第64話 おめでとう、ありがとう

「白組のみんなー! 運命力を上げるために応援しよーぜ! せーの! 白ー!」

「赤組の皆さん! こちらも負けてはいられませんわッ! ご一緒に! 赤!」


 応援団長でもある獅子王さんと花竜皇かりゅうこうさんの号令で、会場が赤と白のコールに分かれる。


「これは凄いです! 白と赤の白熱の応援合戦! これは初採用の映像研究部も力が入るでしょう!」


 正直、勝った手応えはない。

 無我夢中で走っただけだから。


「お疲れ。最高の走りだったぞ、兎野」


 やってきた安昼あひる君が肩を叩いた。


「いい形で渡せなかった僕たちの分まで走ってくれた。感謝しかない」

「今回は天馬てんまどころか全員の中で兎野が最高に輝いて見えたぜ。悔しいが、今日の一番星は兎野だ。自信持てよ。一位は俺たちだ」

「ありがとう。そう……だといいな」


 四人で結果を待つ。


「映像判定が終わりました! 結果は同時に発表されます!」


 会場が静まりかえる。

 みんなが固唾をのんで見守る中、特大スクリーンの表示が切り替わる。


 ――一位、白組1年A組。

 ――二位、赤組1年B組。


「土壇場の最後の最後でついに! ついに1年A組がまくった! これにより1学年総合優勝はA組です! さらに白組も一位に躍り出ました! B組も大健闘で――!」

「やったな! 兎野!」

「うん――」


 みんなと喜びを分かち合おうとした瞬間、陽だまりのような香りに包まれた。


「凄い凄い! 兎野君マジで凄い! ギャッとして! バッとして! そんでガガガーッ! って走りきって!

 マジのガチで神風みたいなウィニングランだったし! あの背中見た時こうブワーッってなって!

 私もテンアゲ爆アゲペガサス昇天マックス盛りみたいな! えっーとだから!」


 獅子王さんが感情の赴くままに言葉を吐き出して、抱きついたままピョンピョンと跳ねてくる。


 俺の事情を家族以外で一番知っているのは獅子王さんだから。

 ずっと見守って応援してくれたから。

 自分のことのように喜んでくれている。


「おめでとう!」


 太陽に負けない笑顔に、キラキラと眩しい碧い瞳は少し雨模様だ。

 ……それさえ可愛く思えてしまう。


「ありがとう」


 俺も約束が果たせて嬉しい。


「……お二人の世界に割って入るのは大変心苦しいのですが、よろしいでしょうか。緊急事態なので」

「安昼君!?」


 ずいと安昼君が深刻そうな顔で俺たちの間に入った。


「今はその辺にした方が二人のためになる。そろそろこのバカが暴走してさらに大惨事に」

「オレ、ウサノ、マルカジリ」


 涙を流す根津星ねづぼし君を瑠璃羽るりば君がアームロックして押さえ込んでいる。


 でも、緊急事態? さらに大惨事に?

 あ。

 周囲を見回し、状況を理解する。


 会場の注目を一身に浴びていた。

 これは、まずい。

 先生、全校生徒、保護者、俺や獅子王さんの家族。


 本来なら嬉しくて喜ぶシチュエーションで、存分に満喫したいけど、非情にまずい。


「獅子王さん、ごめん。今は離れて――」

「ひょ、ひょえ……」


 獅子王さんが変な声を上げてフリーズしてしまっている!?

 しかも、そのせいか俺の背中に回した手が離れない!?


 一番この場を収められそうな獅子王さんの力を借りれないとしたら。


「あ、安昼君!」

「バ!? 俺に振るなって! こういう経験ないんだからさあ! そ、そうだ! 瑠璃羽! こーいうの慣れてるだろ!?」

「は? 僕、別に遊んでないし。無茶ぶりされても困るし。今はこのバカを抑えるので精一杯だし……いや、むしろ解き放った方がうやむやに……?」

「ヒッサツマエバ、イチゲキヒッサツ、ワザマエ、ワンターンスリーキルゥ」


 みんなで問題の丸投げリレーをしてしまう。

 ど、どうすれば……!


