第74話 俺と私の結婚はこれからだ!
日曜の夜。
約束どおり〈GoF〉にインし、俺たちはセント・アガベルス大聖堂にいた。
大理石で造られた結婚式場。
壁の方々にはめ込まれたステンドグラスから降り注ぐ虹色の光の下、俺たちは片隅の座席に並んで座る。
二人っきりの時間。
誰でも入場できるオープンルームもあるけど、今回はプライベートルームにした。
「ねえ、ウサボン。一回目の結婚した時覚えてる?」
「覚えてるよ。勢いって思い出しかないけど」
「それなー。ムードもへったくれもなかったよね。マジで勢いであとは流れに身を任せてって感じ」
二人で昔を思い出し、くすりと笑う。
レオナさんから結婚の提案を受けた時、軽い気持ちで頷き、流されるままだった。
あくまでネトゲの結婚は、ゲームを一緒に楽しくやるための手段だと思っていたから。
結婚とは名ばかりの相方で、友達みたいな感覚だった。
だから一回目の挙式は特にこれといった思い出がない。
強いて言えばお互いに悪ノリしたくらいかな。
……その時点で俺はレオのことが好きになっていたのかもしれないけど。
その時の俺は臆病で小心者で。
さらにひねくれにこじらせも加わっていたと思う。
だから自分にそう言い聞かせ、心の奥底の気持ちから目を背けていたのかもしれない。
要するに怖かったんだ。
別にその時の気持ちや考えは悪いことじゃない。
誰だって相手の心に踏み込むのは怖いと思うから。
相応の勇気が必要なんだ。
それに今の俺が言うのも説得力がないけど、ネトゲの結婚は軽くてもいい。
実際〈GoF〉の挙式は本格的な作法で行われない。
カジュアルくらいでちょうどいいのだ。
じゃないとみんな尻込みしてしまう。
人それぞれ。
みんなの価値観で決めればいいだけだ。
「結局、結婚したから何か変わるわけでもなかったよねー。熟年夫婦かって感じ」
「変わらず普通に狩りして、話して、それだけだったね」
「あとは私がウサボンに呼んでもらって移動をサボれるようになったくらい? 結婚スキルも特別強くはないしね。でも。それだけでも私は楽しかったよ」
「俺も楽しかった」
「……それを私のワガママでぶち壊した」
俺はレオナさんが離婚を切り出した時も同じように深く考えず、頷いた。
後悔し、落ち込んだ。
まさか偶然に偶然が重なり、学校の屋上で再会するとは思わなかったけど。
「でも、ウサボンはまた私の手を握ってくれた。嬉しかったよ」
「俺もまた話せて嬉しかった」
「ありがとう。色々、あったね」
「うん。色々あった」
話せば長くなって、日をまたいでしまうだけの思い出ができた。
「ネトゲでも。ウサボンと結婚したらちょっとはママたちの気持ち分かるかなーなんて。軽はずみな思いつきから言っちゃったけど……」
レオナさんは両親の結婚観……みたいなものを知りたかった。
いつも仕事で家にいない父親と
好き、愛してるって気持ちの在り方、なんて答えのない答えを求めて。
「ちょっとだけ。ウサボンと一緒にいれて、ちょっとだけ分かった気がする。ありがとう」
レオナさんは照れくさそうに言った。
「うん。少しでも協力できたのなら嬉しいよ」
「少しじゃないよ。めっちゃだし」
「……そっか。どういたしまして」
俺みたいな奴がまだ言えることではないんだろうけど。
それでも嬉しいことに変わりない。
「はい! 湿っぽいのは終わり! 神父殿を待たせ続けるのもあれだしね!」
「そうだね。時間も時間だし」
俺たちは入り口前の受付NPCで手続きを始め、衣装替えのためにブライズルームに転移する。
衣装は既に決めておいたので、後は衣装変更の決定を押すだけ。
「エロ可愛いダークエロフにエロ可愛いが合わさり最エロかわに見える」
レオナさんはドヤ顔で変なことを言っている。
レオの衣装は純白のウェディングドレス――ではなく、漆黒のカラードレス。
「どうかね、ウサボンさんや。新婦レオのドレス姿はー? かわよ?」
レオナさんが一回転する。
ティアードスカートの丈は膝上と短く、重なったヒラヒラがふわりと広がる。
それだけで褐色の脚がさらに見えてしまう。
上半身もノースリーブで肩も丸出しでいつもより……いや、露出はあまり変わってないか。
髪型はいつもの銀色のロングヘアーではなく、後ろ髪を編み込んでお団子にしてまとめている。
レオナさん曰く、ヒロイックプリンセス系。アクセントに左側頭部に花柄模様のヘッドドレスを添えて。
「綺麗で、可愛いよ」
リアルの挙式ならまず着ないドレスだろうけど、ネトゲの結婚ならありなのだ。
他にも遊び心満載のドレスがあるとかないとか。
「ありがと。嬉し。ウサボンも負けず劣らずかわよだぜー、ぐへへ」
俺の丸いお腹をポンポンと叩くレオナさん。
