第44話 祭りの後も賑やかに

 最奥地の広間の方が騒がしくなる。音がどんどん近づいてくる。〈ナイツオブフェイトXⅠ〉の追撃だ。


 ……まだペナルティが切れない。


「大佐さん。ペナルティが切れる前に敵に追いついたら、一回置いてってください」

「いや、その心配はいらないようだぞ」


 エリア3から抜け、エリア2の中盤まで戻ってきた。


「おら! ドラヤキ! アンタのあんこは誰のもんだ!」

「はい! みんなのものです!」

「シャー! 〈スイパラ〉いくぞ! 食い散らかせ!」

「ノーダイエット! ノーロカボ! ノーヘルシー!」

「イエススイパラ! イエス食べ放題! イエス満漢全席!」

「オールゥゥゥゥッ! ゼロカロリィィィィィッー! グラトニイィィィィーッ! ヤアアアアアァァァァッー!」


 ちょこさんのかけ声で〈満腹スイーツパラダイス〉のみんながわざわざオープンチャットで叫びながら、戦闘を開始し、


「やっと追いついたー! こっちもみんないくぞー☆ みんなのアイドルのー? 不破無頼漢ふはぶらいかんちゃんが全力支援してるぞ! まだまだこっから! 敵はすべからくTUBUSE☆」

「はい! 不破無頼漢様のために!」


 さらに正面入り口を突破してきた〈Wild Breakers〉のみんなもオープンチャットで叫びながら参戦してきた。


 大佐さんに運ばれ、みんなと合流する。

 ……そろそろ〈オーバード・バーサーク〉のペナルティが切れる。


「そして、ウサボン。君には重大な任務がある」

「はい」

「GvGが終わるまでドラペンから逃げ切れ」

「え?」


 それは今回のGvGで一番難易度が高いミッションでは? さっきはだまし討ちみたいな手で勝てたけど、二度目はないだろうし。


「聞こえてたよー、ウサボン。ドラペンぶっ殺したんでしょ? やるじゃん。あいつって口悪い上に、負けず嫌いの超粘着質だから気をつけてね。

 あったまって顔真っ赤でしょ。でも、大丈夫よ。ウサボンならいけるから。脱兎の如く逃げ切れるっ!」

「うんうん! ウサボン君ならできる! 親玉のドラペン君を抑えてくれれば、こっちも楽に動けるしねえ! むしろ俺が変わってほしいくらいの最高のポジションだよ!」

「ドラペンっち、ヤンデレちゃんだもんねえ。でも、安心して! みんなのアイドルの不破無頼漢ちゃんが全力応援してるから! 私たちの勝利はウサボン殿の双肩にかかってるぞ☆」


 ちょこさん、ドラさん、不破無頼漢さんに続き、


「とりま、ウサボンならできるってーイケルイケル。さらにあいつ煽って激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームさせろ」

