4.雑用係

 この世界に来て分かったことは、日本よりも圧倒的に犯罪が多いってこと。


 警察なんて見たことない。通報なんてあったもんじゃない。そもそもスマホがない。代わりに、Hgホログラムってのがあるらしいけど。腕時計みたいな腕輪や指輪から直接映像が出て、画面が空中に出る。

 スマホより圧倒的に技術的にも性能的にも上に立っていて、それでも圧倒的に高い。でもたぶん平均年収が高いんだろうな、子供でも十歳ぐらいになれば普通に持ってるっぽい。




 あまりに情報量が多すぎる世界に頭を抱えながら、路地裏に逃げ込んだ。





「よ〜ガキ。お前いいカラダしてんなぁ」


 突然声をかけられ、ビクッと震えながらそれを見上げた。明らかガタイの違う男が三人と、奥に女も二人見える。金と体と、よかったら売買目当て。



 勢いよく逃げ出して、表通りでぶつかる人なんて気にせず走り抜ける。



 それでも歩幅もエネルギーも違う人たちに勝てるはずもなく、500メートルも走る前に二人に押し潰された。



「うぅッ……!」

「人に見られる方が好きか〜? 逃げられると思うなよ、体がちげぇのに」

「はは、腰細っ。よく締まりそうだ」



 男の一人が退いた時、手を突いて勢いよく足を振り上げた。



 100キロ程度何十回と持ち上げた。大男一人なら問題ない。



 また走り出して、だんだん恐怖と焦りと、振り返る暇もないと言うスリル感に涙が浮かんだ。


 なんで、楽しくない面白さなんて微塵もない、怖いだけの人生を終えるためにのに。




 突然腕を掴まれ、角に体をぶつけながら曲がり角に引きずり込まれた。



 人がいて、外套マントで包まれて、叫ぼうとするのを口を塞がれた。



「シー」

「行け」


 足音が聞こえて、数分してから大男たちの叫び声が聞こえた。





 少し奥に連れて行かれ、頭に乗っていた手が降りる。



「驚かせてすみません、ずっと君を探していたんです」

「だ、誰……!?」

「怖がらないで。君のような人を保護する施設があって、そこの管理長をしています。この世界に慣れたら独り立ちという形で」

「ほ、保護……? お、俺みたいな人が、他にもいるんですか……?」

「一定数いるんです、異世界から迷い込んでしまう方」


































 試験管からフラスコにピペットで移すと、フラスコの中で静かに燃えた。



「……熱ッ!?」




 佚世いっせは持っていたフラスコを慌てて置き、傍で見ていた雪は真顔に極みがかかる。



「えーん火傷したぁー……」

「朝から同じこと十回ぐらいやってますけど、何してるんですか……?」

「発火水の依頼が来ててね、それを作ってるの。でもすーぐ発火しちゃうから依頼人に渡す前にこうなって困ってるの」

「二種類を渡せばよいのでは……?」

「依頼がまくだけで燃える水なんだよ。二種類もあったら怒られるでしょ?」



 雪は真顔のまま首を捻る。


 何に使うのかはさておき、それは普通にまく動作を一回でまとめたらいいんだろう。



「こう……ボトルが中心で区切られてて、一回まくだけで二種類まけるよー……じゃ、駄目なんですか?」

「天っ才! それだぁ!?」



 佚世の大きな声にびっくりして、目を丸くした。


 佚世はけらけらと笑い、それだそれだと言いながらまた調合を始める。






 カレンダーというものがこの世界にあるのか知らないが、適当に日付表を作って拾ってもらった日からその日にあった出来事等を日記のように書き込む癖をつけた。



 一週間前に来た探し物の依頼者、佚世は勝手にヒステリックメイドと気弱お嬢様と読んでいたが。二人はあれ以来音沙汰なく、代わりに毎日何十人も急患や変な依頼者が来る。



