第102話 恥ずか、死ぬ
開店してすぐに全ての席が埋まる。
それからは大忙しで、時間が過ぎていく。
やっぱり今日は男装メインの告知をしていたこともあり、お嬢様が多い。
中にはカップルで来店されるお嬢様とお坊ちゃまもいる。
カップル割りが適用され、カップル用メニューも好評だ。ハートマークのダブルストローの特製ミックスジュースを仲良く飲んで微笑ましい。
男性のみのお客さんは少なく、お坊ちゃまと呼ぶことは少ないけど、誠心誠意、心を込めて接客を続ける。
「おいおい、お嬢様たちよ。綺麗なのは顔だけで十分だぜ? 俺様に君たちがはしたなく、元気にたくさん食べるところ見せてくれね?」
「えー? じゃあ、追加注文しちゃっおかなー?」
「まじで? しょーがないな。あたしもワニくんに免じて追加注文してあげちゃう」
「あ、いや。追加注文を迫ったわけじゃなくてだな。その、単純に食べるところを見たかっただけ、でな……」
「そーなの? まぎらわしいー。ワニくんの照れ可愛さに免じて追加注文してあげちゃう!」
「ほんとだ照れてんじゃーん。あたしもしちゃおー! 今日はハロウィンチートデイ!」
「サ、サンキューな。お礼に特別サービス」
うら若きお嬢様たちに接客中の
顔を赤くして照れ照れだ。
さっき俺に対して、でかいのはケツとタッパとオッパイだけかよー、とニヤニヤ笑っていた同一人物とは思えない。
ハロウィンに普段と違うコスとあって、お嬢様たちはお布施……と言う名の注文をたくさんしてくれる。
大人気なのはハロウィン限定スイーツの数々だ。
「一番テーブルのお坊ちゃまにお届けを」
「一番テーブルのお坊ちゃま。大変お待たせいたしました」
「ぜ、全然、待ってないです」
「む、むしろ早すぎてもったいないくらいです」
「そうですか。驚かせてしまいましたね。お坊ちゃまたちの顔を早く見たくて急いてしまいました。では、存分におくつろぎください」
洗練された動きからの片目隠れから放たれる必殺スマイルに、心に響くハスキーボイス。
なんか背景に花が咲いて、キラキラとお星様が輝いてるように錯覚する。
硬派なお坊ちゃまたちさえ歓喜の声を上げる。
「な、なあ……ひょっとして俺たちはお坊ちゃまじゃなくて、お嬢様だったんじゃねえのか?」
「あ、ああ……お嬢様はお嬢様だけの特権じゃねえぜ。俺たちがお嬢様だぜ」
……それは違うかもしれません、と今の俺が言っても説得力はないですよね。
カウンターからだと店内がよく見え、楽しそうな笑顔に、賑やかな声が聞こえる。
鷹城さんが忙しい時は俺がカウンター周りを担当している。
今日の俺はいつにも増してデカくて幅をとるので、キッチンには入れないということもある。
キッチン担当は鷹城さん、鰐口先輩、
フロアは鮫之宮先輩が中心に回している。
俺は長髪慇懃無礼鬼畜メガネ必殺仕事人としてコーヒーを淹れるマシン。
と言ってもカフェラテのラテアートが多く注文されているので、エスプレッソマシンの稼働率の方が高い。
そして改めて見ても俺は店内で一番画面占有率が高いので、目立つ。
「お姉さん、コス、初めて?」
だからなのか、時にカウンター席に座る妙齢のお嬢様から質問を受けてしまう。
「はい。これは初めてです。中々、慣れませんね」
「そうなんだ。裏社会の仕事とカフェ。どっちが大変?」
「そうですね……」
こういう時は……さっと必殺依頼カードを見る。
「世間知らずのお嬢様のお相手をする方が楽ですね。血の臭いを感じさせない、無臭ですから」
……これで合っているのだろうか?
