第55話 弁当の中身を交換しに来ただけなのに
弁当の中身を交換しに校舎を出て、保護者用の昼食スペースがある広場に向かう。
そこで屋台やキッチンカーも
一種のお祭り会場だ。
グラウンド以外にもそういう施設がある
そんな道
これって〈GoF〉の管理AI兼マスコットキャラクターのティニア? なんでこんな場所に落ちてるんだろ?
「おーい! そこのあんた!」
「ごめんなさい!?」
つい条件反射で謝ってしまった。
前に獅子王さんとこんなやりとりしたけど……あの時とは状況が違う。
なんで謝ってしまったんだろう、と声の方を向く。
金髪に赤いメッシュを入れ、耳にピアスをつけた男性が近づいてきていた。
俺が言えたセリフじゃないけど、カッコよくも強面な人だ。
オーバーオールにエプロン姿を見るに、
「悪い悪い。驚かせちまったか?」
「あ、いえ。こっちの問題なので気にしないでください」
あれ? この声、どっかで聞いたような……?
「そうか? あ、そうそう。そのキーアクセ……俺様のなんだ。拾ってくれてありがとな」
「そうだったんですか」
キーアクセサセリーを返す。
これって〈GoF〉のティニアですよね? なんて聞けるわけがない。
「助かったぜ。これがないと帰れなくなるからな。そだ、飯がまだだったらって――そりゃ在校生なら弁当持参してるよな。じゃあ、今度でも――」
話してみれば気さくなお兄さんって感じだ。
「お兄様アアアアアアァァァァッ!?」
そんなお兄さんが
深々と腰を落とし、鋭く突き刺すパワフルな……じゃなくて。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……平気だぜ。可愛い妹の愛あるタックルでやられる俺様じゃねえ」
そのわりに青ざめた顔で、ふらついているような……。
というか、妹で、お兄様?
「兎野さんご無事ですか!? お兄様に脅されたりしてませんか!?」
花竜皇さんがお兄さんにタックルした態勢のままこちらを向く。
「え? 脅されてはないけど……」
「あら? 今しがた、ごめんなさい、とこちらから助けを求める声が聞こえたので
「あ。確かに言ったのは俺だけど。驚いただけだから。脅されたりしてないよ」
本当にこういう時だけ大きな声が出てしまう自分が情けない。
「そーだぜ。フロレンルティーヌ。この人は俺様の恩人だぜ? 脅すわけねえだろ」
「まあ!
「さっきも言っただろ。可愛い妹の愛あるタックルでやられる俺様じゃねえ……」
姿勢を戻して心配そうに見つめる花竜皇さんに、お兄さんは腕を組んで堂々と言う。
……足はまだ震えているけど、見なかったことにしよう。
「それでフロレンルティーヌ。この人はクラスメイトなのか?」
一転して値踏みするような鋭い眼光に、つい姿勢を正してしまった。
「いえ、兎野さんは獅子王レオナと同じA組のお方ですわ。私が倒すべき相手の一人ですわ」
「なるほどな。あ、自己紹介がまだだったな。俺様は花竜皇ドラッペン
あれ? もしかしなくてもこの人がペンドラゴンさん……?
と言っても確認する気はないけれど。
俺と獅子王さんが特殊な例なだけで、リアルでバラすのはだいたいオフ会するくらいの間柄だ。
「ここのOBだから、よろしくな。ま、正々堂々頑張ってくれ。ところで……兎野って言ったっけ? 前に会ったことあるか?」
そしてペンドラゴンさん改め花竜皇さんのお兄さんも、俺と同じく心当たりがあるらしい。
「い、いえ。会ったことはない……と思います」
リアルでは。
せいぜいこの前のGvGで追いかけ回されたくらいだと思います。
「お兄様! 兎野さんが怖がってるじゃありませんか! ただでさえお兄様は強面なのにピアスに髪まで染めて! 花竜皇ファームのイメージダウンに繋がってしまいますわよ!」
「しょーがねえだろ、フロレンルティーヌ。こーいうのは若いうち。大学までしかできないんだよ。フロレンルティーヌも分かる時が来るさ」
花竜皇さんとお兄さんが言い合う。
よかった。うやむやになりそうだ。ありがとう、花竜皇さん。
「あー……変なこと聞いて悪かったな。あ! あとあれだ。暇な時に〈キッチン・キャメロット〉に来てくれれば、料理を振る舞わせてもらうぜ。もちろん代金はいらねえよ」
「ありがとうございます。機会があればよらせてもらいます」
「おう。昼飯休憩中に引きとめて悪かったな。キーアクセ、拾ってくれてサンキューな」
「兎野さんもちゃんとご飯を食べてくださいね! 万全の相手を倒してこそ価値があるんですから! 栄養補給は大切ですわッ!」
「花竜皇さんもね。それじゃあ、失礼します」
ネトゲで見せる面が全てじゃないこともある。
対人戦で熱くなりやすい人だっているし。リアルでは普通の人なんてよくいるものだ。
……でもまあ、俺があの時の黒ウサギ――爆走毛玉珍獣ウサボンバーだって身バレして。豹変したお兄さんにリアルでも追いかけ回されたら怖いし。
うん。この先も黙っておこう。
だけど、〈GoF〉で次に会う時はこんな風に話せたらいいとも思う。
「それでお兄様? 私のお弁当はどこですの?」
「……あっ。車に忘れて――」