「うむ。あやつは一騎当千で力を発揮する武士もののふ。それを一人で抑えることは価値ある犠牲だ。

 ウサボンの代わりに拙者が一人でも多く、この蛮刀(槍)で敵の血をすすってやる。恐れず花道を進むがよい」


 SH=Mark.Ⅷの通称シャマさんや蛮刀両断マンことバンゾーさんが言って、


「頼んだぞー」

「重大な任務、任せる」

「悲しいけどこれってGvGなのよね」

「SAKIMORE」


 などなど他の人たちもボイチャやテキストチャットで賛同してくる。


「あ、はい。頑張ります」


 俺に逃げ場も拒否権もなかった。


「オラッ! 爆走毛玉珍獣ウサボンバー! どこ行きやがった! 隠れてんじゃねえ!」


 その後、みんなが言ったとおりペンドラゴンさんに追いかけ回されたので、適度に挑発を兼ねて攻撃し、時に隠れ、逃げ回る。


 休憩を挟んだ三戦目の中盤でどうにか〈ナイツオブフェイトXⅠ〉の拠点を落とすことに成功した。


「よーし! 落としたぞ! じゃあみんなー? いつものー始めよっかー☆ 時と場合と状況とその場のノリで臨機応変に動いて守る! 敵は一人残さず殺すべし!」


 ただ具体的な配置や作戦はなく、〈ナイツオブフェイトXⅠ〉の統制された動きに圧倒され、すぐに押し込まれ始めていた。


「みんな死んでるじゃねーか! 私とドラヤキしかいないんだけど! めっちゃ敵きてるんだけど!?」

「大丈夫さ、ちょこ! みんなの分までドラヤキさんが受けるから! さあ、俺をもっと殴ってくれ!」

「おら! 押し負けてんぞ! あそこの火力職からぶっ殺せ! 不破無頼漢ちゃんのご尊顔を殴らせんじゃねえぞ!」


「バックアタックに成功した。後方は混乱しているぞ」

「ドラペンの二次被害来てるんだけど!? ウサボン別の場所行っといて!」

「ドラペンの顔真っ赤じゃねえか」

「あったまってんな」

「トマトより赤いぞあいつ。キャロライナ・リーパーかよ」

「1分! あと1分! あと1分だけだから! 死ぬ気で守れ!」


 ……などなど、俺がペンドラゴンさんに追われ続ける間、色々大変そうな声が聞こえてきた。


 大佐さんに貰った動画で聞こえてきた激しい声は、こういう状況の時なんだと分かった。


 だいたいみんな「ウオオオオオォォッ!」とかいう叫び声だったけど。


「おい、爆走毛玉珍獣ウサボンバー! 来週も出るんだろうな!?」


 最後まで俺を追いかけ回していたペンドラゴンさんが叫んだ。

 GvGの時間が終了したので、対人専用マップもプレイヤー同士の攻撃ができなくなる。


 もう攻撃ができないし、話くらいは……してもいいのかな。


「ごめんなさい。来週はリアルの都合で休みなんで……」

「ちっ、そうか。リアル用事じゃしょうがねえな。再来週は?」


 GvGが終わったからか、ペンドラゴンさんの言動も少しずつ落ち着き始めている気がする。


「いえ、あくまで体験参加だったので。今後は未定というか」


 来週はいよいよ体育祭だ。

 GvGに参加したのも体育祭での恐怖心を克服するのが目的だった。


 だから、先のことはまだ考えていない。


「その腕でもったいねえな。てか、本当にルーキーなのか? 別ギルドの匿名とくめい参加キャラとかじゃねえの?」

「本当に初めてなので。匿名参加とかじゃないです」

「なるほどな。トマトが入れ込むわけだ。……まあ、装備差がなければ、あのジャスガカウンターで俺様の負けだったし、結局最後までてめェを狩れなかったしな」


 ペンドラゴンさんが頭をかいて、天井を仰ぎ見る。


「今日は、その、アレだ。完敗だ」


 意外な言葉に驚き、どう返事をするか考えていると、ペンドラゴンさんが俺を指さした。


「だがな! 次の機会があれば俺様が絶対に――」

「おい、ドラペン。反省会だ。いつまで油を売っている。今日は貴様のせいで大惨事だ」


 後ろから現れた魔法使い風の衣装のソーサラーさんが、ペンドラゴンさんの首根っこを掴んだ。


「アル! 俺様の話の腰を折る――」

「うるさい。それより謝罪」

「は? なんで俺様が……」

「謝れ」

「……スミマセンデシタ」


 ペンドラゴンさんからしぶしぶながらも謝罪の言葉を引き出せてみせた。

 多分、サブギルドマスターのアルトリウスさんかな。


 猛犬……いや、猛竜? と飼い主みたいだ。

 優しい声だけど、もの凄い怒ってる感じがする。


「すまないね、えっと……爆走毛玉珍獣ウサボンバーさん。うちのギルマスが暴言を吐いて、不快な思いをさせてすまなかった。これで許してもらえるだろうか」

「いえ、俺は気にしてませんので。今ので十分ですから」

「ありがとう。あとできつく言っておくから。お疲れ様」


 小さく手を振ってくれたので手で応える。


「あ、はい。お疲れ様でした」

「お疲れ様だ! あ! 次――」


 そう言って二人は転移で消えていった。

 