 拾われて、なんの来訪者もなかった日があったのが奇跡だったらしい。




「ボトルはどうやって作ろっかな、ガラス職人にでも頼むか」

「ガラス職人に、知り合いが?」

「うん。昔仕事のモチベを上げる方法を教えてって依頼が来たからね」

「も、モチベ……」

「ガラス職人なんて依頼を受ければ受けるほど儲かるんだからって教えたら大喜びで帰ってった」

「だいぶ現金な……」

「ね〜。腕は確かみたいだけど」



 佚世が目盛りを覗き込んでいると、また教会の扉が開いた。




「先生ッ! 機械に巻き込まれちまって……!」

「や〜しばらくだね。機械ってなんの? 何分前?」

「ゴミ押し潰すやつのネジんところ! でっかいやつ! 十分ぐらい前、取れたのは持ってきた!」

「君そんなとこで何してたの。この子誰?」

「仕事! 同僚ッ!」

「おー就職おめでとう」

「ありがとうゥッ!」



 喋りながらも患者を受け取った佚世は患者を持ったまま体重を計り、ベッドに寝かせた。本人は半分意識がないが、一応局所麻酔を。

 連れてきた人は、信頼してるからこその受け答えなんだろうな。



 その間に雪はトレーに針と糸、鑷子ピンセット剪刀ハサミ、持針器を置いて、ベッドのそばの机に置いた。


 佚世は患者の腕と手を台に固定すると縫い付けを始める。



「……雪君ガーゼ」

「はい」

「これ傷口汚ったないねぇ。繋がっても動くか分かんないよー?」

「そ、そんな指先動かす仕事じゃあねぇ!」

「だろうね。君がそんなんできるとは思ってない」

「あうッ……」

「雪君ここ押えといて」

「えぇ!?」



 佚世はガーゼで包んだ指と針を雪に持たせるとどこかに行ってしまい、雪は唖然とした。



「そいや……誰……?」

「あ、えっと、雑用係です……?」

「あ……そ、ですか……」



 ものすごく気まずい空気で冷や汗も手汗も出ていると、ふとガーゼが濡れたのが分かった。


 見下ろすと、既にじっとりと赤く染まっている。



「あ、や、ヤバっ、そ、そこのガーゼ取ってください……!」

「こ、これ!?」

「そうですそれ! 早く!」

「おぉおう……!」

「佚世さん再出血ッ! 止血甘かったみたいです!」

「わぁー止めといてー」



 雪が繋がってる方の指をギュッと握って血流を止めていると、ようやく佚世が戻ってきた。



「お待たせ。酷い血溜まりだな……」


 錆や肉片が混じってる。




 佚世は椅子に座ると、雪と止血を代わった。



「雪君剪刀ハサミ大きいやつ」

「はい」



 大きい剪刀ハサミで傷口を整え、腱を繋いだ。


 佚世が料金の話をしている間に、雪はガーゼと包帯の準備をする。




「……てことで三十万ね」

「……ま、社長に渡すから!」

「うーん払うのは誰でもいいけど期限一週間だからね」

「分かってるけどあれ、請求書? 作ってな」

「はいはい」




 指や手首、肩等の切断されたものを繋げるのは慣れている。だってしょっちゅう鉛玉で撃ち落とされたものが届くから。まぁ撃ち落とされたものは動かないかもね〜と言いながら縫うので、動かなくても文句は言われない。そもそも熱を帯びたもので切断された場合再度繋げ動かすことは不可能。



 これに関してはまぁ、神経は繋げれたし腱も残ってたし、時間が微妙なところだがまぁまぁまぁ。うん。




「はい終わり。雪君これ塗って巻いといてくれる?」

「はい」



 佚世が取ってきた薬をガーゼに垂らして、傷口に巻いてから包帯で留めた。



 棚から細い鉄の棒を取り出して、指に固定する。



「許可が出るまで動かさないようにと、薬は塗ったので次来る時までガーゼは剥がさないでください。あとあまりにも機械を怖がるようなら無理に仕事をさせず別のとこに回すこと。恐怖と焦りは事故の原因になりやすいので」

