第75話 いつもの日常こそが

 GvGを終えて、ギルドハウスで休んでいたみんなが俺たちを見る。

 十秒ほど待っても反応は、ない。


「……結婚しちゃいましたー!」


 黙って見ている。


「しちゃったんですけど!」


 めげずに三度目の正直を言うレオナさん。

 今日のGvGの結果、よろしくなかったのかな。


 みんながギルドハウスにいる時間帯が一番多いのは今だから。

 サプライズをするなら今日だった。


 ギルマスのドラさんとサブマスのちょこさんには事前に相談しておいたから、二人は知っているはずだけど。


「いやまあ、知ってるし」


 最初に答えたのは機会音声で喋るマシンロイドのSH=Mark.Ⅷ――シャマハチさんだった。


 俺の次にレオナさんと仲がいい人だ。


「マジで!? なんで!?」

「なんでって……ねえ」


 シャマハチさんがみんなを見ると、綺麗に整列する。


「いつもは放送直後に熱く語っているのに、銀河戦記――遊星の漂流者の主人公機乗り換え神回の感想をその日に述べなかったし」

「結婚指輪をしていなかったからな」

「まあ……離婚して少し経ったくらいに、ウサボンがテスト勉強で休みますって言ったら、私も私も休むー! って即便乗して言っちゃってたものねえ。そりゃバレるわよって流れだったし」

「ロジコの会話も減ったのに、前より仲良くなってる感じだったしねえ。俺が吐いちゃう前に結婚してよかったよー」

「つーわけで知ってたってわけ。また結婚かーけるなー憧れちゃうなー」


 シャマハチさんが適当に言ったのを聞いて、レオナさんがムッとする。


「絶対に思ってないじゃん!? うわっ! やめろ! 迷惑チャットやめろ!」

「誰だろーね?」

「露骨にみんな手動かしてんじゃん!」


 みんながこれみよがしに、キーボードウィンドウを連打している。


[SH=Mark.Ⅷ:WWWWWW――]

[蛮刀両断マン:草草草草草大草原草草草草――]

[†Bloody Chocolate†:甘甘甘甘甘甘――]

[トマト大佐:蕃茄蕃茄蕃茄蕃茄蕃茄蕃茄――]

[ドラヤキ大魔王666世:銅鑼銅鑼銅鑼銅鑼銅鑼銅鑼――]


 レオナさんのテキストチャットウィンドウはオープン状態なので、迷惑チャットが延々送られているのが見える。


 テキストチャットの入力制限がされるまでやめない意思を感じる。


「つーか、ぐう聖ウサボン。本当にレオでいいの?」


 シャマハチさんの質問に迷いなく頷く。


「うん。レオがいいんだ」

「即答かよ。え? 次はガチ婚? マジでいいの? これだよ?」

「本人がいる前で言うなって!」

「だってさーどう見てもウサボンが苦労人ポジやろ。歩けばすぐつく距離でもウサボン呼んでー! って結婚スキル使わせるし。火力なのにつっこんでウサボンに介護されるし」

「ぐ、ぐぅ……! 正論だから反論できない! あ! つーか、シャマハチ。さっきから偉そうに言ってるけど、頭が高いぞ。こうべを垂れろ。花婿と花嫁の御前であるぞ」


 レオナさんはまだお姫様だっこ状態で、シャマハチさんを指さす。


「バツイチに言われたくないし」

「バッ!? バツイチィ!? こちとらまだピチピチお肌の若者だし! そっちはどーなんだよ!」

「は? こちとら製造年数一億年越えだぞ? 舐めんなし」

「そこで設定を使うな!」

「ネトゲでロールしないでどうすんだし。寝ぼけた頭にアダマンタイト弾のラストワンショットキルぶち込むぞ?」

「やってみろっての。錆びた頭にメガプロミネンス・エクスプロージョンぶっぱすんぞ?」


 二人の口喧嘩の煽り合いはいつものことなので気にしない。

 けど、お姫様だっこのままだと俺にも余波が。


「とりまレオ。離婚騒動迷惑料でゼニス払えし」

「はあ!? シャマハチ! 普通は私たちがご祝儀もらう側でしょ!」

「幸せのおすそ分けしろし。こちとら独り身なんですけど? ついでに結婚税払えし」

「そーだそーだ! 独り身を優遇しろ! 拙者もお姉様に飼われてわんわんしたい!」


 ウルフ族のバンゾーさんがわざわざ首輪を付け、『独り身ですが、なにか?』Tシャツに着替えて叫んだ。


「皆まだまだ未熟な青いトマトというわけだ。若さ故の過ち……か」


 大佐さんもわざわざ青いトマトに被り直し、黄昏れている。


「私たちは口止め料でいいわよ。相談料はプライスレスにしておくわ。ほらとっとゼニス出せや」

「ドラヤキさんはまあギルドマスターとしてはノーコメントでー。寄付してくれるならありがたく貰うけどねー」


 ちょこさんとドラさんは他人事みたいにソファーでくつろいでいる。


「それがギルドを預かる者の発言!? 既に結婚費用神父さんに払ったんですけど!?」

「はいはい分かったし。そこまで言うならしょーがないし。祝ってあげるし。はい皆さんご一緒にー」


 改めてみんなが俺たちを取り囲み、腕を突き上げる。


「ノーダイエット! ノーロカボ! ノーヘルシー!」

「イエススイパラ! イエス食べ放題! イエス満漢全席!」

「オールゥゥゥゥッ! ゼロカロリィィィィィッー! グラトニイィィィィーッ! ヤアアアアアァァァァッー!」

「雑! ごまかすかな! 花嫁と花婿の再婚をもっと祝って! ウサボンも笑ってないでなんか言って! これじゃあサプライズが台無しだよ!」

「台無しだね」


 頬を膨らませるレオナさんも可愛い。

 結婚のムードなんて吹っ飛んだ。

 いつもと変わらないギルドのノリが、楽しい。


 ネトゲの楽しみの一つはこんな下らないやり取りだと俺は思う。


 それにリアルにネトゲにも。

 好きな人がすぐ側にいて楽しくないわけがない。

 俺がレオナさんにそうしてもらったように。


 一つでも彼女が笑っていられる場所を作り、守り、支えられるようになりたい。


 だいすきに応えるためにも。

 でも一人よがりじゃなくて、一緒に歩いて行ける歩幅で焦らずに。

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