3.ひったくり

 買い物から帰る途中、雪がからかってくる佚世いっせを警戒しながら歩いていると、突然どこからか悲鳴が上がった。




 雪はビクッと体を震わせ、佚世は雪の肩を抱くと少し下がらせた。




「ひったくり……」

「え?」

「あ、え、あ、やっ、なんでもないです……」

「ひったくりの悲鳴?」

「た、たぶんっ……!?」




 周囲を走ってる人はいないし、ひったくりというか、下手くそな掏摸すりに近いのかな。




「まー犯人分かってもお代がないなら助けないけど。雪君行く?」



 ふるふるふると首を横に振って佚世にしがみついた雪の頭に手を置くと、二人で路地に入った。



















 二日後、肋さえもほぼ完全に治った雪が教会の掃除をしていると、入口の扉にノックが鳴った。



「はーい、今開けますー」



 ほうきを置いて、扉を開けた。



 外にはどこかで見た女性と、その女性より半歩下がっている女性。二人ともいい身なりなのを見ると、富豪層か裕福層の人たちかな。



「……はい、なにか?」

「あ、あの、なんでも引き受けてくれるなんでも屋って、ここでよろしかったですか」


 ハッとすると、こくこくと頷いた。



 患者以外は一番奥の部屋のスペースにと言われているので、さささっと案内する。



「しょ、少々お待ちください……」

「はい」



 ペコッと頭を下げると、教会の二階に上がった。祈祷室にいる佚世を呼びに行く。





 ノックをすると、数秒してから返事が聞こえてきた。



「どったの〜」

「お、お客さんです。奥に通したんですけど……」




 ガチャっと扉が開いて、いつもの黒シャツにネクタイと白衣じゃない、白いハイネックの佚世が顔を出した。



「知ってる人?」

「あ、や、あんまり……?」

「あんまり?」

「ぜ、ぜん、ぜ、ん……」

「全然」

「…………ちょっと……」

「ハッキリしな? まいいや、すぐ降りるよ」



 佚世は部屋から白衣を取ると、雪と共に下に降りた。






「お待たせしてすみません。要件をお聞き致します」

「は、はい。えっと……」



 佚世が座ったあと、入口の傍に立った雪はチラッと女性を見た。やっぱり、知ってるなぁ。



 女性は小さな鞄の中から写真を取り出した。



「二日ほど前、泥棒……と言うか、ひったくりに遭いました。この鞄をられまして……」

「わぁ高級そう。そりゃ狙われますね」

「……鞄はともかく、中に入っていたブレスレットは絶対に取り返してほしいんです。祖母の形見で、世界に一つしかない宝石が使われていて……! なんでこんな時にひったくりなんか……!」

「ほう」

「お嬢様、あまり話されると偽物を渡されます。それぐらいで……」

「……ブレスレットの写真は見せていただけますか?」

「あ、こ、こちらです」



 金のブレスレットに、青の宝石。ヒビのように金の模様が入っているが、影と光の入り方からして少し膨らんでいるのだろう。てことは割れて金繋ぎのようなことをしたと。宝石で。



「……とても綺麗な宝石ですね。これおいくらほど?」

「か、形見なので値段はよく分からなくて……」

「素人目に見れば変な模様が入って価値が下がった宝石なので、もしかしたら足が付きやすい質入れの前に捨てられているかもしれませんね」

「え……!?」

「あぁその場合は見付けるのは簡単なのでご安心を。見付ける前に、もし見付けた場合のお代の話になるのですが」

「は、はい」

「ブレスレットのみを見つけた場合でも値段は百近くいくかと」



 佚世がそう笑うと、目を丸くしたお嬢様の代わりにメイドが勢いよく机を叩いて立ち上がった。



「百!? もの探しで!? せめて五十では!? その男といい雑な謝罪の貴方といい、こんな不謹慎な場所に店なんかを構えた人といい、非常識の塊では!? 我々の身分を分かってぼったくるつもりなんでしょ!」



 雪がビクビクと首をすくめたのを横目に、佚世は持っていた写真を机に置き返した。



「申し訳ありませんがこちら、慈善と良心で成り立っている店ではありませんので。不満があるならどうぞ他所の探偵事務所にお願いします。探偵事務所ぐらいHOhSNSに転がってるでしょう」


 メイドは顔を赤くすると、おどおど困惑している主人の腕を掴んだ。



「帰りましょうお嬢様ッ! こんな古汚い店ある方がおかしい!」

「で、でも他の場所はもう……!」

「犯人の特徴すら聞いてこない嘘臭い探偵事務所なんて潰れればいいわ!」



 メイドは振り返るご主人様を引っ張りながら出て行ってしまい、佚世はべーッと舌を出した。



「……雪君大丈夫? おいで」



 緊張か焦りか恐怖か、少し顔色の悪い雪を招き寄せると隣に座らせ頭に手を置いた。



「大丈夫だからね」

「……す、すみません……なんか……なにか、やったみたいで……」

「まぁなんもやらない人の方がいないと思うよ。どうせ文句付けたかっただけなんだし気にしなくていいからね」



 佚世は小さく頷く雪の頭を撫でてから、雪を立たせた。



「さ、立って。さっき君の部屋を作ってたんだ。また私の趣味全開だけど。おいで、医療器具に囲まれてちゃ腹が不安で眠れないだろう」

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