第101話 ここがヴァルハラか……!

 ハロウィン当日、店内の無骨な横断幕に特服や店頭のバイクは撤去され、キュートなハロウィン感満載の内装になった喫茶・武流姫璃威ヴァルキリー改めカフェ・ヴァルキリー。


 もちろんメニュー表も複雑怪奇な漢字が消去され、大変読みやすいカタカナ表記になっています。


「うん。さすが金治きんじ。最高の仕事をしてくれたね。とても似合ってるよ、真白ちゃん」

「ああ――プロフェッショナル。完璧な――仕事だ。まさに――長髪慇懃無礼鬼畜ちょうはついんぎんぶれいきちくメガネ必殺仕事人」

「ええ。私たち腐――いえ、清き乙女の夢の結晶が形になったわね」

「しかし、嬉しいはずなのに謎の敗北感があるぜ」


 みんなが俺の姿を見て満足げに頷く。


 既に全員が今日のコスプレをすませている。

 鷹城たかじょうさんはマスターらしく司令官味のある軍服で威厳に満ちた姿。


 大学生でもある先輩たちはタイプの違う執事服を着こなし、ネクタイなどの小物はカボチャやコウモリ柄にしたりして遊び心を加えている。

 どことなくドラキュラ感がある。


「……ありがとうございます」


 一方の俺は慣れない格好につい声が小さくなる。

 その後、総出で俺のメイクに、女装コスに注力した。


 毛先に向かって銀から黒が交じる長髪のウィッグ。

 前髪はくせ毛のある感じに丸みを帯びていて、男らしいフェイスラインを隠し、とにかく小顔に見せている。


 ブラックとグレーを基調としたライダースジャケットにスリットロングスカート、やたらベルトにチェーンがついてる物騒さ。


 インナーにタートルカットソーを着て、ハーフパンツにタイツを穿き、底の厚いレザーブーツの黒色系装備。


 メガネチェーン付きのハーフリムのだてメガネ、黒い手袋、虹色のカラコンを初装着。


 そして、今日の女性陣の中で一番の――巨乳である。

 いや、みんな男装だから当たり前だけど。

 俺の長身にごつさを隠すため、違和感をなくすためらしい。多分。面白半分でやった感はなんとなく分かる。


 姿見に映し出されるのは、画面占有率がやたら高い長髪慇懃無礼鬼畜メガネ必殺仕事人の、俺。

 初コスプレがまさか女装になるとは少し前の自分は想像もしていなかっただろうな。

 ……まあ、そう仕向けたのは自分のうっかり爆弾発言のせいだ。


 先輩たちにしてもらったメイクは怖いくらいに完璧で、鷹城さんのコスの技術の高さに惚れ惚れするし、猪原いはらさんがカットしてくれたウィッグも合わさり最強に映える。


 鷹城さんと猪原さん、ある意味では二人の合作ではあるのだけど、ごめんなさい。

 過去に跳べるなら初めて跳びたい気分です。


「おいおいー声が小せえぞー。新人の兎野ちゃんよー。でかいのはケツとタッパとオッパイだけかー?」


 女性陣で唯一地毛の金髪をオールバックにした男勝りな鰐口わにぐち先輩が、ニヤニヤとした顔で煽ってくる。


「まあ、そうね。これでは長髪慇懃無礼鬼畜奥手メガネ必殺仕事人になってしまうわね。それはそれで……二面性がより強調されて悪くない?」


 青色のショートカットのウィッグの中に長い地毛を収納し、リムレスのメガネをかけた海月うみづき先輩はさらに属性を盛ろうと思案し始めている。


「誰だって初めては――緊張するものだ。私も初の舞台は――反省点で溢れていた。緊張は――悪ではない。今日の舞台を演じるキャストは――兎野……ちゃんだけではないのだから。困ったら――サポートしよう」


