第45話 声を聞いて、話したくて

〈GoF〉を終了し、VR用ゴーグル端末である〈リンクギア〉を頭から外し、ベッドから降りる。


 腕につけておいた腕時計みたいな小型端末に目を落とす。

 フルダイブ中の体調に異常はなし。

 時刻は10時30分。


 さすがに獅子王さんは寝てしまったかな。

 でも、話したい。できれば声が聞きたくなった。


 みんなが話題にしてたけど、今日のGvGも一緒にいたら楽しかっただろうし。


 終わった後も色んな話ができただろうし。

 机に向かい、スマホを手に取る。


 さすがに電話は時間も時間だし、とIWSNイワシンでまずは連絡をとってみる。


『獅子王さん、起きてる?』


 文章を打ち込むと、即既読が付いて驚いた。


『もちろんおきてるよ!』


 さらに返信が届き、ママ卍ガオ実さんが拳をシュバババしてるスタンプが続いた。


 GvG中ずっとフル回転させてた頭の疲労感がすぐに吹き飛んでしまった。

 このままIWSNで会話しようと思ったけど、


『今、電話大丈夫?』


 話したい気持ちの方が勝り、気がつけばそう打ち込んでいた。


『大丈夫! ビデオ通話でもいい?』


 返事をしようとして、自分の身なりが気になった。

 不安だったので洗面所にダッシュで向かう。


〈リンクギア〉は顔につけるタイプだし、俺は古き良きベッドダイブ派なので髪がボサボサになりがちだ。


 ……軽く髪をとかして問題はなし。


『分かった。平気だよ』


 部屋に戻る間に返信する。


『りょ! 部屋はなるべく見えないようにしてね! 兎野家訪問イベントの楽しみが減るから!』

『なるべく見えないようにするね』


 場所は……ベッドの片隅が一番何も見えなそうだ。

 すぐに呼び出しが来て、ワンコールで出る。


「兎野君GvGお疲れ様ー! どうだった!? 楽しかった――?」


 深夜に迫る時間帯でも元気いっぱいな声につい笑みがこぼれてしまった。


 獅子王さんも同じくふかふかのベッドの上に座り、ライオンの着ぐるみパジャマを着ている。


 とても似合っていて可愛らしく、笑顔もそれに負けないくらいで……あれ?

