第51話 マジのガチで

 あれほど悩んでいた勝負内容も、すんなり得意なゲームと言い出せた。


 郷明きょうめいスポーツセンターからゲームセンターにフィールドを移し、みんなに得意なゲームを聞いてみた結果、


「メリカー?」

「ガチブラ?」

「ミニモン?」


 メジャーでみんなで楽しく遊べるゲームばかりだった。


 俺は家でネット対戦しかやっていないけど……別に今時普通だし……。

 とにかくゲームセンターは二回目。


 獅子王さんは経験者だったから俺も全力で挑めたけど、みんながゲームをやり込む余裕はないのも知っている。


 ハンデを考え、一周遅れでレースゲームをしたり、体力ゲージミリ残しの一発KOの格ゲーをしたり、近接武器縛りの低コスト量産型機体でロボット対戦ゲーをしたけど……俺の圧勝だった。


「兎野……えげつねえな」

「俺の背後でも見えてんの?」

「鬼神の如き強さだった」


 青ざめた顔で俺を見て、ガタガタと震える三人。

 ついさっきまで仲が深まったと思ったのに、溝ができてるような? 気のせいだよね?


 俺は決して舐めプレイ――通称、舐めプをしたわけじゃないんだし。


 ……いや、逆に本気でやってしまったからダメなのかな?


 獅子王さん基準で考えたのがまずかった?

 友だちと遊ぶのって大変で、難しいな……。


 ◆


「ふぃー、食った食った!」

「中々の味だった。また来てもいい」


 安昼あひる君行きつけという中華屋さんで昼食を終え、外に出る。


「どの料理も美味しかったね」


 運動したこともあったし、みんなと一緒ということもあってつい食べ過ぎてしまった。


 お腹が重いな。


「……最下位は飲み物代をおごるって言い出したのは俺だけどさ。にしたって、飲み過ぎだろ」


 スマホの電子マネーの残高を見て呟く安昼君。


 ココナッツミルクやタピオカミルクティーに、高そうな薬膳茶まで注文していたし。


 俺も共犯の一人として飲んでしまったので何も言えない。


「敗者は勝者に絶対服従だろ。一つとは言ってなかったからな」

「珍しく根津星ねづぼしに同意」


 一位は根津星君で、二位は瑠璃羽るりば君。


 俺も水泳以外は安昼君より上……というか、安昼君が水泳以外四位だったから当然なのだけど。


「そんなことより、これからどーするよ?」

「そんなことより、ってなあ……あ、悪い。俺はそろそろ学園に行かないとまずい」


 安昼君は言葉のわりに急いでいないし、部活って感じでもなさそうだ。


「もしかして体育祭の準備?」

「ま、そんなところだ」


 平然と答えてるけど、俺たちのためにわざわざ時間を割いてくれたかのな。

 でも、変に聞くのも野暮な気がする。


「俺も……この辺で帰るよ。最後の調整したいから」


 その気遣いには別の気持ちで答えたい。

 先に帰るなんて、今までの俺だったら言えなかっただろうけど、どうにか伝える。


「二人ともかー。じゃあ、瑠璃羽。もう一ゲームしていかね?」

「なんでお前とだけゲームするんだ。帰るに決まってる」

「しゃーねえ。俺もいつものとこ行くか」


 そうして解散の流れになった。

 後は挨拶をして帰ればいいんだけど。


「あの、みんな!」


 俺の声にみんなが注目する中、言葉を続ける。


「明日……頑張ろうね」


 声を張るのに慣れてないせいか、強弱がうまくいかなかった。


 最後はいつものようにかすれたような声になって――バン! といきなり背中を叩かれた。


「あったりめえだろ! 明日は俺がモテる希望がある高一最後の日だからな! 兎野もまあ、アレだからな! 頑張れよ! 色々!」

「ほう。根津星。文化祭を捨てているのは懸命な判断だな」

「根津星に文化的行事は似合わない」

「やめろ。他人に言われると悲しくなる」


 根津星君が真顔になって遠くを見つめた。

 俺もたまにするので気持ちがよく分かる。


「ま、根津星は放っておいて。そうだな。頑張るか、ってことで! 期待してるぞ、兎野! 色々!」

「白組、学年優勝の二冠をとろう、兎野。あと色々」


 安昼君と瑠璃羽君からも背中を叩かれてしまった。

 で、色々ってなんだろう?