 俺よりは背が低いけど、長身といえる鮫之宮さめのみや先輩がいつものようにフォローしてくれる。

 白色のウィッグは片目隠れのポニーテール仕様で麗しい。


 本日のフロアスタッフは四人。

 男装執事三人、女装長髪慇懃無礼鬼畜メガネ必殺仕事人の俺。


「開店直後は常連さんばかりだからね。慣らし運転していけばいいさ」


 鷹城さんも赤色のセミロングのウィッグでいつもより派手だ。


「本番は15時過ぎくらいだしね。では、朝礼を始める! 今日の売り上げ目標はー……通常営業の三倍だ!」

「サー! イエッサー!」


 軍隊風に朝礼が始まる。

 鷹城さんが一番ハロウィンを楽しんでいるのかもしれない。


 ◆


 事前にハロウィンフェスの告知をしていたので、開店前から常連さんが並んでいる。

 営業時間はいつもより早い20時に閉店する。


 みんなもハロウィンコスを楽しみたいとあって、閉店後にささやかなハロウィンパーティが催されるらしい。


 あとは鷹城さん曰く……「夜遅くなると酔っぱらった勘違いのクソ野郎が増えるからぶっ――」とのことだ。

 また自爆したくないのでそれ以上はなにも聞いていない。


 海月先輩が作ったフライヤーを入り口横のパンフレットスタンドにセットする。

 カフェ・ヴァルキリーのロゴの下には、でかでかとした注意書きが書かれている。

 さらに俺が描いたスタッフのデフォルメのイラストに、簡単なプロフィールが添えられている。


 ――タカ司令。数々の戦場を生き抜いた歴戦の強者。礼節を重んじ、皆に厳しく接する鬼教官でもある。しかし、心の中では常に皆の無事を祈る優しき司令官。


 ――サメくん。清涼感ある炭酸系クールな男の子。お困りの時はいつでもご相談あれ。ただし甘いだけと思ったら大間違い。ドキッとする刺激にご注意を。


 ――ワニくん。ツンデレ幼なじみイケメン。かっこつけたがりたけど、一番の恥ずかしがり屋さん。からかいすぎはほどほどにしてあげてね。


 ――クラゲくん。ふわふわ漂う天真爛漫メガネくん。知識は豊富だけど、実戦経験は皆無だから時に溶解します。守りたくなっちゃうくらい可愛いね。


 ――ウサギちゃん。長髪慇懃無礼鬼畜メガネ必殺仕事人。表向きは礼儀正しい子だけど、裏の顔は数々の悪を処してきた必殺仕事人。光り輝く世界にまだ慣れなくて、たまにキャラブレしちゃうけど許してね。必殺依頼カードを見るのは裏社会時代のご愛嬌。


 ……やはり俺だけ属性を盛りすぎでは? 

 演じれる自信はない。


 そのために必殺依頼カードと言う名のカンニング用単語カードを常備している。

 記載されている内容は長髪慇懃無礼鬼畜メガネ必殺仕事人系セリフだ。シチュエーションに応じて事細かにみんなが書いてくれた。


 俺以外は自分の希望を出して、やりたいキャラ設定だから必殺依頼カードは必要ない。


 しかし、本当によくできているフライヤーだと感心してしまう。

 ハロウィンが楽しいイベントだと思わせてくれる鮮やかな色づかいに、フォント。

 注意書きが一番目を引くのは、コンセプトカフェの趣旨を理解してもらうためだろう。


「コミケ入稿にゅうこう前の修羅場に比べたら朝飯前よ。一晩かけるほどでもないわ。ふふふ……」


 海月先輩がドヤ顔で語っていたのを思い出す。

 最後のチェックをすませ、ハロウィンフェスバージョン・カフェ・ヴァルキリーオープンとなった。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 記念すべき第一号の常連の淑女なお嬢様を全員で出迎える。


「はあ……いい。マスターもキャストの皆も……。いつもとは違ってかっこよき……よきかな……。正に夢に見たイケメンパラダイス……っ!?」


 当然のように一眼レフカメラを装備した淑女なお嬢様が恍惚こうこつな笑みを浮かべ、俺と目が合った。


「ウサギちゃん。フライヤー、渡してやれ」


 鰐口先輩に小突かれ、淑女なお嬢様にしずしずと近づき、微笑レベルなら……オッケーだったはず。

 ぎこちない微笑を浮かべ、


「後ろが詰まっています。さっさと受け取ってくれませんか?」


 淑女なお嬢様にフライヤーを手渡した。


「こちらへ。途中でこけて私の手をわずらわせないでくださいね」

「ひゃい……」


 そのまま奥のカウンター席に案内する。


「メニューと新鮮なお水です。本日のおすすめはハロウィン限定スイーツの数々です。お決まり次第、お呼びください。では、心ゆくまで楽しんでください。あくまで私の手を煩わせない範囲で」

「ひゃい……いっぱいお布施ふせします」

「……無理のない範囲でいいですからね、お嬢様。いつもの平凡な振る舞いで結構です」

「ひゃい……無課金でお布施します」


 一通りの接客をすませ、息を吐く。

 常連の淑女なお嬢様も顔見知りといえばそうだけど、お客さんには変わりない。


 緊張があった。

 今までは知り合いの人だから女装も受け入れてくれたけど、お客さん相手はどうなるか想像ができなかったから。


 これならどうにか受け入れてもらえ、今日一日くらいは乗り越えられそうだ。

 ……しかし、お布施? 大丈夫かな?


「ぱねぇ……見た目はクールな戦乙女いくさおとめなのに……喋るとイケボはずるいわあ……。ここがヴァルハラか……! 天に召されるわあ……お布施、無課金お布施をしないと……」


 ……聞かなかったことにしよう。

 お嬢様のプライバシー保護は大切だ。

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