第72話  ――その時、1年A組に激震が走る

 駅を降り、歩き慣れた通学路をレオナさんと一緒に歩く。


「そろそろ〈GoF〉のハロイベだねー。その後大型アプデだっけ?」

「そうだね。たける戦神が愛した戦乙女。虚星きょせい神話編の新ボスのレイド戦かな」

「おー。そこはかとなく香るラブロマンス。私も綺羅々きららさんに影響されちゃったかな?」

「できたら……母さんの影響は受けないでくれると嬉しいな」

「んー残念。真白君がそう言うのなら仕方がない。飲みましょう。私も真白君とバイオレンススキンシップやってみたかったんだけどなー」

「スキンシップならもっと穏便なのでお願いしたいな……と」


 楽しげに話し、あごに手を当てるレオナさん。

 歩くリズムに合わせ、金色の髪が肩に当たってゆらゆらと揺れている。


「髪、伸びたね」

「なぜ今!?」


 レオナさんが驚き、自分の髪を抑えた。


「ごめん! そうだよね、いきなり髪の話とかするの変だよね!」


 自分でも何を言ってるんだと反省する。

〈GoF〉の話から急に容姿に言及するとか引かれて当然だ。


「いや、変というか突然だったから驚いただけだし。

 何? クリームとかあんことかマヨネーズとかケチャップついてた? もしかして朝ご飯のハムエッグさん?」

「少女マンガ的なノリじゃなくて。昨日レオナさんが髪をクルクルしてたなーって思い出したら、つい無意識に口から出てしまって」


 夏休み明けの頃はボブカットくらいで、今はセミロングくらいの長さに伸びている。

 本当に伸びたなーとしか思っていなかった。


「な、なるほど。夏は暑くてダルいから短めにするけど。涼しくなると伸ばして遊びたいじゃん。

 その点ゲームは便利でいいよねー。アタッチメント一つで髪型自由自在だし。うらやま」

「ヒューマン系はそうだね。ビスタリアもバリエーションはあるけど、俺のキャラは基本地毛のみだし」

「で、真白君はどんな髪型が好み?」

「また突然に。特にこだわりはないんだけど、描いてて楽しいのは編み込み系かな……? やりがいがあるというか。大変だけどね」

「あー……ヒロイックプリンセス系かー……なるほどなるほど」


 うんうん、とレオナさんが頷く。


 ……レオナさんならなんでも似合うとか、今の髪型も、とかの答え方もあったけど。


 一目がない場所ならともかく他の生徒もいるし、おいそれと下手なことは言えない。


 以前の俺なら自然に言えた気がするけども。

 これも意識が変わった影響なんだろうか。


 そんないつもと違う新鮮な登校も終わりを迎え、郷明きょうめい学園の校門に到着。

 ちょうど反対方向から短髪の男子とボブカットの女子がやって来る。


「おはよう」

「あ、え? お、おはよう」

安昼あひる君にナギりん、おっはー」

「う、うん。おはよー」


 レオナさんと白鳥しらとりさんが手を合わせる。

 ナギりん……白鳥さんの名前がなぎさだからか。


「安昼君、どうかした?」


 そんな二人ではなく、なぜか俺の方をじっと見つめる安昼君。


「あ、いや。今日は獅子王さんと一緒なんだな、って」

「あ。そ、そうだね。レオナさんと偶然途中で会って」

「え?」

「え?」


 なんだろう、この懐かしい感覚。

 初めて安昼君に話しかけた時を思い出す。

 安昼君が驚くのは分かる。


 レオナさんはいつもデス美さんのビークルで送迎されてる。

 デス美さんのビークルはデカいし、賑やかだし、よく目立つ。ピンクカラーだし。


 それが徒歩で、俺と一緒になら、まあ……色々勘ぐってもおかしくない、はずだ。


「あ、いや。悪いな。なんでもない。教室行くか」

「そうだね。行こうか」


 安昼君に言われて歩き出し……レオナさんしか歩いてこない?


