病院も兼ねてますので…………あの、夜七時……八時……? 頃にまた……」
「佚世さんヤバいです! 痙攣とチアノーゼ!」
「はぁいッ! じゃ、すみません」
四時間ほどしてからようやく患者の波は収まり、二人で床やソファに倒れた。
「はーッ、はー……!」
「つかれゲホッゴホッ……ケホッ……! ゲホッ!」
「薬吸おうね」
「すみませんゲホッ」
雪を二階に上がらせると、また教会にノックが鳴った。まだ六時前だが。ノックする人なんて数人もいない。
戸を開けると、さっきの気弱お嬢様かと思ったが、全然違う人だった。
「あの、佚世さん、ですか……? お手紙、二通……」
「あぁ、ありがとう。ごめんねこんな路地裏」
「い、いえ……では……!」
「ありがとねー」
手紙が二通、一通は置いとくとして、一通は政府の紋が押されている。こりゃ面倒な。
置いとく一通を机に置くと、
やっぱり。
───拝啓、佚世様
雷雨のひしめく中、いかがお過ごしでしょうか。
依頼があります。違法の研究所を一つ潰したのですが、中にいた一人、まだ十五にもならない男の子が政府が入る前に逃げ出したそうです。
その
追伸 いつまでも政府から逃げられるとは思うなよ───
なんて雑で適当な文と、表面だけは完璧な依頼の手紙。誰が書いたかなんて筆跡で一発だ。てか筆跡で一発でさせるためにわざわざ代筆させなかったのだろう。
それをくしゃくしゃっと丸めるとポケットに突っ込み、問診票を一枚取った。名前の欄に一言『断る』とだけ。
ペキペキと折って、何か糊になるものはないかと探した。ないや。
手紙を置くと、台所に移動して小麦粉を引っ張り出した。ちょろっとすくって、水を一滴垂らして、ネトっとしたのを貼って、糊の代用。
「せんせー新しい患者来たよー」
「はーい症状はー!?」
「耳取れたってー」
「空いてる場所に置いといてー!」
手紙を台所の台に置くと手紙をポイッと竈門の中に入れた。血で読めねぇけどまぁ薪代わりにでも。燃えないかな、まいいや。
雪が降りてきて、すぐに手術の準備をしてくれた。
「できましたゲホッ……ゲホッ……」
「ありがと、上いていいよ。薬まだある?」
咳をしながら何度も頷く雪を二階に行かせると、また接着を始めた。
八時を少しすぎた頃、急患以外は応急処置で帰す時間の頃。
ノックが鳴り、雪は戸を開けた。
「あ、こ、こんばんは……」
「こんばんは……あの、八時過ぎにまた来てくれと言われて……」
「どうぞ」
「失礼します」
今日は気弱お嬢様お一人で。
奥の客間に通して少しすると、真っ赤な白衣から綺麗な白衣に着替えた佚世がやってきた。
「今日はあのメイドはいないんですか」
「はい……。今日は、暇を出しています」
「要件は探しモノですか」
「お、覚えててくださったんですね……。あのあと、街中の探偵事務所を回ったんです。でもだれも見付けれなくて、かかった時間にお金だけ払って……やっぱりここがいいと聞いて……。あの、失礼した分のお金は払います……! なので、もう一度、お願いします……!」
震えた声で頭を下げるお嬢様を見下ろすと、佚世はにこっと笑った。
「えぇ、ご依頼とあらば。ただしこれだけ時間が経った場合、我々が予想しない第三者に取られた可能性が出てくるので必ず見付ける、とはお約束できません。他社と同じように割いた時間分の代金は必要ですしここは良心で成り立っていないので他社より高くなる可能性があります。それでも?」
「はい。……知人も何人かここに依頼をしたそうですが、皆口を揃えてここが一番だと言うんです。私は、友人を信用します……!」
「それはそれは。では早速探してみます。……ご連絡先だけ頂いても?」
「は、はい」
佚世は電話番号を貰うと、それを確認した。
「はい、お返しします。個人情報を保護するにはあまりにもずさんな場所なので」
「え、い、いいんですか……!?」
「えぇ、覚えましたから。申し訳ありませんが昼間は今日のように緊急の患者が多くやってくるため動けるのは夜のみになりそうです。なるべく一週間以内に、とは思っていますが、あまりにも遅いと思ったら今日ほどの時間なら対応可能ですので」
