体育祭編
第52話 郷明学園体育祭-秋の陣-
「兎野家! 点呼! 1!」
「2ー」
「3」
「よーん!」
いつもの朝が始まる。
ラジオ体操、ランニング、軽いトレーニング。
そして、朝食の手伝い――加えて今日は弁当の準備、
「
だったんだけど、
素直に言うことを聞いて、リビングの椅子に座る。
「高められそうか、コンセントレーション?」
同じく戦力外通告された母さんが笑いを
「白雪に言われたら高めないわけにはいかないし」
背伸びした言葉だったのかもしれないけど、本気で言っているのは分かったから。
「お父さん! リンゴはウサギがいい!」
「ウサギさんだねー。ウサギさんだけだと寂しいから友だちも作ってあげようねえ」
「うん! リンゴ動物園!」
キッチンから父さんと白雪の楽しそうな声が聞こえてくる。
俺一人にしては多い弁当のおかずがどんどん作られていく。
「今年は全員で応援しに行っていいんだろ?」
「そう、だね」
母さんの問いに答える。
……去年の中学生最後の体育祭は見に来なくていいと言ったからな。
母さんだけバレバレのお忍びで来ていたけど。
活躍なんてしていないし、足手まといで情けないところを見せるだけだった。
それでも俺にバレてないを押し通して、体育祭の話題は口にしてこなかった母さんが、
「いいか、真白」
いつになく真剣な面持ちで話しかけてくる。
「真白って名はな。真っ白なキャンパスにたくさんの色で絵を描くように、色んな経験をして自分だけの道を見つけられますように、って意味が込められている。そしてもう一つ。綺麗な白だってぶちまけりゃ全部を真っ白にできる」
だから真白、と母さんはもの凄く悪い顔して言う。
「今日はお前の色に染め上げて証明してやれ。兎野家長男――兎野真白。あまねく全てを真白にできる強い男だってな」
「母さん……」
それはマンガを描いている時、会心のネタを思いついた時にする顔だってことを昔から知っている。
「本当の目的は?」
「可能な限り高校生の
スン、と母さんは悪びれることなくいつもの姿に戻った。
そもそもテーブルには一眼レフカメラのパーツが広がっているし。
「とーぜんだろ! お嬢様お坊ちゃんなセレブ学校に合法的に入れる機会なんて滅多にねえからな! このチャンスを逃すわけにいかねえだろ!? あたしの息子なら分かるよな!? なあ!?」
「お母さんうるさい! 真白お兄のこんせんとれーしょんの邪魔しないで!」
「白雪ー、分かってねえなあー。母は真白の緊張をほぐしてやってるんだ。これが大人の気遣いってやつなんだよ。お子ちゃまな白雪には早かったかなー」
「
「……はい」
白雪に強く言われ、母さんは黙ってカメラのメンテナンスをし始める。
白雪も俺の知らないところで成長している。
俺も負けていられない。
母さんのバイタリティとメンタルの強さも少しくらいは見習いたい。
まあ、白雪と同じくちゃんと受け継がれてはいるんだろうけど。
今日みたいな日にこそ発揮すべきだ――なんて、体育祭の開会式の最中で思い返す。
「――次に
俺の認識が甘かった。
正直、甘く見ていた。
グラウンドには特設の巨大なスクリーンを始めとした映像機器が設置され、たくさんのドローンが飛んでいる。
一昨日までなかった代物だ。
他にも、
『青春必勝』
『Operation-Blitzschnell』
『燃え燃え! 全戦全勝全身全霊全力全走完全燃焼Nonstop Enjoy!』
『レッツゴー! 掴めば尊みホワイトスター!』
青、黄、赤、白――各組のスローガンが書かれた巨大な横断幕が張られている。
さらに各クラスのスローガンやのぼりもそこかしこで揺らめいている。
『喰らえ』
短く、達筆な字で描かれたスローガン。
俺たち一年A組のだ。
〈スイパラ〉で聞き慣れたフレーズで、というのも獅子王さん発案だったから当然だ。
体育祭というよりスポーツの全国大会のような雰囲気。
保護者に加え、その関係者に護衛っぽい人まで。
本当に人が、多い。
公立の体育祭しか経験してこなかった俺は、母さんの言い分に耳をかたむけるべきだったかもしれない。
それでも震えは……まあ、ちょっとだけ。
まだ、いける。大丈夫。
逃げ道に選んだ場所だったとしても、これから塗り替えていける。
そのためにみんなの手を借りて励んできたのだから。
「東西南北!