「安昼君?」

「ナギりん?」


 レオナさんと一緒に振り返る。


「白鳥どうした!? 無言でフンフンボディーブローはやめろって!」


 安昼君がなぜか白鳥さんに捕まって、お腹にフンフンボディーブローをくらっている。


 白鳥さんは明るく穏やかで、安昼君と同じく気遣いのできる人だ。決してこんなバイオレンスなことをする人じゃない。


 顔を赤くして、目を瞑ってフンフンボディーブローを続けている。


「うーん。幼なじみならではのバイオレススキンシップ。あり、だね。真白君、私たちもやる? 真白君なら安昼君の頑丈さに負けないよっ」

「レオナさん。競うことでもないし、そう言う問題じゃない気が。遠慮しておきます」

「んー、ざーんねーん。でも、これもあり」


 レオナさん、バイオレンスが好みなの?


「白鳥ストップ! ストップ! ここではやめろって!」

「レオナさん。止めた方がいいよね?」

「真白君。幼なじみのスキンシップはぁー……合法! です! 下手に触れれば私たちが死んじゃうよ!」


 レオナさんが鬼気迫る表情で判決を下した。


「二人が喋るとパワーアップするんだけど!? 喋ってないで助けてくんない!?」


 安昼君から救難信号を受け、ようやく俺たちは止めに入った。


 ◆


「はよーっす! 四人仲良く登校か?」


 教室に入ると、根津星ねづぼし君がいの一番に声をかけてきた。


「はよーっす……」

「おはよー。ごめんねー……安昼。痛かったよね、大丈夫?」


 我に返ってくれた白鳥さんに肩を貸され、安昼君が自分の席に歩いて行く。


 安昼君はしんどそうだけど、どこか嬉しそうな……? 気のせいかな。


「なんかあったん?」

「まあ、ちょっとね」

「人は誰しも心に鬼を飼っているってことかもしれないね」


 レオナさんが意味深に呟く。


「根津星君、元気出たんだね。良かった」


 昨日の真っ白に燃え尽きた根津星君とは思えない立体感だ。今日は一段とツンツンヘアーに切れがある。


「心配かけて悪かったな。運命の出会い、しちゃったからさ。真っ白ではいられねーよ」


 運命の出会いというからにはA組のクラスメイトではなさそうだ。


「ラブコメの香りが、する!」


 レオナさんは目を輝かせる。

 どう見ても母さんの影響を受けてる。


 経験上、俺が頑張って主導権を握った方がいい気がする。


「そ、そうなんだ。どのクラスの子?」

「いや、他校の生徒。めっちゃ可愛かった」

「練習試合で来た子?」

「俺の行きつけの卓球会館に来た子でよ。めっちゃ可愛かった」

「そうなんだ。なんて名前の子?」

「兎野。ラケットマンはピンポン球一つでわかり合えるんだぜ?」


 根津星君が俺の肩を叩き、サムズアップをする。

 名前、聞いてないのかな?


