第43話 オーバード・バーサーク

 目の前で一対の剣が踊り狂う。

双剣舞踏陣そうけんぶとうじん〉は超高速の八連続攻撃。


 逆に言えば、八連続攻撃が終わるまでは他の行動が一切できない。

 強引な加速で飛び退き、大剣で射程外から薙ぎはらう。


 ペンドラゴンさんはまだスキルモーションの途中、これが入れば。


「――入れば勝ちって思ったか?」


 刃は胴体に触れているだけで、押し込めていない。片手斧で無理矢理に止められていた。


「バカデカい大剣がアダになったな! トマトみたいに短剣でぶっ刺さしとけばよかったな!」


〈双剣舞踏陣〉は二刀流の剣装備限定のスキル。だから、片手斧に変えた時点でスキルモーションが強制解除される。装備キャンセルっていう小技の一つだ。


「てめェと違ってこっちは全身ガチ装備でいくらかけてっと思って――!」


 仕切り直すようにペンドラゴンさんを壁際に吹き飛ばす。

 その間に一瞬、視界インターフェースの全てをチェックし、チャットログを読み返す。


「てめェ! 俺様が話している最中に吹き飛ばすんじゃねえ!」


 もう一度死角から攻め込むも、同じように止められてしまう。


「俺様が今まで何戦やってきたと思ってんだ? 見えねえが、消えたわけじゃねえ。なら、あとはHPバーが減った瞬間に、対応すりゃいい――!」


 もう一度吹き飛ばして、仕切り直す。

 何度も何回でも、攻め込む。


「クソがッ! 何回言えば分かるんだよ! 俺様の話は最後まで聞け! 〈オーバード・バーサーク〉したところでてめェに勝ち目はねえんだよ! 時間切れでてめェの負けだ!」


 ペンドラゴンさんの言うとおり〈オーバード・バーサーク〉には制限時間がある。

 持続時間は1分。


 代わりに全ステ3倍の限界突破に、クリティカル率、与ダメージ、移動速度が2倍になる。


 ただし、全スキル使用不可で、被ダメージが3倍。解除後は2分間全ステダウン、与ダメージ半減、移動速度も強制的に3分の1に減速のペナルティがある。


 どのみち一撃もらえば死ぬ身だ。

 だから――〈オーバード・バーサーク〉に。


 これからの1分間に賭け、HPを削りきるしかない。


「まあでも、アレだ! ちょっとは骨があるみたいじゃねえか! せいぜい1分間気張ってみろよ! いやもう40秒くらいか!?」

「逃げるんですか? ルーキー相手に?」

「あ? 俺様が逃げる?」

「効果時間中は勝てないから防御に徹してるんじゃないですか?」

「柄にもなく煽ってんのか? 〈GoF〉じゃ常識の戦法だろ? バフ切れのクールタイムを狙う。最後に立ってた奴が強いんだよ!」

「でも、切れないと勝てないんですよね?」

「てめェッ! 可愛い顔して言うじゃねえか!」


 久々すぎる暴言まがいの言葉の応酬を交え、攻撃し、広間を跳びはね回る。


 相手だって視界が目まぐるしく動くし、HPバーにも意識を集中する分、疲労は溜まるはず。一撃入れる度に回復材を使用したエフェクトが出ている。効いている。


 諦めずに死角から一気に――!


「〈ソードスラッシュ〉」


 大剣が黒剣に合わされ、止められた。

 ノービスから転職するソードマンが最初に覚える攻撃スキルで。


「で、こういうやり方もあるわけだ。困った時は絶対に見えてるシステムに頼ればいいってな! 対人の基本――!?」


 ペンドラゴンさんを吹き飛ばし、さらに大剣を投げつけるも弾かれる。両手斧に持ち替え、追撃する。


 不破無頼漢ふはぶらいかんさんの言葉を借りれば、とにかく攻めて攻めて攻めて、攻めまくって、ぶっ潰す。


「今のはちょっとびびったぜ!? あと20秒くらいか!? 次はどうすんだ、黒ウサギ! 時間がねえぞ! もっと俺様を楽しませてくれよ!」


 ダメージは蓄積している。このままいけば勝てる。問題があるとすれば、〈オーバード・バーサーク〉の制限時間くらいだ。


 ……まだなのかな。


「ああでも! そうだな! ルーキー相手に逃げ勝ちって言われるのもしゃくだしな! 最後に付き合ってやるよ! かかってきやがれ――〈神速二天撃しんそくにてんげき〉!」


