第63話 爆走毛玉珍獣ウサボンバー

 結局、外面をいくらとり繕っても、内面を押さえ込もうと、心はそう簡単に変わらない。


 被害者面したままで、塞ぎ込んでるふりをしているだけで、根っこの部分は俺様なんだ。

 そうだ、やることなんてとっくに決まっている。


 会場のど真ん中でたった一人に向けてエールを送ってくれた人に。


 人目もはばからず堂々と勝利宣言してくれた人に。


 バトンを渡してくれた人に恥なんてかかせない。


 ぶっちぎって一位をとる。

 好きな人の前ではどうしたって見栄を張って、かっこつけたくなるものだから。


 きっと昔の俺様に戻るのが一番手っ取り早く簡単な方法。


「だけど違う」

「ああ。違うだろ」


 俺はみんなのように夢に向かってひたむきに走り続けてきたわけじゃない。


「頼るのは俺様じゃねえだろ」


 ネトゲに逃げ場所を求めた、臆病なただの高校生、兎野真白ましろだ。


 それでもその選択は間違いじゃなかった。

 その選択をしなかったら出会えなかった。

 出会えなければここに立っていられなかった。


 レーンに立つ。

 目を閉じ、手で口を覆う。


「兎野君! 泣いても笑ってもこれが最後の勝負! どちらがビクトリーを手にするか――」

「ストーンプロテクション、セイントブレッシング、アジリティウィンド、グロリアスオーラ、ヒーリングファクター、ハイヒール――」


 片っ端からローリングアンゴラのバフスキルを詠唱し。


「え? なに?」

「オーバード・バーサーク――爆走毛玉珍獣ばくそうけだまちんじゅうウサボンバー」


 だてメガネを外し、ポケットにしまう。


 俺様が消え、黒いウサギが背を向けて立っていた。

 白いウサギが俺の背中を支えてくれていた。


 頼るのは、信じるのは、今の俺だから。


「……やる気十分じゃないか。邪魔をするわけにはいかないね」

「さあ! 先頭でアンカーに繋いだのはやはりB組! 天馬てんま君が羽ばたいていく!」

「兎野、すま――!? いけやッ!」


 安昼あひる君からバトンを受け取る。

 白いウサギに背中を押され、黒いウサギを追う。


「一気に突きはな――並んだ!? 並んだ並んだ! A組兎野君並んだぞ! 大きなストライド! B組天馬君に一歩たりとも負けていない!」


 速い。

 一瞬でもフォームが狂えば追いていかれる。

 追いていかれるわけにはいかない。


 黒いウサギにも。

 天馬君にも。

 俺にも誰にも負けるわけにいかない!


「B組天馬君抜き返し――また並んだ!? どちらも一歩も譲らない! A組兎野君必死に食らいつく!」


 もう息が苦しい。


 あと何メートルかなんて考えるな!

 ぶっちぎることしか考えるな!

 アクシデントの魔の手なんてぶった斬れ!

 走り続けろ!


「三位以下のクラスの皆さん申し訳ありません! このわずか10秒を実況しないのは放送部のプライドが許せない! ゴールテープは目前! 勝利の栄光を切るのは――!」


 ゴールを越えてもしばらく足を止めることができなかった。


 ようやく足を止めて、膝に手をつく。

 大きく息を吸って、汗を拭い、空を見上げる。


 太陽はいつだって綺麗で、眩しくて、熱くて、暖かい。

 情けなくてかっこ悪い俺さえ照らしてくれる。


 息苦しさはまだ続いている。


 肩で息をするほどで。喉が張り付いて痛くて。肺も限界寸前で。心臓が爆発しそうなくらいにうるさくてヤバい。


 でも。

 走る前とは全然違う。

 全部が苦しいのに心地いい。


 視線を下げ、後ろを向く。

 黒いウサギと白いウサギは消えていた。

 天馬君は何も言わず俺を見つめている。


 俺は……走りきって、追い越せたんだろうか?


 状況を飲み込めていない。

 会場の雰囲気はなぜか困惑しているように思えた。


「さあ今! 全員がゴールしました! 白熱した一位争いも含めて発表です!」


 特大スクリーンに最下位から順位が発表されていき、ついに二位が――え?


「こ、これは! どういうことでしょう! 一位と二位の順位が審議! 審議の表示です! 説明は責任審判の轟羅ごうら先生よりお伝えします!」


 轟羅先生がマイクを持って説明を始める。


「えー……審判担当の轟羅です。ただいまのリレーで一位争いをしたA組とB組ですが……ほぼ同着。ほぼ同着に見えたため、これより映像判定を行います」

「だそうです! それまでゴールした瞬間の映像をお流ししますのでしばらくお待ちください! 映像判定は映像研究部の協力で行います!

 映像判定のルールができて10年! ようやくの見せ場ですから不正は一切ありません! 厳正なる判定です! ご安心を!」


 特大スクリーンに俺と天馬君がゴールした瞬間が何度も流される。


 それは会場にいる全員に、俺の素顔が見られるということでもあって。

 俺にとっては一番の恐怖でもあった。


 ――怖いな。


 俺でさえ自分の顔を見て思ってしまった。

 中学二年の時に芽生えた感情と似ているようで、違う。


 だって今までで一番必死な顔をしてたから。

 俺が憧れたあの瞳に少し近づいてるように思えたから。


 ――楽しそうだ。


 他人に見られ、怖がられようとも気にしない。

 目を伏せ背け、恥じるような姿じゃない。


 これが俺だから。

 いつの間にか俺の中から怯えも震えも恐れも消えていた。

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