「わ、わかりました……! ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。ご期待に添えるよう尽力致します。……雪君、明るい表通りまで一緒に。さすがに女性一人は危ない」
「わかりました。では行きましょうか」
お嬢様は佚世に深々と頭を下げると、雪と共に教会を出て行った。
久しぶりに人が多い夜なので、二階には上がらず客間のソファに寝転がった。
足を肘掛けに置くと一ヶ月ほど前に来た時のことを思い出す。
犯人はわかったんだけども、物の場所がなぁ。まぁとりあえず捜してみるか。
パチッと目を覚まし、飛び起きた。
あぁ、場所になんとなく検討が付いて思考が止まったから寝落ちたのか。今日重症の人が多かったもんなー。
なんて思いながら、自分にかかっていたブランケットに気が付いた。こーゆー事してくれるのは雪君なんだよなぁ。
ソファから降りると時間を確認する。だいぶん寝てたらしい。もう夜中の二時だ。
ブランケットをソファに置き、
出た、途端に撃たれる。
避けたので問題ないが、寝起きに銃撃戦は辛いなぁ。
「別に撃たなくても逃げないよ」
「本当に?」
「分かってるから足を狙わなかったんだろう?」
「使命からも逃げてほしくないんです」
角から出てきた男に腕を掴まれ、体をそちらに向けた。
「久しぶりだねぇ
「
「やめて怖い。……わざわざ昼間っから張り込んでくれてたとこ悪いけどね、あの依頼は受けれないよ。私の役目じゃあない」
てか来るなら手紙いらねぇじゃん。
「……最近連れているあの背の小さな子供? が関係ありますか」
「ないかな。その子はたまたま先生が拾ってきただけ」
「その先生は?」
「さぁ? どこかで変死体の解剖でもしてるんじゃない?」
「盲目になってまで厄介な……」
死体を荒らされては事件、事故の判別が難しくなるので、安全を守りたい政府側としてはほんとに嫌なんだろうな。
「……まぁそれは置いておきます。貴方が闇営業を続けられているのは政府に協力すると、政府もその実力を認めているからこその黙認です。政府の依頼をこなせないのであれば即刻取り締まりとなります」
「脅す気」
「はい」
「いいけど私を無理に使って偽の情報で混乱しても知らないよ? 私が強制好きじゃないの知ってるでしょ」
佚世が薄く笑い、
キィーっと錆びた金属音が鳴って、二人でそちらを見る。
少し眠たそうな雪が小さな隙間から覗き、瞬間小雨は佚世を掴んでいた手をその少年に向けた。
身長は170にも満たないほど、体型は小柄で体に無数の傷。黒い髪に青緑の瞳。
間違いない、施設のリストにあった子。
小雨の手に雪の顔が恐怖に染まった瞬間、佚世がその腕を掴んだ。
足を払って押し倒され、ハッと見上げた。
フードの脱げた佚世はにこやかな顔で雪を見上げる。
「どうした雪君」
「え、あ、は、話し声がしたので……なにかと、思って……」
「ごめんね起こしたね」
「あ、や……大丈夫です」
「戻っていいよ。これは私のだから」
「あ……佚世さんは、これから出かけるんですか?」
「うん。……一緒に行こうか」
雪は分かりやすく顔を明るくすると弾むように頷いた。
「
「はい」
雪が中に戻って行ったので、佚世は小雨を見下ろした。
「じゃあ春雨君、またね」
「小雨です。また来ます」
「うん〜」
佚世は出てきた雪の頭に手を置くと、夜闇に紛れ姿を消した。
部下二人が銃を下ろしながら駆け寄ってきて、周囲を見回す。
「小雨管理長……!」
「戻ってきませんよ。はぁ……」
「か、肩大丈夫ですか……!?」
「折れた。帰りましょう」
あの人力強いんだよなぁ。
でも、さっきは咄嗟の力じゃなかった。瞬間脳裏をよぎった、それと重なったあの時と同じ怒りの顔。
佚世が囲った、新しいモノ。
「……特殊部部隊長は?」
「探しています」
「引かせて。……龍に逆鱗ができた」
触れずとも怒る、寵愛を向ける逆鱗。
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