 ◆


「みんなお疲れ様ー☆ 無事に〈ナイツオブフェイトXⅠ〉の拠点を落として最高だったよー☆ 装備貸し借りをした人は忘れずにね☆」


 待機室に戻ると、不破無頼漢さんが指示を出した。


 装備の整理をした後は各々明日に備えてログアウトしたり、反省会や談笑でもするのかな、と思っていると。


「じゃあー☆ 不破無頼漢ちゃんの限定ライブと、ドラちゃん大魔王の勝利の舞のコラボはっじめるよー!」

「おっ! いいねえ! ドラさんも踊っちゃうよー! ドラさんオンステージ!」


 ドラさんが動いたら負けTシャツに装備を替え、機敏な腹踊りを披露し、不破無頼漢さんの歌を盛り上げる。


 ヘイ! ヘイ! と不破無頼漢さんとドラさんを中心にみんなが楽しく踊り始める。


 陽キャ感といっていいのか、ネトゲのノリといっていいのか。

 とにかくもの凄い圧倒的な陽パワーが生まれている。


「ウサボン。お疲れ様」


 大佐さんはさすがに踊らないのか、俺の隣に並んだ。


「しかし、ノーデスで最後までいくとはな。驚きだ」

「あ、いえ。ほぼペンドラゴンさんに追いかけ回されただけですし」


 個人ランキングウィンドウを開く。


 GvGではプレイヤーを倒したキル数、ダメージ総量、回復やバフの支援の貢献度など、色々なランキングが公開される。


 俺は特に秀でたポイントもない。


「ああ見えてドラペンは一人で1ギルド壊滅させられる腕があるからな。それから逃げ切れるのは十分な成果だ」

「そーそー。ずっとヒーロータイムなんてないしね。一瞬でも数十秒でも活躍できれば十分ヒーローだよ」


 ちょこさんも俺たちの話に加わり、


「え? ノーデス? マジで? 怖っ。TASとかNTとかインストールしてんの?」

「いえ、そういう能力はインストールはしてませんけど……」


 ぞろぞろと〈満腹スイーツパラダイス〉のみんなもやって来る。 


「うむ。ノーデスだけで天晴れよ。拙者も殺した数より死んだ数の方が多いからな。前衛のさだめよ」

「〈NoF〉のギルマス顔真っ赤で黒ウサギ追いかけまわしてワロスでござる。あの黒ウサギは真の武士でござるな。左様、拙者らが一撃死したで御仁ごじんでござるからな。

 あいつはデンジャラスでデンジャーなヤベーベルセルクじゃんヒャッハー。どすこい、ちゃんこ級の黒ウサギでごわす」


 シャマさんが匿名掲示板のサイトを開いて、GvG後の書き込みを読み上げた。


「こーいう時、ロールメインギルドは楽でいいよねー。爪痕残そうとして自演乙と言われても効かないし」

「ロボ声のお主が言うか、シャマ」

「あんたも同じでしょバンゾー。元〈幕末辻斬りごめんご藩〉」

「……拙者もさすがにずっとござる口調はしんどかった。あそこは正にチェストござるバカ狂いの時代劇大好き人間の巣窟そうくつよ」

「気持ちは分からんでもなし。ま、ウサボンがドラペントレインゲーしたおかげで、ちょっとした盛り上りになってるし。

 なにもできなかったわけじゃないっしょ。一回ドラペンボコって、逃げ勝ちしたんだし」


 シャマさんとバンゾーさんに続いて、大佐さんが口を開く。


「成功から学び、失敗から学び、ゲームを楽しむ。今日できなかったことは次にできるようにはげめばいいだけだ」


 うんうん、とみんなが笑いながら頷いた。


「そうですね。やれることはやれたかなって思います」


 大きな変化ではないけど、自信の一つだったり、小さな気づきがあったり、何も得られなかったわけじゃない。


 リアルでの一歩の足しになればいいと思う。


「今度はレオも誘ってみなよ。お祭り大好き人間でしょ、あの子」

「レオは真っ先に突っ込んで爆死してそー。脳筋ウォーロックだし」

「うむ。魔職で一番槍を決めてしめやかに爆発四散であろう」

「さすがにレオの相手はウサボンの専売特許だからな。俺では力不足だ」


 みんなが楽しそうに談笑する。

 確かに獅子王さんなら最初はそんな感じのノリで特攻してそうだ。


「はい。時間に余裕ができた時はお願いします」


 はいよー、とちょこさんが頷く。


「そうだ、ウサボン。動画は撮ってあるな? 後で送ってくれ。編集はこちらでやって、いい感じにかっこ良くしておこう。レオに見せてあげるといい」

「ありがとうございます。お願いできますか?」


 今は動画編集までしている時間がないし、好意に甘えよう。

 獅子王さんに見てもらって感想を聞きたい自分がいる。


「了解だ。男子は何歳になっても女子に格好をつけたがるものだからな。編集の腕の見せ所だな」

「おーいいね。後でロジコにあげておいてー」

「うん。あーしも見たい。特にドラペン戦」

「拙者も見ておきたいので希望で候」

「……とのことだが、みんなにも公開していいか?」

「はい。それは構いません」


 了解だ、と大佐さんが答えるのを待って、ちょこさんが手を叩いた。


「よし! ウサボン反省会はこの辺で終了! みんなで踊るかー!」


 ちょこさんに続いてシャマさんとバンゾーさんが、特設ダンス会場に向かっていった。


 大佐さんと俺だけ取り残されてしまう。

 俺は踊る勇気がないから足踏みしてるんだけど。


 硬派な大佐さんはいつも踊らずの見学派なのかな?

 と、大佐さんから個人テキストチャットが届いた。


[トマト大佐:ところでウサボンよ。いつものお願いなのだが。アニマールプリティカフェのルプカちゃんのゴスロリ衣装イラストをお願いしたい。

 もちろん使用目的は決してやましいことではないと断言しよう。期限は設けず、時間に余裕ができた時でいいので頼む]

[爆走毛玉珍獣ウサボンバー:あっ、はい]


 こうして俺の初めてのGvGは幕を閉じた。

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