「……わ、わかった……!」



 メモを取った男の人はホッとした様子で、本人を起こした。



 雪は外に出ると佚世に声をかける。



「佚世さん、処置できました。あと固定も」

「おぉありがとう。これお願いできる?」

「はい」

「じゃ、よろしく」



 雪がペンを受け取った時、また扉が開く。



「せんせー撃たれたッ! 助けてくれッ! 俺の弟が!」

「空いてるとこ寝かして! 雪君先そっちのカルテお願い!」

「ははい!」



 すぐに料金を書き込むと慌ててさっきの隣の小間ブースに入り、抱っこしてる人に体重計に乗ってもらう。


 ベッドに寝かせて、止血の間に担いできた男の人の体重を計ってもらった。



「は、82!」

「盛ってませんね減らしてませんね!? 弟死にますからね!」

「82! ほら見て!」

「82ならいいです。出てってください」

「冷たいッ!」



 台に乗ると今度はしっかりと止血をして、バットの上に剪刀ハサミ鑷子ピンセット、糸と針に、大量の雑布や包帯も用意した。



「佚世さん用意できました!」

「はーい交代お願い」

「はい」



 佚世と場所を入れ替わると、さっきの部屋の方にはカルテができていた。


 まだチェックが入っていない場所を話しておく。





「なのであまり長湯はしないように。あと……」

「お前、餓鬼なのにすげぇな……。俺でもよく分かんねぇこと言えんのか……」

「仕事に必要な知識です! しっかり聞いてくださいね」

「う、うす!」



 ある程度を説明して、請求書を取りに行った時、また扉が開いた。





「先生ッ! 酷い熱で! もう四日は下がんねぇ!」

「あー? 合併症だ、椅子にいて! 雪君カルテお願い」

「は、はい!」



 雪は請求書を渡すと、少し慌ただしくなりながら机と問診票を渡した。


 まだ幼い女の子を担いできた大男はそれに書き込み、雪はその間に容態をチェックする。



 合併症ったって、この子まだ八歳ぐらいなのに八歳ぐらいで撃たれたか切られたってことだろうか。やっぱり物騒だ。



「か、書けた! な、せ、先生は……?」

「今撃たれた人の処置をしてるんです。終わったらすぐに来ます」

「お、おう…………お前誰だ?」

「……雑用やってます!」

「そ、そっか……」

「問診票貰いますね」




 この子は撃たれたとかそんなんじゃくて、ただの病気でちょろっと手術しただけだったらしい。疑いすぎた。



 佚世が処置を終えたので交代して、キツめに包帯を巻くと砂時計を確認した。麻酔が切れるまであと十五分ほどあるが、このペースで患者が来るならソファスペースに移動させないと。





 カルテを確認して、チェック要項にチェックを入れる。



「前回の傷はその後どうですか?」

「と、特に問題なかった……っす。……。痛くもないし……」

「ならよかった。今回も抜糸は一週間後になります。あまり動いて糸が切れたら縫い直さないそうなのでお気を付けて」

「は、はい……」



 色々説明してから、麻酔が切れるまで待つように伝えた。切れてあまりにも痛がるようならここで見なければならない。




 指の人はソファスペースに移ったのでそこの血溜まりを掃除して、余った時間で請求書を二枚分用意しておく。



「雪君、薬入れたから氷嚢と水分補給お願い」

「はい」

「請求書用意できた?」

「一応二枚」

「さっすが〜」



 少女に氷嚢と脱水、塩分不足にならないよう補水液を渡すと、さっきの撃たれた人の元に戻った。



「麻酔どうですか?」

「結構痛むけど……大丈夫、動ける」

「あまり動いて糸が切れたら縫い直さないそうです」

「気を付けます」

「一応ガーゼと包帯の換え出しときますね。汚いものを当て続けると化膿して死にかねないので」

「は、はい……。……あの、ずっと気になってたけど……」

「雑用係です!」

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