「バカレオナー! あんたさっきからマジでなにやってんのー!」


 いつもクールで澄まし顔の虎雅こがさんが、血相を変えて猛ダッシュでやって来る。


「ガフッ!?」


 流れるように獅子王さんの脇腹を小突き、フリーズ&ハグを解除してくれる。


「押忍! ……ほらレオナもやって! 早く!」


 さらにポーズを取り、小声で獅子王さんにも同じことを求めた。


「お、押忍!」

「みなさん! 応援団長がお騒がせしましたァッ! ……今度おごりなよっ」

「う、うす……」


 獅子王さんが借りてきた猫みたいに縮こまる。


「あ! みんなおめでと! じゃ!」


 虎雅さんは獅子王さんの体操服の襟を掴んで颯爽と撤収し、


「ぜ……ぜぇ、シズコはなぜ無意味に、シャトルランをしようと……ぜぇ、しかし、親友のために……ぜぇ、シズコは、走ったぁ……走れ、シズコ……ぜぇ」

「ほら! 静子も帰るよ! 二人ともなにやってんだか! マジでさ! ほんとうにマジでさあ! もう! 世話が焼けるんだから!」


 道半ばで行き倒れになりかけた豹堂院ひょうどういんさんも回収して帰っていく……おかんだ。


 ありがとう、虎雅さん。

 男子一同で感謝の思いを伝える。


 虎雅さんの独壇場の力業で会場の雰囲気を強引に元に戻してくれた。


 勝利の感動はもちろんまだ残ってるけど、一気にことが起きすぎて困惑気味の方が強くなりつつある。


「ウサ……うさ、兎野。あの時言ったあれ。悪い、やっぱねえわ」


 根津星君が正常に戻ってくれて良かったけど、突然謝られてしまった。


「え? あれって? どのあれ?」

「前にサウナで言った時のだよ」


 サウナって……あれのことかな。


 ――狙ってる男子は多いぜ。イベントの熱で一気に告白なんてパターンもあるんじゃね。体育祭なんてうってつけだしよ。


 多分、これのことだよね。

 俺にとっては獅子王さんへの感情を自覚させてくれたきっかけだ。


 根津星君が気に病むことも、謝ることもないんだけど。


「この学校で言えるのは一人しか考えられねえ。ありえねえよ。忘れてくれ」

「そっか。一人……え!? 一人はいるの!?」


 今となってはさすがに困る。

 まだ見ぬライバルが?


「お前、マジで言ってる?」

「兎野、さすがにそれは根津星以下だぞ」

「珍獣を通り越して絶滅危惧種」


 俺って絶滅危惧種だったの?


「まあ、今の兎野はランナーズハイ&獅子王さんハイだから大目に見てやろうな」


 安昼君が達観した様子で俺の肩に手を乗せ、優しく頷いた。二人も同じように優しい眼差しだ。


 なんだろう。

 どんどん俺の扱いが適当になっているような……。

 と、とにかくだ。


 なにはともあれ一位だ。

 俺はみんなと走りきれたんだ。

 今はその嬉しさを噛みしめよう。


「お疲れ様。兎野君。いいビクトリーだった」


 声がした方を向くと、天馬君が手を差し出していた。その手を握る。


「天馬君。ありがとう」


 やっぱり俺にはそれくらいの言葉しか言えなかった。

 でも、天馬君の顔を見れば伝わったのが分かる。


 涼しげに笑ってくれたから。

 それ以上の言葉は不要だ。


 そっと手を離し、手を離し、手を……あれ!? 離れない!? むしろ天馬君の握る力が増していってるような!?


