第98話 トリックオアトリート! トリックオアトリート!

「トリックオアトリート! トリックオアトリート! フハハハハハッ! ゾンビは焼却だァーッ!」


 俺の目の前で不気味な顔が彫られたかぼちゃを被ったゾンビに、羽の生えた小悪魔などが焼却処分されていく。


 リアルのハロウィンより一足先に、〈GoF〉で開催中のハロウィンイベント〈エブリデイ! デスホリデーイ! トリックオアトリート!〉にレオナさんと一緒に討伐クエスト中だ。


「サーチアンドデストロイ! お菓子を置いてあの世へゴートゥーヘルしな!」


 レオナさんが操るダークエルフのウォーロックがばんばん炎魔法をぶっ放している。


 ホラーが苦手なレオナさんも生き生きとしていて、妖怪お菓子置いてけモードにはいっている。


 敵が殺せるゲームはホラゲーじゃありません。狩りゲーですを忠実に実行し、パンプンキンゾンビーズらを除霊していく。

 まあ、敵のヘイトを集めて群がっちゃうくらい大人気なのは、白い毛玉ウサギ獣人の俺の方だ。


「いいですかー! 焼却処分していいのはカボチャ頭のダンスっちまうゾンビと小悪魔とかも色々です! おかし略奪者に天罰を!」


 レオナさんは魔法職らしく、適切な距離で魔法攻撃している。


 かぼちゃを被ったパンプンキンゾンビーズは紫の肌に、かぼちゃが散りばめられた陽気な明るい服を着て、炎とダンスして浄化されていく。


 VRで据え置きゲームみたいに脳汁垂れ流しの内臓丸出し、高グラフィックのグロテスクでスプラッタなゾンビを再現されたら、嫌悪感や不快感を覚えてやめてしまうプレイヤーが多いはずだ。


 俺も怖くはないけど、抵抗はあると思う。


 だから〈GoF〉のアンデッド系種族モンスターは肌の色を変えたり、服はボロボロでもちゃんと着ていたり、ファンシー感ましましだけど種族はアンデッドですよ、で登場しています。


「DUST TO DUST! TRICK OR TREATッ――あ、そろそろ時間かなー? ねえねえ、ウサボン。私の焼却式除霊魔法の輝きはどうだったー?」


 ついでになんか優しい神父様まで降臨させかけていたレオナさんが正気に戻る。


「輝いてたよ。おつかれ様。報酬貰いに行こうか」

「おけおけー。戻ろー」


 転移魔法のワープサークルを使い、一緒にイベント専用マップに戻る。


 おどろおどろしい墓地が並ぶ廃村で、夜の時間帯に固定されている。

 夜空にはコミカルな顔が描かれた真っ赤な満月が俺たちを見下ろし、かぼちゃやランタンが照明代わりに浮遊している。ついでに万国旗みたいに、ハロウィンっぽい旗がそこかしこに張られている。