磨かれた坊主頭に筋骨隆々な大團園学園長の話が始まり、
「故に儂が語ることは最早なし! 存分に暴れるがよい! 前途有望なる若人たちよ!」
終わった。
とにもかくにも体育祭の始まりを告げる号砲が鳴り響いた。
◆
「さあ、始まりました! 郷明学園高等部体育祭! 秋の陣! 開始早々熱戦続きです! 続いての競技は一年生男子による棒倒し! 実況は引き続き放送部がお送りいたします! ゲスト解説員の大團園学園長! この競技について一言お願いします!」
「大玉運び! 綱引き! そして棒倒し! 棒を倒し、御旗を手にした者が勝者! これもまた己が御旗を守る武士に必要なことよ! MUnnnnnnNッ!」
「だそうです! むん!」
太陽光を反射させながら熱く語る大團園学園長。
「さあ、全クラス配置につきました! 一分の作戦タイムの後、スタートとなります!」
「で、どうするよー」
みんなで円陣を囲み、誰からともなく声を発した。
「大玉運びも綱引きもB組に負けて二位止まりたからなー。ここいらで一位取らないと離される一方だぜ」
同じ白組のG組とは距離が離れており、連携は始まってからになる。相手がどう動くかは出たとこ勝負になってしまう。
「俺にいい策がある」
「ショットガン&ショットガン――一人を残してB組を潰しに行く」
「いくらなんでも無茶すぎないか?」
「10秒持てばいい。速攻だ。守りは、兎野。頼むぜ」
根津星君が俺の肩を叩く。
「え?」
「この中で俺たちの御旗を一人で守れるのは兎野――お前しか考えられないからよ」
「珍しく根津星に同意。僕たちの中で一番貫禄あるのは兎野だから。ディフェンス力は申し分ない。百人力だ」
「え?」
まーそーだよなー、とみんなが口々に言う。
みんなから
「さあ、一分です!
「兎野、すまん! 俺たちの旗はお前に任せるぞ!」
号砲が鳴る。
集団戦で一番困り、やってはいけないのが作戦を無視して独断で動くこと。
こうなった以上はやるしかない!
「いくぜえ、お前ら! ショットガン&ショットガン!」
「おっと!? これはこれは! 最初に飛び出したのは白のA組でしょうか――! 一人を残して全員で赤のB組の旗を取りに行く!」
「ちょ!? なにやってんの、男子!? バカになっちゃった!?」
応援席にいる獅子王さんのツッコミをきっかけに、クラスメイトの女子たちも騒ぎ始める。
……あれ? やっぱり冷静に考えて無謀じゃない? そもそもショットガンを二回使う意味って――いやいや!
余計なことは考えるな! 任された以上は最後までやり通す!