「こんな素晴らしいビクトリー逸材が眠っているなんて知らなかった!」


 天馬君の目が情熱に燃え盛り、もの凄いキラキラし始める。

 一難去ってまた一難だ。


「さあ、兎野君! 俺と一緒に世界大会のリレーに出場し、ビクトリーセレブレーションをしようじゃないか!」

「あ、えっと。その、ごめんなさい」

「拒否もビクトリー速い!」


 ぷすんと不完全燃焼の煙が天馬君の頭から漏れ出た気がした。


「……俺の人生最高の走りは今日だと思うから。きっとこれ以上の走りはできないから。ごめん」


 それだけじゃ足りない言葉を口にして伝える。

 俺は満足してしまったから。


 自分を負かした相手に勝ち逃げみたいなセリフを言われたら、腹を立てたっておかしくないのに。


「それは残念だ。俺もビクトリー先走りすぎてしまったよ。無茶を言ってごめん」


 天馬君は優しく手を離してくれた。

 腹を立てる暇なんてないんだ。


 天馬君はすぐに立ち上がり、走り始めるから。

 今日の俺なんてすぐに追い抜いてしまう。


 天馬君の目を、ちゃんと見れば分かる。

 俺が憧れる――真っ直ぐに夢に向かって走る負けず嫌いの瞳だから。


「しかし、兎野君ならいつでもビクトリー大歓迎するよ。うん。今はそれより――」

「陸上やらないならバスケに興味ないか? 初心者でも立派なバスケットマンになれる。俺もそうだった」

「抜け駆けすんなって! バレーで全国目指せそうぜ! 一緒にコートを熱く湧かせようぜ!」

「はーいオフサイド! 俺が一番最初に目をつけてたんぞ! 球技大会の時から気になってんたんだからさ! なあなあ、サッカーでボールの友だちの輪を作ってみね? その先に国立が待ってんだよぉ! サッカー楽しいぞー」


 天馬君と一緒にリレーに参加していたB組の鷲尾わしお君、八咫やた君、彩世あやせ君まで来てしまう。


 さすがに一気に来られると俺もまだ対応しきれない。

 こ、これがいわゆる路上勧誘キャッチセールスってやつなんだろうか。


「はい、そこまで。兎野が困ってるだろ。強引な勧誘はよくないぞ」

「兎野の事情を聞かず一方的なのは好ましくない」


 今度は安昼君や瑠璃羽君が助け船を出してくれる。


「そーだぜー? F4さんよー。兎野はA組の仲間だぜ。勧誘は俺たちを通して貰わないとなー? ああ?」


 特に根津星君が前に出てガンを飛ばしている。


「そんなー。勧誘くらい事務所なしで許してくださいよー。お願いしますってーA組さーん」


 といっても、険悪な雰囲気にならず和気あいあいとしている。


「おーい、お笑いABコンビ。いつまでやってんだ。退場だぞー。次に走る先輩にどやされんぞー」


 A組もB組も関係ない。

 知ることができた友だちも、話したこともない人とも同じ場所で笑っていられる。


 俺もその一員なのが嬉しい。


 ……あ、れ?

 視界が揺れる。

 安心したせい、かな?


 背中に強い衝撃が走る。

 痛いはずなのに意識は遠のき、視界がどんどん暗くなっていく。


「兎野!? おい! 大丈夫か!?」

「身体が冷えきってるようだからタオルで汗を拭いた方が、って言おうとした矢先に! 兎野君!? 聞こえてるかい!? 聞こえたらビクトリーと言ってくれ!」


 みんなが心配する声が聞こえているのに、返事ができない。

 みんなの声が遠くなっていく。


「ビクトリーヘルプ! ビクトリー救護班!」

「天馬! なんにでもビクトリーつける癖やめろって! めんどくさい!」

「兎野しっかりしろ! 先生ー!」

「MuuunN! みなの衆狼狽うろたえるでないわッ! 落ち着けいッ!」


 申し訳なさが増せば増すほど俺の意識は希薄になる。


 ――兎野君!


 せっかく笑顔で喜んでくれた獅子王さんにまた悲しい顔をさせるのは、嫌、だな……。

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