「うん」


 でも、返事はシンプルでいい気がした。

 みんなにエネルギーをもらったし、最後の調整を完璧に終わらせたい。


 と、安昼君のスマホから着信音が響いた。


「――白鳥しらとりさんか?」


 すぐに復活した根津星君が真剣な面持ちで言った。


 安昼君は冷や汗をかいたまま出ようとしない。

 着信音は鳴り止まない。


「出ていいんだぞ?」


 重ねて言う根津星君。

 安昼君はスマホと俺たちを何度も見て、


「じゃ、また明日!」


 ダッシュで逃げ出してしまった。


「――白鳥、悪かったって! 今度埋め合わせするからさ!」


 どんどん遠くなっていく安昼君は、電話先の白鳥さんに平謝りしている。

 大丈夫かな……安昼君の残高。


 やっぱり俺たちのために時間を……今度は俺がおごってあげないと。


「……見ろ、お前たち。あれが幼なじみ持ちにだけ許された――今度埋め合わせするから会話だ。次も幼なじみ税でおごらせてやるぜ」

「どんな会話に税だ。帰る。兎野も早く行った方がいい。バカがうつる。後……無理しすぎないように。健康第一」

「ありがとう、瑠璃羽君。根津星君も……ほどほどにね?」


 ◆


 大きく息を吐く。

 グラウンドの隅で汗を拭う。

 夕焼けが眩しい。


 今日は早めに切り上げよう。

 みんなと親睦しんぼくを深め、テンションが上がって気がはやっている。


 こういう時にこそ怪我をしやすいから注意が必要だ。


 調整はうまくいった。フォームは安定しているし、タイムも昔よりも速くなっているはず。

 ……これなら、明日のリレーはきっと。


「――ちょっとそこの君。少し話をいいかな?」


 なぜかお巡りさんが俺に声をかけてきた。

 最近、ずっと俺を見ていた人だ。


 って、待って。なんでお巡りさんが俺に声を?

 あれ? 俺何かしたっけ?


 いや、何もしていないと断言できる。ここのグラウンドは有料じゃないし。

 じゃあ、なんで声をかけ――もしかして凶悪な指名手配犯に間違われてる!?


 ずっと見ていたのはもしかして張り込み調査で、本人確認をするためだった!?


 国内ならまだしも国外の犯人に間違われて、司法取引からの身柄引き渡し、だけどカテゴリー0、ケテル、超弩級危険観察対象からの監獄島も真っ青な宇宙監獄行きも!?


「……あの。せめて。せめて地球に。宇宙だけは許してください」


 頭を下げて懇願こんがんする。


「宇宙!? あ! ごめんね。驚かせてしまったよね。別に補導じゃないから」

「そう、なんですか?」


 顔を上げ、お巡りさんの顔を見る。

 ふっくらとした体型で、人の良さそうな顔だ。父さんと雰囲気が似てる。


「今日は今までと違って清々しい顔だったからね。なにか得たのかと思って、つい声をかけてしまっただけなんだ」

「そう、なんですか?」

「うん。ここは迷える者たちが最後に辿り着くロストグラウンドだからさ」


 ……なんか聞き覚えがあるけど、馴染なじみがない言葉が出てきたような。


「みんな何かしらの傷を負い、ここでい上がろうともがき戦っている」

「そう、なんですか?」

「うん。かくいう本官も膝にボールを受けてしまってね。プロ野球選手の夢を諦め、みんなの夢を見守る職にいたわけさ」

「そう、なんですか?」

「だから、君みたいな子はつい応援したくなるんだ。すまなかったね、練習の邪魔をしてまって。これからも頑張ってね」


 穏やかな話し方で、いつのまにか警戒心は消えていた。


「そう、なんですか? あ、でも。ここでの練習は今日で終わりだと……思います」

「あ、そうなの。なら卒業だね」


 あれ? なんか急に軽い感じに?


「迷った時はいつでも帰ってきておいで。このロストグラウンドに。いつだって迷える者を迎え入れてくれるから。そして、大成したあかつきには、インタビューの時にお巡りさんの言葉に感銘かんめいを受けたって言ってくれるだけでいいからね。じゃあ、あまり遅くならないうちに帰りなさい」