今だけ、久々に、入学当初の俺を――思い出そう。
「行け行け行け! G組も来いやァッ!」
「お、おう!」
根津星君の威勢のいい声はよく通るし、場の空気を一気に味方に付けた。
「必然的にA組の御旗を守るのは一人! 心許なすぎる――いや!? いやいや!? なんというオーラ! 阿修羅と見間違う迫力! まさに守護神だ!」
「UuuuuMッ! 闘志を具現化させるとは! やりおる!」
「これには大團園学園長も唸る! さあ、他のクラスはどう動くのかッ!」
……正常な判断ができれば、一人の俺一択だ。
漁夫の利を狙ってB組を狙いに行くより簡単だ。
そうさせないために。
否が応でも身につけた誰も寄せ付けないひとりぼっち阿修羅らしいオーラを前面に押し出す。なんとしてでもやり遂げる。
根津星君の策がハマり、俺との合わせ技で10秒は稼げ――、
「ビクトリィィィィィッ!」
一人だけ俺に恐れない人がいた。
赤組の男子が俺めがけてもの凄い勢いで走り込んでくる。
はや――これじゃ、俺の方が先に他クラスから狙われてしまう。
赤組の男子が勢い任せにぶつかってくるのに備え、全身に力を込め――ポスンって感じで受けきった。
「君、大木!? 棒と一心同体してるの!?」
「えっと……そういうわけでは」
「暖簾に腕押し! 守護神はビクともしない! ビクトリー不発!」
あらゆる角度からの揺さぶり、攻撃を完璧にガードする。
このやり取りが功を奏したのか、さらに他クラスの判断が鈍って時間を稼げた。
「シャアッ! 取ったぜ!」
根津星君が手にした旗を突き上げる。
「A組作戦成功だ! 先手必勝! この時点でB組は敗残兵です! 素直に敗者ゾーンでお座りください!」
「こっちの先手必勝は不発かー。いけると思ったんだけど! 凄いな、君! だけど、次のビクトリーは俺たちがいただくぜ!」
ハーハッハッハッ! と赤組の男子は楽しそうに笑って去っていった。
大玉運びや綱引き、団体競技で
確か名前は
爽やかでかっこ良く、振る舞いに華がある。背格好こそ俺の方が大きいけど、不思議と俺より大きく見えるくらいに。
俺とは正反対、といった感じで……って、競技に集中しないと。
その後は安昼君らも守りに加わり、根津星君主導で攻めに回って攻め落としていく。
「最後の御旗を奪取! 一年生棒倒しの勝者は白組です!」
「見事! 奇策も押し通せば王道よ! 天晴れなり!」
天晴れ……日が昇るにつれ実況席の眩しさも増していく。
「ナイスディフェンスだったぜー兎野ー!」
「最初気合だけでよくしのいだな! やっちまったなって思ったぞ!」
「兎野なら当然。オーラが違う。それが天馬相手でも」
「えっと、ありがとう」
みんなに囲まれながら自分達の席に戻る。
「お疲れー! みんなマジでナイスファイトだったよー!」
「最後までよく生き残ったね。お疲れ。最初マジで終わったわ、これって思いながら見てたけど」
「孔明も真っ青の悪手だとシズコは思ってしまった。まだまだ先入観に囚われすぎている。シズコ、反省」
獅子王さんや
「俺、生きててよかった」
根津星君が涙を流し、なぜか実況席に手を合わせた。
「半分――いや、何も言うまい」
「バカにつける薬はないからな。言っても聞こえちゃいない」
体育祭でこんな風にみんなといて、笑っていられるのはいつ以来だろう。
でもまだ慣れなくて、踏み込みづらい。
遠巻きに見てしまう癖は抜けない――と、手を引かれる。
視線を落とせば金色の髪が見え、背伸びをした獅子王さんが近づいてきて、
「ナイスタンクー……守護神ウサボン。ヒール、かけてあげよっか?」
耳元でそっとネトゲ用語で囁かれた。
「あ、ありがとうございます!?」
驚いてつい大きな声を上げしまい、みんなの注目を集めてしまう。
「兎野君、ありがとうって言い過ぎだし。ウケる」
本当になー、と獅子王さんの言葉にみんなが賛同する。
「あはは……言い過ぎ、かな?」
チラリと獅子王さんを見れば、人差し指を口元に当てていたずらっぽく笑っている。
うまい返しは無理だし、獅子王さん相手だとあっさり押し負ける。敵いそうにない。
しかし、本当に今日は運動日和で……今日の体育祭はまだまだ暑くなりそうだ。
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