 俺たちは屋根が崩れ落ちた教会に向かい、クエスト担当NPCに会いに行く。


「クエスト完了オツカレサマーナイト! もう夏休み終わっちゃったけどー今は秋休み! 死霊はエブリデイ! デスホリデーイ! トリックオアトリート!」

「エブリデイ! デスホリデーイ! トリックオアトリート!」


 レオナさんが冥界からダンスっちまいに来た燃焼死亡系アイドルかぼちゃ精霊――ジャック・O・爛子らんこさんとハンドサインを合わせる。


 メインクエストやイベントNPCはある程度プレイヤーと意思疎通ができるようになっている。


〈GoF〉を始めた頃は、NPCの感情の豊かさに驚いたっけ。

 今考えてみると、デス美さんが俺たちと普通に話せるのだから当然だよね。

 さすがAIのフラッグシップモデル――ビッグシスターデス出州美ですみさん。


 報酬アイテムや専用衣装をもらい受け、教会を後にする。


「やっぱりハロウィンと言えば、カボチャパンツの魔女っ娘コスだよねー」


 さっそく専用衣装に着替えたレオナさんは、色んなポーズをしながら言った。


 魔女帽子の先端に幽霊のチャーム、黒いレース付きのドレスは所々ボロボロでチェーンが巻かれている。白いカボチャパンツもプリティーだ。


「定番だよね。ハロウィン感があって可愛いよ」

「ありありー。ウサボンは珍しくネタ装備じゃないよね。新鮮じゃー」

「これはこれで、違和感があるよね」


 みっちり毛玉に着込んだ黒い軍服のセットアップ。ドクロマークの軍帽も獣人のビスタリア用に穴が空いている。帽子からひょっこりふさふさのウサミミが飛び出している。


 今回は仮装パーティのコンセプトもあるし、毎回ネタ衣装では男性プレイヤーからクレームが入ってしまうんだろう。


 しかしというか、やっぱり服に着られてる感は否めない。

 爆走毛玉珍獣ばくそうけだまちんじゅうウサボンバーの黒ウサギでスラッとした体型なら様になっていただろうけど。

 ネタ衣装が映えるのは今のローリングアンゴラさんだ。


 休憩ついでに近くの寂れた木製ベンチに座る。

 俺たち以外にも色んな衣装を着たプレイヤーが……いつにも増してネタ衣装が多い。


「今宵の月は血のように赤い。私の衣装も血の香りがするぜ」

「……俺の方が返り血多そうじゃなかった?」

「ウサボン! そこは消臭剤いる? って言ってくれないと!」


 レオナさんがむっと頬を膨らませる。


「ごめん。なにかのセリフだった?」

「いえ、これは私のオリジナルです」

「そ、そうなんだ。消臭剤、いる?」

「ふっ、薬局で販売されてる消臭剤じゃ、私の血濡れたロードの香りは消せないよ――ってことで、回復材もそれなりに集まったしー。あとはデイリークエをするくらいかな?」


 レオナさんの話題の急転換はよくあることだし、慣れとは恐ろしいなと思いつつ、頷く。


「時間がある時は一緒にやろうか」

「やろやろー。エブリデイ! デスホリデーイ! トリックオアトリート!」


 レオナさんは爛子さんのセリフがお気に召したみたいだ。

 そして、なぜかハンドサインをしたまま固まるレオナさん。


「……ほらほら! ウサボンも!」

「……エブリデイ。デスホリデーイ。トリックオアトリート」


 レオナさんとハンドサインを合わせる。

〈GoF〉を始めてから成長したとはいえ、この底抜けに明るいノリを自分でするのはまだ、照れる。


 まあ、俺たちはのんびり遊べばいいから気が楽だ。

〈GoF〉のイベントでも夏休みや冬休みに、年末年始――長期的な休みが見込める期間は運営側も力を入れて大規模に行われる。


 対して合間に開催されるリアルに関連した行事系イベントは軽めな内容が多い。

 今回のイベントもそれ系統で、敵はそこまで強くない。

 雰囲気を味わいつつ、ゲームを進める上で役に立つアイテムや衣装を集めるくらいだ。


 あくまで俺たちは、の話になる。

 ギルドチャットを表示し、テキストログを振り返る。


[†Bloody Chocolate†:ドラヤキーどのくらい集まった?]

[ドラヤキ大魔王666世:回復材1万個くらい? 今日はあと20周かなー?]

[SH=Mark.Ⅷ:ペア狩りできる人は効率的でうらやま。まあ、今回はあーしは予定詰まってるから余裕でいいし]

[トマト大佐:作業ゲーは日常系アニメを見ながらに限るな。舞エンジェルフォーリンラブはオススメだ]

[蛮刀両断マン:そうであるな。しかし、拙者はお姉さんに甘やかされ系アニメを見ながらプレイの方がはかどるでござるな]


 ギルメンのみんなはまだまだ狩りを続け、安価且つ回復効率が良いイベント専用回復アイテムのパンプキンエナジードリンク集めに励んでいる。


 きっと深夜まで続く強行軍。

 もうどっちが生ける屍なのか分からないくらいにモンスターを狩って、狩りまくって、来たるべき大型アップデートに備えているのだ。


「やー……みんな大変そー……」

「まあ、俺たちは俺たちでそこそこにって感じだしね」


 レオナさんと一緒に敬意を表しつつ、頷き合う。


 俺とレオナさんみたいなライトユーザー――エンジョイ勢とも呼ばれるプレイヤーと違い、ギルメンのみんなはGvGなどの対人戦、エンドコンテンツの最前線で遊んでいるヘビーユーザー――ガチ勢とも呼ばれるプレイヤーで覚悟が違う。


 時に彼らは俺たちエンジョイ勢から、『天上人』と畏怖いふと尊敬の念を込められて呼ばれるとか、呼ばれないとか……。


「私たちは私たちのペースで遊ぶべきだしね。たまにみんなでギルド狩りすればいいし」


 そういやウサボンさんや、とレオナさんが突然個別ボイスチャットに切り替えて、話しかけてきた。


「リアルのハロイベの予定ってどうなってますかね……?」

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