「な、なるほど。試合、ゲームでもしたの? 強かった?」

「いや、練習終わりに拾い忘れてたピンポン球一個渡しただけ」


 運命の出会いというには出会っていない気がして、一瞬言葉に詰まる。


「え。根津星君。それって……イマジナリー的な、ピンポン球の妖精さんじゃないよね?」


 その隙にレオナさんが俺も思っていたことを口にしてしまった。


「イマジ、ナリー……? あー確かにナナリーっぽいめっちゃ可愛い子だったぜ。ピンポン球みたいな髪の色してたし。マジで卓球の妖精さんか?」

「そ、そうなんだ。きっかけなんて人それぞれだし。頑張って」

「ありがとな! 次は一個と言わず、球拾いを手伝うか!」


 俺だってレオナさんとは〈GoF〉がきっかけだったし。

 何が縁で繋がるかなんて分からない。


 と、根津星君は背伸びし、俺の肩に手を回す。


「悪いな、獅子王さん。ちょっと兎野借りていいか?」

「あ、うん。どーぞー。真白君、また後でねー」

「うん、レオナさん。また後で」

「は?」


 さっきまで明るかった根津星君が、ドスの利いた声を発した。

 そのまま教室の隅に歩いて行く。


「兎野。そっちはどーなんだ? 祝勝会でもベスポジキープされてたし。進展あったのか?」

「レオナさんとの進展は」

「やっぱり聞き間違いじゃなかったよな」


 根津星君が離れ、手を叩く。 


「安昼! 瑠璃羽るりば! 集合! ってお前らも来んのかよ!」

「抜け駆けはよくないぜ。言っただろ。俺たちだけは味方でズッ友だってな」


 回復した安昼君や瑠璃羽君に、登校していた男子のみんなまで集まってくる。

 俺の椅子があれよあれよと教室の隅に運ばれ、座らされる。


「はあ。男子がまたバカやってる……体育祭の時はマシだったのに」


 その様子を見ていた女子の誰かがそんなこと呟いた。


「……やったのか?」


 根津星君は俺の両肩に手を置き、深刻そうな顔で聞いてきた。


「え?」

「みなまで言わせんなよ……あ、あれだよ、獅子王さんとその、あれ」


 昨日の今日で考えられる反応があるとすれば……お泊まり?

 さすがに泊まったことを言うのはまずい。


 でも、メリカーで遊んだくらいは平気かな?

 だんまりは変な勘違いされる恐れもあるし。


「昨日ちょっとだけ」

「まじか!? ど、どんな風に」

「えっと。レオナさんはピーチ――」

「ピーチ!? ピーチなのか!? いやでも! もうちょっと大きめのサイズ感がー……、いや桃の中でも日本一甘いとされるまさひめか!?」


 ピーチェを使ってと言い切る前に根津星君たちが盛り上がる。


 まさ、ひめ?


 確かに設定上は姫だけど……そんな呼び名は聞いたことがない。


「それでレオナさんは大きいのぶつけられたり、連続ヒットしたり、バナナで滑ったり――」

「バナナ!?」


 そこまで驚くことかな。

 バナナより他のが当たりやすいし……。


「おいおい。初日からどんな上級プレイしてんだよ……」

「レオナさんには超絶技巧の神テク――」

「はあ!? お、おま! そんなに経験豊富なテクニシャンだったのかよ!?」

「言っても二万に届かない――」

「二万!?」


 今日はいつにも増してみんな食い気味で、俺の言葉がさえぎられてしまう。


「そういえば兎はあ、あれが強いって……。豹堂院ひょうどういんさんから聞いたことがある」


 瑠璃羽君がボソッと呟いた。


「やはり兎野。お前、珍獣でも絶滅危惧種だぜ。種を残そうと必死だな!」


 なんか話がかみ合ってない気が。

 ここは軌道修正した方がよさそうだ。


 それに純粋にみんなと遊びたいし。

 笑顔はあまり得意じゃないけど、ここは流れを変える意味で。


「今度みんなでやってみる?」

「みんなで!? お、お前! 本気で言ってんのか!? もしかして俺たちにも参加しろと!? 相手いないのに!? 今から作れって!?」


 笑顔作戦は失敗の模様。

 作れてない……アバターのことかな?


「ないなら、俺が作っておこうか?」

斡旋あっせんまで!?」

「……えっと。誰だって最初は初めてだし。勝手が分からないなら俺が練習相手に」

「兎野自ら!?」

「もう俺たちがバトンを託した兎野はいないんだな!」

「兎野、お前はもう珍獣の絶滅危惧種じゃねえ! 特定外来生物だ!」

「それでもぼ、僕は兎野をし、信じてる」


 明らかに話が違う。

 みんなは何を言っているんだろう?


「えっと。メリカーの話、だよね?」

「Meriー……Carー……?」


 みんなが流暢りゅうちょうに呟く。


「兎野、悪かったな! 俺たちはお前のことを信じてたぜ! お前はやっぱり絶滅危惧種だ! しっかり保護してやるからな!」

「う、うん? ありがとう……?」


 なんか酷い誤解を受けていたようだ。

 でも、一体何の話を……。


「うるさー。ほんとうちの男子ってまだまだ子どもなのが多いよねー」


 レオナさんの方も登校していた女子たちに囲まれているようで、


「え!? 兎野君が超絶技巧の神テク!?」


 あっちもあっちでキャーキャーと賑やかだった……。


 ◆


 なんか色々勘違いやら誤解があって、午前中の休み時間は大変だった。

 結局、真相は闇の中だけど。


 聞いても誰も答えてくれない。

 とりあえずお昼休みはご飯を食べてゆっくりしよう。


「……なあ、兎野と獅子王さんの弁当、一緒じゃね?」

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