 なぜか獅子王さんが驚いた顔になって、口を閉ざしてしまった。


 まさか見せてはいけないものが映ってしまっているのか、と思って背後を見ても壁しかないし。


「獅子王さん、どうかした?」

「あ、その。兎野君、メガネかけなくて大丈夫?」


 声を聞いて、自分の顔に触れる。


 VRゲームする時は直接〈リンクギア〉をかけてたし、家ではメガネをかけずに過ごしている。


 だからいつものくせで……いや、それよりも獅子王さんの声を聞いて、話がしたい気持ちが勝っていた。メガネをかけることも忘れるくらいに。


「……うん。大丈夫」


 動悸どうきも震えも恐怖もない。


「ほんと? 無理してない?」

「本当に無理してないよ。獅子王さんの顔を見て、声を聞いたら安心したって感じだから。前に獅子王さんが言ってたホッとするってやつかな」


 リアルで人の目を見て話すのが怖くなって以来、素顔で話せるのは家族以外で鷹城さんみたいな幼少の頃から付き合いのある人だけだ。


 それもどこか硬さやぎこちなさが残り、ずっとできるわけでもなかった。疲れだってたまる。


 偶発的な出来事だったとはいえ、獅子王さんと話しても一切ない。

 大佐さんが言っていた自然体っていうのはこういうことなんだと実感する。 


「そ、そうなんだ。やっぱり私の見立ては正しかったねっ。あえて距離を置いて兎野君のメンタルを鍛えたわけだよ」

「そうだね。最近は話す機会が減ったから、話したい気持ちが上回って勝ったんだと思う」

「う、うん。私も兎野君に話したいこといっぱいあって、時間足りないーなって思ったし」


 獅子王さんの言動は慌ただしい。

 自然に話せるとは言え、獅子王さんの方はそういうわけにもいかない。


 俺の事情を知っているから気が気がじゃないんだ。

 ここはタイミング的にも、気にもなっていたし話題を変えてみよう。


「獅子王さんの服ってパジャマだよね?」

「え? うん。そだよー。かわよーでしょ? ガオー!」


 スマホの向こう側で獅子王さんが、両手を爪に見立ててライオンのポーズをした。


「可愛いね。似合ってる」

「ぐぅ! 強い!」


 ライオンのポーズのまま目を瞑って倒れ込み、すぐに起き上がる。


 やっぱり獅子王さんを見ていると飽きないし、楽しい気持ちがたくさん湧いてくる。


「はっ!? それよりも! 今日のGvGはどうだった?」

「忘れてた。うん。楽しかったよ。色々あったけど」

「おおー。一戦を終えた戦士の顔になっておられる。男子三日会わざれば刮目かつもくせよだね。よほどの激戦だったと見える」

「激戦……ある意味そうだったかも?」


 そうして今日のGvGであったことを話し始める。


「開始前には〈Wild Breakers〉の人たちと挨拶して、〈スイパラ〉のみんなといつものコールして――」

「いいなあ! 私もみんなと一緒にやりたかったー! ノーダイエット! ノーロカボ! ノーヘルシー! イエススイパラー――!」


 獅子王さんが〈満腹スイーツパラダイス〉のギルドコールを熱唱して。


「開始した最初はロールメインギルドの人たちと戦って――」

「おお! チェストだのござるだのヒャッハーだのどすこいだのウケる。地球時代博覧会かよー」

「その後は大手ギルドの一つの〈ナイツオブフェイトXⅠ〉に攻め込んで――」

「え!? 大手のギルマスさんに大佐さんと一緒に戦って勝ったの!? 凄いじゃん!」

「ただ最後まで粘着されたけど――」

「ペンドラゴンさんって人怖そー! 兎野君的にあれかもしれないけど……新旧ヤンキー対決?」

「……言われてみるとそうかも。他のみんなはみんなで必死で防衛して――」

「お、おお……! 胃に穴が空きそーな展開! 1秒が生死をわける土壇場どたんばだねっ!」


 終盤のてんやわんやの激闘に目を輝かせて。


「うん。終わった後はなぜかみんな踊り出して――」

「えー! それもうらやまー! 私も踊りたかったー! ってか、兎野君も踊ったの!?」

「まあ……本当にちょっとだけ。流れに身を任して――」

「そっちも見たかったー! みんなずるいなー! いいなー! 私もサンデーダンスフィーバーしたい! 不破無頼漢ふはぶらいかん様とドラさんの限定ライブコラボ参加したかったー!」