 そう言ってお巡りさんは自転車をこぎ、またパトロールに行ってしまった。

 ……なんだったんだろう? 少し変わったお巡りさんだったな。あれ? でも。


 普通に話せた。


 見ず知らずの、しかもお巡りさんに……いや、多分違う。だいたい「そう、なんですか?」としか答えられてないし、会話になってなかった気が。


 でも、進歩してるのかな。

 息苦しさはない。

 スマホで時間を確認する。


 お巡りさんにもああ言われたし、帰ろうと――思っていると着信が入り、獅子王さんの名前が表示される。


 驚いて落としそうになったところをギリギリ掴む。


 セーフ。


 あとは出ればいいんだけど。

 なぜか通話ボタンが押せずにいる。


 獅子王さんのことが……好きだと自覚したせいなのか。


 さっきまでの感じなかった息苦しさが復活してしまった。

 だけど、居留守はよくない! と強く自分に言い聞かせ、通話ボタンを押す。


「も、もしもし――」

「兎野君! 嫌いな食べ物ある!?」


 俺の覚悟なんかあっさり吹き飛ばす獅子王さんの質問が鼓膜を貫いた。


「え? ない……と思うよ?」

「ないか! じゃあ好きな食べ物は!?」

「お肉系……? ハンバーグとか……?」

「オッケー! 肉! ハンバーグね! りょ!」

「あの、獅子王さん。どうかしたの?」

「え!? ん!? んっんんー……そ、それはーまあー……。ハッ!? あれ! あれだよ! とにかくあれ! 急に兎野君の好き嫌いが気になったから! たまにあるでしょ!? ない!? あるよね!?」


 あ、あるかな? と考え、


「まあ、獅子王さんならあるかもね」

「ちょ! それってどーいう意味!?」


 声だけを聞いても、顔を真っ赤にして抗議する獅子王さんが簡単に想像できた。

 なんだろ。


 あれだけ身構えてたのについおかしくて、安心しきっている。

 こんな穏やかで、楽しい気持ちはずっと前から感じていた。


 ……じゃあ、俺はとっくに獅子王さんに惚れてたってことで。

 だからこそ悩みはつきなかったりするけど……。


 それでも今はこの時間が長く続けばいいなと思ってしまう。


「って、ごめんねー。突然電話しちゃって。今平気だった?」

「平気だよ。最後の練習が終わって、帰るところだったから」

「あれ? 安昼君たちと遊んでたんじゃないの?」

「昼ご飯食べて解散になったんだ。時間が余ったから最後に、って思ってさ」

「そーなんだ。みんなとはどこ行ったの?」

「スポーツセンターで卓球とかバドミントンとか、プールにサウナで――」

「はへ?」


 獅子王さんが俺の声をさえぎった。

 は? と へ? が同時に出たようなニュアンスだったけど。


「兎野君、私と海、行く約束したよね?」

「そう、だね?」


 なんだろ、獅子王さんの声がいつになく低音で、怒気があるような……?


「見せたのか、私よりも先に兎野君の水着姿を」


 はへ? と今度は俺が言いそうになってしまった。


「そ、それは不可抗力というか……」

「じょーだんだってー! 兎野君、ビビりすぎ!」

「ははは……そう、だよね?」

「と、マジのガチで流すと思ったか?」

「は、へ?」


 ついに俺は情けない声を上げてしまった。

 獅子王さんが怒っていることだけは分かった。

 ライオンに吼えられたウサギってこんな気持ちなのかなあ……。


「だからじょーだんだって! ごめんね! 兎野君の反応が面白くってつい悪ノリしちゃった! そんなにビビるなんて思わないし! でも私の演技がそれほど凄かったんだよね? 主演女優賞いけちゃうかな? 狙うかーレッドカーペット! って、おーい! 兎野君聞いてる?」

「き、聞いてます!」


 とにかく獅子王さんは本気で怒らせないようにしよう。


 きっともの凄く、とてつもなく恐ろしく怖い気がする。獅子王さん流で言うならマジのガチでヤベェみたいな。


 これからも仲良くしていくために……!

 でも、海。海……そっか、海か。


 獅子王さんとなら、絶対に楽しい。

 行くまでもなく分かる。

 だから、その約束を守れるように今は――。


「なら、オッケー! 大事な情報は得たし。切るね。兎野君が身体冷やして、体調壊しちゃったら嫌だし」

「あ、獅子王さん!」


 みんなには頑張ろうとだけ言ったけど。

 今の俺がそんなことを言うのはまだ早いし、かっこ悪いだろうけど。


 それでも。 


「明日はマジのガチで決める、から」


 改めて決意を口にした。


「……知ってる。マジのガチで応援してるし。一緒に楽しんで、頑張ろーね、体育祭」


 うん、と別れの挨拶をし、通話を終える。


 ほうっと夕日を眺め、最後にお世話になったグラウンド……あ、ロストグラウンドだっけ。


 頭を下げる。

 よし。帰ろう。

 明日はいよいよ体育祭だ。

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