第2話 「まったく不合理だ」

勲は小学生時代から、勉強が良く出来た。

特に算数が得意で、数理的な思考は好きだった。


また、国語の授業などでも、教科書、教師の求める回答を自然と回答することができた。


ある時など、口煩い国語教師、この教師はお気に入りの生徒に手作りドーナツを渡すような人間だが、この教師に勲の回答が模範回答とされ、手作りドーナツを2つ貰う権利を与えれたほどだ。


勲を熱烈に褒めた後、この教師は自分の意に沿わない生徒を教育と称して口撃した。


勲はこの光景を、ドーナツを食べながら不思議に思いながら眺めていた。

「なぜ、他の生徒はこんな明白な質問に答えられないのだろう」と。


夜家で、漫画替りに道徳の副教材を読んでいる勲に理解出来なかったのは、無理のない話だが、彼の思想は、学校教育の設計者達とあまりにも近しかった。


そのため、彼にとって学校の勉強は自らの思考の正しさを立証するもの、この世の自明の真理であり、やればやるほど成果が出るものであった。


周りの大人達はそんな勲を褒め、彼の自尊心はこの年代の子供にありがちな様に段々と肥大化して行った。


初めは他の子供達が教師の質問に回答出来ないことを不思議に思っていた勲だが、その認識が「あいつらは馬鹿だ」に変化するのにそう時間は掛からなかった。


この世界には、神様が作った上等な人間と神様が適当に作った泥人形がいて、自分は前者、周りの子供は泥人形だと思うようになった。


だから、自分は周りより、より沢山の敬意を受けるべき一角の人間なんだという認識を確かなものとした。


この認識は彼の幼い心にある種の安らぎと高揚感を齎らすこととなった。


こうした認識を持ちつつ、地元中学に進学した彼には、段々と自身の家族、そして社会の有り様は不合理と不条理の塊の様に見えるようになって行った。


彼の父親は、生まれてからこのかた、自分の出身地である日本海側の地方都市から出たことがなく、地元の工業高校を卒業後、地元の工場で働いている。


これまた地元出身の工場で事務をしていた母親と出会い結婚した。


勲には兄弟姉妹がおらず一人っ子である。


そのため、母親からは特に強い期待を持たれており、幼い頃から一緒懸命に勉強して、良い大学、企業に入ることが最適解であると言い聞かされてきた。


「勲、世の中、勉強で苦労して良い大学に入れば、大学生活、社会人として楽ができるのよ。後で苦労するぐらいなら先な苦労して、後で楽をした方がいいと思わない。」


このような母親からの助言を彼はただ頷きながら聞いていたが、母親からの助言を受けるまでもなく、自身は特別な存在だと強い自負心を持った勲にとって、学歴含め自らが尊敬を受けるべき立場に立つのは当然であり、権利だと信じて疑わなかった。


むしろ、母親を含め社会的に立場の低い両親が自分に助言すること自体に幾許かの不快感を感じていた。


もし、自分が裕福な都会の家庭に生まれていればこんな陰気な土地で生活することもなかっただろうに。そういう気持ちを抱き、自分の置かれた状況、出身成分を恨めしく思ったこともあった。


社会を見渡しても、学のない政治家が官僚を怒鳴りつけて、自らの利権誘導を図っているとの報道を聞いて、その内容は理解出来なかったものの、勉強を頑張って来た人間が程度の悪い低学歴の政治家に小突かれている状況は耐え難い不条理だと感じていた。


「まったく不合理だ。」


勲は呟いた。


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