第4話 寺の子

元旦の事件から1月。


勲はこれまで以上に、勉強に注力するようになった。当面の目標として、クラスで一番になることを目指していた。


しかし、どうしても超えられない壁が1人。


父親が地元の寺の住職をしている女の子で、勲は心の中て「寺の子」と呼んでいた。


寺の子は、高校でも勉強ばかりではなく、サッカー部のマネージャーとして、試合への同行や友達と遊びに行ったりとかなり活発な活動をしており、いつ勉強しているのか疑いたくなるが、学内でも成績はトップクラスだった。


教師からも期待されており、高校内の特に優秀な学生向けの特別講座への参加も決まっているようで、皆が認める優等生であった。


また、性格は穏やかで、誰にでも分け隔てなく接していたので、クラスでも人気があった。


勲は成績面で勝てないことに劣等感を抱きつつも、ある意味で尊敬の念を抱いていた。


あれだけ勉強が出来るのだから、

自分と同じ考えを抱いているばずだ。


こうした思いを抱えつつ、

勲が勉強に励んでいたある日のこと、


勲は県庁所在地の基幹駅の近くにある商業施設のハンバーガーショップで、フライドポテトをつまみながら勉強をしていた。


その時、寺の子とその友人数人が来店し、勲の近くの席に座って世間話をし始めた。


先方は勲の存在に気づかず、

話に夢中になっている様で、期せずして話の内容が漏れ聞こえて来た。


「私は別に地元の大学でもいいの、でも、先生も親も、成績良いんだから勿体無い。東京の国立大学に行けって言うんだよね。」

「...は成績良いんだし、東京行かないと勿体無いって私でも思うよ。」

「うーん。勉強嫌いじゃないけど、東京にそこまで行きたいわけじゃないんだよね。」


この女、何を言ってるんだ。


「私人混み苦手なタイプだし、東京で1人暮らしのイメージ持てないんだよね。」


そんな下らない理由で、

自分の能力を活かさないのか。


出世の機会だって言うのに。


俺はこんなに頑張って勉強しているのに、

なんでこいつに勝てないんだ。


地元の大学でいいだと。

ふざけやがって。


こんな奴に負けてたまるか。


地元の大学という言葉が、勲に元旦の件を思い起こさせ、彼の情念を刺激した。


この日を機に彼は、寺の子に絶対負けるまいと決意を新たにより一層勉強に励む様になる。


ちなみに、青年期で、人生経験が不足している勲が気づかなかったのも無理はないが、


寺の子は内心では、住職の妻として、親戚や地域の人に人一倍気を使い、多大な責任を負わされている母親の姿を見て、自分はこんな風にならないと固く誓っていた。


そして、こんな閉塞的な田舎にいたくない、必ず東京に行きたいという思いでいた。


ハンバーガーショップの会話は、表立って自身が東京に行きたがっていないように見せかけ、同級生を馬鹿にしつつ、優越感に浸っていただけである。


要するに狸である。


結局、勲は彼女に一度も成績で勝てず、

彼女は東京の国立大学に進学することになる。

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