 GvG後に踊りに踊って盛り上がっていたみんなを羨ましがって。


「……獅子王さん。体育祭とか文化祭とか色々行事が終わったら。時間に余裕がある日に一緒にGvGやってみる? みんなはなんか――」

「やるやる! って!? はあ! 私だって自分の役割は把握してるし、突っ込みませーん! リアル知識カンストインテリキャラなんですけど!?」

「あと大佐さんが動画編集してくれるって話なんだけど。獅子王さんも見――」

「マ! 見たい! 絶対見る! 兎野君無双!」

「……いや、無双はしてないよ? 後半ペンドラゴンさんと鬼ごっこだったし――」


 いつもは獅子王さんが話して、俺が頷き聞く流れなのに逆転していた。


 こんなに俺から話したのは久々で。

 話したいことがたくさんあって、言葉が次から次へと浮かんで止まらない。


 理由はもう分かりきっている。

 GvGをしている時よりさらに楽しい気持ちになっているからだ。


 だって、獅子王さんは俺の話を聞く度にころころと表情を変え、楽しそうに笑ってくれるから。


「俺ばっかり話してごめん。獅子王さん、応援団の方は順調?」


 獅子王さんは応援団長に立候補して即決されたらしい。

 凄まじい人気だ。


「うん! じゅんちょーじゅんちょー! 権力とはかくも素晴らしいものだと実感してるねっ」


 大企業のお嬢様な獅子王さんが言うと洒落しゃれに聞こえなくなってしまう気が。


「問題はなし――あ! いや待って! 忘れてた! 兎野君に一つお願いがあるんだけどさ。いいかな?」

「うん。俺にできることがあればなんでも聞くよ」

「お。言っちゃったね。今、なんでもするって」


 意味深な笑いを浮かべる獅子王さんのお願いは――。


「応援団の衣装について?」

「うん。応援団といえば学ラン! ってとこまでは決まったんだけどさー。細かい部分でアドバイスが欲しくてね。

 前さ、武琉姫璃威ヴァルキリーで話した時に鷹城さんがコスプレのこと話したじゃん? 店内に色々応援団グッズがあったし。だから、兎野君に相談の取り次ぎお願いしたいなって」


 ……あれは応援団グッズではないけど、黙っておこう。


「分かったよ。鷹城さんに聞いてみるね」

「ありがと! 応援パフォも仕上がってきてるから体育祭楽しみにしててねっ」

「楽しみにしてる」


 気がつけばもう11時を過ぎていた。

 ……もう30分くらい話してたのか。


「……11時過ぎちゃったし、この辺にしておこうか」


 名残なごり惜しいけど、また明日学園で会って話せるのだから。


「……おー、いつの間に。そだね。来週の今日は体育祭だし。パフォーマンスを落とすわけにいかないもんね」


 そうして……通話を切ればいいのだけど。

 お互いに間ができてしまう。


「あ。兎野君。気分悪くしたらごめんだけど……」


 先に獅子王さんが切り出してしまった。


「もし。もしも。次にビデオ通話する時があったらメガネフォーム兎野君に戻ったりする? 別にメガネフォーム兎野君が嫌いじゃなくて……その、だから、えっと」


 獅子王さんの声がどんどんか細くなって消えていく。

 メガネや長い前髪はあくまで俺にとって一つの境界線だった。


 自分と自分以外。家族と他人。親しい人、安心できる人とそうではない人。


「うん。外だと……保証できないけど、家なら大丈夫だよ」


 答えは決まっていた。

 我ながら情けない答えだけど、下手にごまかしたりもしなくない。


「……そか。よかった。家限定でも、嬉しいな。一歩前進だね」

「前進だね」


 そしてまた沈黙に戻ってしまう。

 今度は俺の方から切り出さないと。


「えっと。じゃあ、獅子王さん。おやすみ。また明日」

「う、うん。兎野君もおやすみ。また明日ね」


 お互いに手を振って通話を切る。

 スマホの画面に獅子王さんの笑顔がまだ焼き付いているように見える。


 ググッと力尽くでスマホから目を離す。

 切り替えよう。寝る準備をしないと明日に響いてしまう。


 体育祭に向けてトレーニングがあるのだから。


 寝る準備を始めようとまたベッドから降りると、今度は最近触ってないイラスト用のタブレット端末とペンタブ、スケッチブックが目に入った。


 タブレット端末とペンタブは母さんが昔使っていたお下がりだ。

 大佐さんにもイラストの依頼を受けたけど……最近は描く時間が取れていない。


 さすがにラフ画くらいは描くべきだけど、体育祭に全力を注いでるせいでその余裕も……いや、言い訳だよね。


 人の目を見て話すのが怖くなった直接の原因ではないにしろ、関わっていないとは言い切れない存在だから。


 体育祭を直前にし、拒絶反応みたいなことが起きているんだと思う。


 ――でも、体育祭が終われば描きたい意欲が湧くかもしれない。

 その時に壊れて使えませんじゃ困る。手入れだけはちゃんとしておこう。

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