「でしょうね。でも、私たちは俗世から
妙齢のお嬢様の表情に陰るのを見て、さっと見る。
「年月を積み重ねれば、かぐわしくも深い香りは自ずと漏れ出てしまうものです。コーヒー豆と一緒です。産地によって味わいも香りも違い、熟成期間でさらに差が出ます。焙煎に挽き方によっても。浅煎り、中煎り、深煎り。細挽き、中挽き、荒挽き」
手動式のコーヒーミル、続いてコーヒーサーバーを手に取る。
「……ですが、彼女らを扱う器を
……本当にいいのか、これで?
「そうね。そう言ってくれると、私たちも多少救われるわ。ヴァルキリーブレンドのおかわり、いただけるかしら」
「仰せのままに」
悲しげに笑う妙齢のお嬢様のオーダーに答え、フィルターにペーパーをセットし、コーヒーを淹れる準備をする。
本当に、これで、正しいのかな……?
でも、必殺依頼カードにはこう書いてあるし。
「お待たせいたしました。どうぞ、お嬢様」
「ありがとう。ふぅ……マスターのコーヒーも美味しいけど、貴方のコーヒーも新鮮な味わいだわ。素晴らしく似合っているわよ。自信を持ちなさい」
俺の淹れたコーヒーを飲んで、淑女なお嬢様は少し微笑んでくれる。
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「ふぅ……ここは私を癒やしてくれる数少ない場所ね……」
俺も微笑を浮かべ、応える。
なんとかなったのかなあ……?
「ウサギちゃーん。チェキのご指名だよー」
そんなことを考えていると、海月先輩に呼ばれる。
入り口近くに設置された撮影スペースには、ペアのうら若きお嬢様が待っていた。
既にハロウィンらしく仮装している。
眼帯をつけたり、身体に包帯を巻いたり、ナース服を着たりして……ゾンビっぽい? 感じだ。
「はい。今行きます」
背景となる壁にはHAPPY HALLOWEEN!の文字に、みんなが作ったキャラの切り絵などが張られている。
「……私が真ん中でよろしいのですか?」
「ええ! いいんです! 私たちは哀れな雑草役なので!」
「そうそう! あたしたちは
ペアのお嬢様はうんうんと息巻き、俺の脚の近くで腰を下ろしてダブルピースした。
「いいよお! 僕も雑草気分で頑張っちゃうよー!」
記念撮影プロチーフの海月先輩がマットの上に寝そべり、超ローアングルでカメラを構える。
「ほらほらーウサギちゃん? 表情硬いよ? 笑ってよお。お嬢様が可愛そうだよー?」
声は明るいけど内容は、はよ微笑しろ、との指令だった。背景にでかでかと描かれている感じで。
「……仕方がありませんね。本当に踏みつけてよろしいのですね」
「はい!
「そうです! 侮蔑の眼差しで除草剤をまいて処す勢いで!」
「はーい! 撮りますよー! 3、2、1、雑草!」
「雑草ー!」
さらにペアのお嬢様が興奮したところで、海月先輩がカメラのシャッターを切った。
これはいったい……どんなシチュエーションで?
「ありがとうございます! 家宝にしますね! いつでも処していいので!」
「毎日崇めますね! 処す時は遠慮なくどうぞ!」
「クラゲくんも撮影ありがとうございました! また雑草!」
「うんー! 雑草ー!」
声を揃えての謎の挨拶に、海月先輩が返す。
「……いってらっしゃいませ、お嬢様」
満面の笑みを浮かべるペアのお嬢様を微笑で送り出す。
ゾンビっぽい感じのコスにしては、もの凄いエネルギッシュだった。
お嬢様たちのハートを知るにはまだまだ勉強不足だと痛感する。
「ウサギちゃん。いい感じに長髪慇懃無礼鬼畜奥手メガネ必殺仕事人エミュできてるよー?」
ぽん、と海月先輩が俺の肩を優しく叩いてくれた。
「……ありがとうございます」
まだ数時間しか経ってないのに疲労が蓄積している。
体力には自信があると思っていたけど、これは精神力の方が重要だ。
大盛況は喜ばしいことだけど、レオナさんが来店するまで持つかな……。
◆
恥ずか、死ぬ。
バックルームで椅子の背もたれに身体を預け、天井を眺める。
まかないを食べ、つかの間の休憩時間を満喫する。
一緒に休憩に入っている海月先輩は先ほど鷹城さんに呼ばれて出て行った。
残り10分ほどで休憩時間は終わる。
そうなれば閉店までノンストップだ。
それまでに回復しないと。
やはりハロウィンの仮装……コスプレは定着し、俺のコスもそういうものだと受け入れてもらええている。
逆に受け入れられすぎて、色々なアクションを求められてしまっている。
やるからにはしっかりと応えたいと思い、必殺依頼カードには本当に助けられてばかりだ。
しかし、閉店までこのペースで持つのだろうか?