「本当にもう! お兄様はおっちょこちょいなんですから!」
「元はと言えばフロレンルティーヌが忘れたのが悪いだろ!? フロレンルティーヌ――!」
……妹をもつ同じ兄として、ちょっとした親近感が湧いてしまったから。
◆
「白雪様! 今度はハイパーターンレボリューションデス
「デス美ちゃん! すごーい! 目が回っちゃうよー!」
高速回転するドローンモードのデス美さんを見て、
「なるほどー。あえて時間を置かずすぐに取り上げると」
「はい。よく時間をかけて冷ましてつけ込みがちですが、この場合は違います」
父さんはメイドさんと料理談義をしているし。
「そこであたしは担当に言ってやったんだ。あんた、あたしが破った締め切りの数、知ってるか? ってな」
「なんてアウトロー! お便りコーナーであんなキラキラした返信の裏にそんなドラマがあったんデスね!」
母さんの自慢にならない自慢話に、獅子王さんのお母さんは目を輝かせている。
……凄いなじんでる。
みんなが座るシートの横には白いテーブルが置かれ、見たこともない料理まで並んでいる。
ある意味
「あっ! 真白お兄!」
「これは兎野様! ご機嫌麗しゅうございますですわ!」
白雪とデス美さんが声を上げた。
しかし、白雪はなぜかすぐに表情を曇らせてしまった。
「真白お兄……ごめんなさい。わたしが間違ったから……」
「確認しなかった俺も悪いし。一生懸命作ってくれたのは知ってるから。落ち込まないで。それに応援ありがとな」
「……うんー」
ぽんぽん、と白雪の頭を優しく叩く。撫でるとまたはね除けられるかもしれないし……。
「おー、兎野様も立派にお兄ちゃんをやっていますのですわね」
「そう、見えます?」
そんな様子を接写の距離でデス美さんに見られていた。
「ええ、デス美ストレージにしっかり焼き付けさせていただきましたわ。永久保存版ですわね。引き続きデス美回路フル回転で臨ませていただきますわ。お覚悟のほどよろしくどうぞですわ」
「は、はい。デス美さんも応援ありがとうございます」
さらに近づくデス美さんに頷く。
「真白、ごめんね。僕も確認し忘れてたよ」
「忘れたわけじゃないし、こうして交換すれば問題ないし。平気だよ」
父さんに弁当箱を預け、おにぎりとおかずを交換してもらう。
その間、手持ちぶさたになるわけで。
優しい眼差しで見つめてくる獅子王さんのお母さんに、無表情なメイドさん。
二人に挨拶しないわけにはいかない。
獅子王さんのお母さんってだけで緊張するけど、頭を下げる。
「兎野真白、です。さっきは応援、ありがとうございました」
……こんな感じでよかったのかな?
もう既に不安でなんて言ったか忘れそうになるくらいだ。
「いえいえ! ハコに入ってはハコに従え! 推しはいくら増やしても合法デス! 一位おめでとうございます!」
興奮気味に答える獅子王さんのお母さんに、パチパチと拍手するメイドさん。
「おっといけません、つい熱くなってしまいました。レオナの母のリオーネデス、こちらはメイド長の
自己紹介を受け、改めて会釈する。
「レオナと仲良くしてくれてありがとうございます」
リオーネさんが微笑む。
やっぱり獅子王さんに似ているなと思いつつ、俺のことを話してるのか気になってしまった。
思い上がりもいいところだけど、この様子だと話してない感じではなさそうだし。
「兎野様のことはちょっとばかりお話したので、そんな感じでよろしくどうぞですわ」
見かねたデス美さんが耳打ちしてくれる。
しかし、デス美さん。ちょっとばかりで、そんな感じとは?
逆に混乱してしまうあやふやな情報だった。
聞き返す度胸があったら、こんなに緊張していない。
「あの子、ああ見えて寂しがり屋デスから。騒がしいのは多めに見てやってくれると嬉しいデス」
「それは、はい」
知っているはずのことでも、つい淡々とした返事になってしまう。
「おう! 真白! いい走り……だったが、及第点だな。お前の実力はこんなもんじゃねえだろ?」
普段ならうっとうしくもある母さんの言葉に救われる。
「母さんに父さんも応援ありがとう」
「おいおい、真白ー。まだ前半戦が終わったばかりだぜ? 礼は全部終わってからで十分だ」
「うん。午後の部も頑張ってね。はい、詰め終わったよ」
「ありがとう」
父さんから弁当箱を受け取る。
「真白お兄の組が勝てるように応援してるよー!」
「マシロさん! 後半戦もファイトデスよ! ライブは家に帰ってグッズ鑑賞してお祈りするまでがライブデス!」
「デス美回路がショートしてしまうくらいの撮れ高
さっきと変わらぬ熱量だ。
本当に長い付き合いってくらいになじんでいる。
「はい。頑張ります」
いつか本当に……いや、今はまだ考えるのはやめておこう。
◆
弁当の中身を交換しに来ただけなのに、中々に大変な道のりだった。
さすがに帰り道は何もないと思いたいけど。
「あ! いたいた! 兎野君やーい!」
反対側から獅子王さんが息を切らしながら駆け寄ってきた。
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