第8話 石川の男

勲は仙台市内にある学生向けアパートの入居説明を受けていた。


風呂、トイレ共同、朝・夕食付きで、

学生寮のようなアパートだ。


食費込みで考えると、入居費、毎月の負担は格安で、他県から仙台に来る大学生が多数入居している。


勲の両親は、経済的な負担もさる事ながら、

同年代の友人が出来やすいだろうと慮り、

このアパートを選んだ。


勲としては、正直、普通のアパートの方が良かったが、いくら国立とは言え、仕送りもしてもらっている身で、文句は言えなかった。


そういう意味で若干、不満はあったが、

初めての一人暮らしに期待を膨らませていた。


入居説明の後、勲は自分の部屋で、荷解きをしていた。


すると、誰かが扉を叩く音が聞こえた。


荷解きの手を止めて、

扉を開けると、そこには、自分と同年代の

男が立っていた。


「突然ごめん。ちょっと挨拶と思って、今日隣に越して来た寺田 毅(てらだ たけし)って言います。管理人さんからお隣も北陸の人って聞いて、自分、石川県でさ。これから仲良くしてね。」


捲し立てる様に、若干早口で話した寺田は、

そう言ってそごうを崩した。


勲が何か言う前に、引越し祝いだと言う「きんつば」を渡して、寺田は嵐の様に去っていった。


勲は呆気に取られていたが、

「石川県の奴か。」と思い少し気分が悪くなった。


高校時代、模試などで石川の金沢に行ったこともあり、石川県の人間とは何度か関わったことがあったが、勲は正直、石川県の人間が好きになれなかった。


露骨な態度や言葉には出ないものの、

出身地を答えた勲に対して、軽い侮蔑の含まれた眼差しを向けてくるのである。


これは、田舎者の野暮ったさに対する非難と憐憫の感情を多分に含んだものに相違あるまいと勲は思っていた。


石川県、特に金沢は北陸における中核的な都市であり、東北に於ける仙台のようなポジションにある。


また、江戸時代には前田家が治める加賀百万石の都であった金沢は名古屋に次ぐ大都市であったため、伝統文化が豊かであり、武家文化が根付いている。


こうした経緯からか、石川県民は、特に北陸の人間からプライドが高く鼻持ちならない印象を持たれている。


もっとも、東京の人間からすれば、

石川県は保守色の強い田舎に過ぎないのだが。


偏見や差別感情は行っている当人が意識的であることは珍しい。


多くの場合、無意識のうちに、場合によっては善意から行なっているのが常である。


寺田を含め石川県の人間に直接的な悪意がないことは勲も分かったいたが、勲は、そうした眼差しを受けるのも、石川県の人間も嫌いだった。


そんな事を考えていると、廊下の先から

寺田の声が聞こえる。


「今日ここに越して来た寺田です。挨拶にと思って・・・。」


どうやら寺田が挨拶に回っているのは、

勲だけではなかったようだ。


「調子のいい奴だな。」


勲は吐き捨てた。

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