不安だ。
慣れないコスで動きも制限されるし、なによりこの疑似巨乳が……重い。色んな意味で。
少なくともレオナさんが来店したときは万全の状態で……。
「わー……マジのガチで別人だと思っちゃった……真白君、だよね?」
目頭を押さえる。
俺の隣にお盆にジュースを載せてやって来たレオナさんの幻覚が。
想像以上に疲労感があるのか。
いや、俺が癒やしを求めた結果だ。それほどまでに今レオナさんに会いたい気持ちが強まっているということだ。
「あれ? 聞こえてる? おーい、真白君やーい?」
リアルすぎる声にもう一度レオナさんを見て、
「ひゃっ!?」
頬に触れた。
レオナさんの頬は柔らかく、温かい。
確かに
「え? レオナさん……?」
驚きつつもレオナさんの頬に触れる手が止まらない。
「しょ、しょうでしゅ、私が獅子王レオにゃでしゅ……」
どんどん触れるている頬の体温が上がっていく。
「あ、え? ご、ごめん」
ようやく現状を理解し、手を離した。
疲労のせいか、オーバーリアクションをする気力も残っていなかった。
「べ、別に嫌じゃないし謝らないでいいよ!」
「そ、そう? でも、どうしてここに?」
「驚かせちゃったみたいでごめんね。お店に入ったら鷹城さんがさー。真白君休憩中だから差し入れにこれ持っていってあげて、って言われちゃったんだよね」
レオナさんは特製ミックスジュースを改めて見せてくる。
「そうなんだ。だから、海月先輩呼ばれて……」
鷹城さんのことだから気を遣ったというよりは、面白そうの占める割合が多そうだ。
「わざわざありがとう。レオナさん」
レオナさんから特製ミックスジュースをもらう。
「んーん。大したことじゃないし。たまたまだしね」
レオナさんの今日のヘアスタイルは三つ編みお下げ。服装は俺と似たタートルネックのセーター、アウターにフェイクファーのもこもこなジャケットに、膝丈スカートだ。
「コスプレは……しなかったんだ?」
「コスしようかなーって思ったけど、とりまお昼は普通にしようかなって。今日はー……ギャルお嬢様フォームみたいな感じ」
レオナさんは俺の顔を見て、ニヤリと笑った。
「なになにー? 真白君。私のコス見たかったのー?」
「えっと……はい。レオナさんならしてくるかなって思ってました」
素直に白状する。
「真の姿をさらすのはまだ早いのだよ、真白君。それより聞いてはいたけど、想像以上にガチコスじゃん。ビビった。ヤバい」
レオナさんの方は俺のコスを見て、目を輝かせて前のめりになる。
思わず俺が身を引いてしまうくらいに。
「あ。照れてる? かわいいー。もっと見せてよー」
さらにレオナさんが顔を近づけるので、今度は顔をそらしてしまう。
今回ばかりは褒め言葉として受け取るべきなのは分かっている。
「お嬢様、あまり近すぎるのは困ります。適切な距離でお願いいたします」
それでも彼女に見られるのは、恥ずかしい。
今日のキャラ設定でごまかしてしまう。
とはいえ、レオナさんが側にいるだけで、疲労が吹っ飛んだ。
我ながら単純な男だ。
「よいではないかー、よいではないかー。お嬢様の命令は絶対でしょ?」
「絶対、というわけでは……あ」
二人で変わった遊びをしていると、母さんによって鍛えられたのぞき見センサーが注意を訴えている。
視線を巡らせれば、入り口でキラリとメガネを光らせる海月先輩が。
「……お邪魔だったかにゃー?」
「じゃ、邪魔じゃないですっ。海月先輩も休憩してくださいっ」
「お、お邪魔してます!」
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