「それはよきことで」
俺のタキシードはレオナさんとお揃いコーデで黒を基調としている。
ただ男性のタキシードはカラバリが中心で、種類はそこまで多くない。
まあそれもローリングアンゴラさんにかかれば早変わり。
蝶ネクタイは太すぎる首回りでミチミチに広がり、タキシードもワイシャツもズボンも今にもはち切れんばかりのミチミチ具合。
全身毛玉ミチミチ状態だ。
ちょっとしたオシャレは、ウサミミにネイビーカラーの耳カバーを付け、ワンポイントにニンジンヘアピンくらい。
「じゃあ、新郎新婦の入場開始だよ!」
「行こうか」
一緒に結婚式場に戻り、受付NPCで挙式を申請する。
神父のNPCが奥の扉か現れ、祭壇の奥に立つ。
祭壇前の指定の位置に立つと、いよいよ挙式が
作法なんてない。
だから俺たちは自然と手をつないだ。
前回はしなかったことをする。
まずは誓いの言葉。
〈GoF〉の設定にアレンジされたものになっている。
「新郎ウサボン。あなたはここにいるレオを――世界樹再生の旅路の伴侶とし。いかなる障害も。いかなる試練も。いかなる困難も。
共に立ち向かい、手を取り合い、支え合い。妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
「新婦レオ。あなたはここにいるをウサボンを――世界樹再生の旅路の伴侶とし。いかなる障害も。いかなる試練も。いかなる困難も。
共に立ち向かい、手を取り合い、支え合い。夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
音声認識により、神父が頷く。
その手元に二つの結婚指輪が収められた箱が現れる。
一度は手放し、データの藻屑となって消えた大切なもの。
「
小さな花をあしらった結婚指輪。
互いに見つめ合い、微笑み、結婚指輪を手に取る。
二回目だけど緊張している。
一回目の比じゃない。
震えそうな手をおさえ、レオナさんの左手の薬指にはめる。
今度はレオナさんが俺の毛むくじゃらな左手を取り、そっとはめてくれる。
「
祭壇の前にウィンドウが表示される。
『Marriage Vows』が大きく表示され、新郎と新婦の欄に俺たちの名前が書かれている。
結婚の誓約書。
誓いのキスはない。
俺たちは笑顔で頷き合い、結婚指輪をはめた左手を重ねる。
「せーの!」
重ねた手を振り上げる。
「俺と!」
「私の!」
「結婚はこれからだ!」
ウィンドウを思いっ切り叩き、誓いを立てる。
瞬間――荘厳なBGMが消え、事前登録しておいた『
結婚の挙式で流すとは思えない楽しく明るく弾けた曲だ。
でも、これが俺たちに合っている。
ウェディングベルが祝福の音色を発し、花びらとハートエフェクトが舞い踊り、色とりどりの鳥が飛び立ち、バージンロードに花の
ポン! と小さな妖精が登場する。
手には自分と同じサイズである骨董品の木製ポラロイドカメラを抱えている。
「結婚おめでとうございまーす! ではでは記念撮影を開始しますよー! カメラを見てポーズが決めてね! 決まったら撮影ボタンを押すか、撮影開始と合図をお願いしまーす!」
結婚すると、ハラスメント制限が一時的に緩和される。
その一つでできるのが、お姫様抱っこ。
リアルとは逆の俺より大きなレオを抱き上げる。
レオナさんが俺の首に右手を回し、左手はハートの片側を作る。
「ウサボンも!」
俺も左手だけでレオナさんを支え、右手を合わせる。
「オッケー! それではウサボンもご一緒に――!」
「撮影開始!」
元気よく声を揃えて叫ぶ。
「いきますよー! 3! 2! 1!」
「ねえ、ウサボン!」
レオナさんが顔を寄せ、
「だーいすき!」
「――0!」
フラッシュに負けない、眩しい笑顔が咲き誇った。
「俺も!」
どんな好きかなんて考える必要はない。
その場任せの勢い任せ。
今一瞬だけの気持ちが爆ぜただけ。
大好き、の意味を考えるなんて
純粋な気持ちに答えを見いだすのは
バージンロードを駆け、街に降り立つ。
ウイニングランならぬウェディングランで走り出す。
「ネト充爆発しろ!」「ネカマ乙!」「おめー!」「美女と野獣……毛玉やんけ!」なんて悲喜こもごもなたくさんの声が聞こえる。
〈GoF〉の結婚の通過儀礼。
それを楽しげに浴びながらひた走る。
「へいへーい! ネト充幸せおすそ分けいるー?」
沿道の声に応えて手を振り、無限ブーケ砲を打つレオナさん。
そのまま〈満腹スイーツパラダイス〉のギルドハウスに突撃する。
「ってわけでー! またウサボンと結婚しちゃいましたー!」
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