 高速よりもさらに上、二つの剣が交わって一つの神速の攻撃が迫る。

 ……さっきの状態なら見えても、対応できるか分からなかったけど。


「分かりました」


 両手斧から両手持ちの大型メイスに変える。理由は――ジャストガード時間延長ボーナスの特殊効果があるから。


 二つの剣が一つに交差する一瞬に合わせ、弾き飛ばす。


「ジャスガ!? てめェ!」


 ペンドラゴンさんの態勢が大きく崩れ、強制的に硬直状態に入る。

 一回転し、大型メイスを胴体に叩き込む。


 クリティカルの黄金のエフェクトが発生し、赤いダメージエフェクトが大量に輝く中、思いっ切り振り抜いた。


 ガラガラと壁が崩れ、砂埃がまう。


「……やるじゃねえか。でも、残念だったな。時間切れだ」


 それでもトドメを刺すに至れなかった。

 膝をつく。


 ペンドラゴンさんが双剣を気怠そうに揺らしながら近づいてくる。


「ああ――時間切れだ」


 俺たちに割って入ったのは緑色のトマトのかぶり物をした大佐さんだった。

 ペンドラゴンさんは驚いた様子もなく、とても楽しそうに笑って双剣を構える。


「そうだよなあ! トマトがあの程度くたばるわけがねえ! どうせ死んだふり! アンブッシュってな! 読めてんだよ! 相変わらずこすい手を使いやがって!」

「未熟! 俺もお前もな! まだまだ熟していない固く、苦く、青いトマトよ!」


 二人がつばぜり合いをしたまま俺から離れ、壁際で硬直状態に入る。

 だから、近場にある大剣を手に取り、足に力を込める。


「また説教かよ! もう俺様はてめェの弟子でも何でもねえんだぞ!」

「ドラペンよ。お前、ウサボンのキャラネームを確認したか? 跳べ!」


 その声に応じて、跳ぶ。


「あ? あんなルーキーの名前なんて――は?」


 大佐さんの背中に大剣を突き刺し、ペンドラゴンさんをも貫通し、壁にはりつけにした。


 二人の傷口からダメージエフェクトが漏れ始める。


「爆走毛玉珍獣ウサボンバーなんてファンキーでイカシた名前をつける男が、FFを恐れるわけがないだろう」

「待てよ。今の速さ、このダメ。〈オーバード・バーサーク〉のペナルティ状態じゃねえだろ」

「ああ。そうだ。ウサボンは最初。お前の〈双剣舞踏陣〉は普通にかわした。最初に発した〈オーバード・バーサーク〉はブラフだ。

 お前が40秒くらいと言ったあたりから使用し、まだ20秒の猶予ゆうよがあったわけだ。油断して相手を観察せず、力量を見誤るのはお前の悪い癖だ」

「マジかよ……」


 ペンドラゴンさんがもがけばもがくだけ、ダメージエフェクトが広がっていく。前を大佐さんに封じ込められ、身動きが取れなくなっている。


「ドラペン、確かこう言っていたな。仲間に後ろから刺されて吠え面かくなよ、と。俺も刺されたが、吠え面をかいたのはお前の方だったな」

「……ああ。そういやてめェも意外に根に持つタイプだったな、トマト」

「お互い様だ、ドラペン――〈デッドエンド・リッパー〉」


 大佐さんがそう言ってペンドラゴンさんにトドメを刺す。


「おい! 爆走毛玉珍獣ウサボンバー! てめェの名前を覚えたからな! 復帰したら――!」


 ペンドラゴンさんがまだ喋ってる途中で待機室に戻っていた。

 大剣を抜き、大佐さんが俺の方に向き直る。 


「ウサボンよ。時に密着状態での攻防はスキル攻撃のアシストの方が部があることも覚えておけ」

「はい。ところで大佐さん。大丈夫でした? 思いっ切りぶっ刺しちゃいましたけど……」

「問題ない。事前に付与する属性はテキストチャットで送っておいたからな」


 確かに大佐さんの傷口は既に修復されている。


「長話をしている余裕もない。一度退いて態勢を立て直そう。ここからはもうアルトリウスが全権を握る。ドラペンのワガママもこれまでだ」

「分かりました。2分間は俺の足がめちゃくちゃ遅いですしね」


 通常歩行でも大佐さんとの距離がどんどん離れてしまうくらいだ。


「背中を貸そう」


 ありがとうございます、と言って腰を下ろしてくれた大佐さんの好意に甘える。


「気にするな。ウサボンは小さいからな。ドラヤキ体型は勘弁だが」


 大佐さんが腰を上げ、走り出す。

 リアルの俺なら逆の立場しかできないから新鮮だ。ほぼ緑色のトマトしか見えないけど。


「しかし、とっさにブラフを張るとはな。見事だ」

「大佐さんが斬られた時は驚きましたけど、トマトのかぶり物が落ちた時に違和感を覚えて。頭装備ってあんな風に外れたっけって。

 消え方も大佐さんよりも派手でしたし。パーティー欄のHPバーを見たら、ギリ残っているのが分かりましたから」


 それに、と少し前の会話を思い返す。


「場の空気を読め、表向きの言葉に惑わされるなって。だから俺も試してみようって思いました。その後、付与する属性と跳べ、ってテキストチャットを見て確信できましたし」


 だから煽るような言葉も無理して使って、広間全体を使って、大佐さんの存在を可能な限り忘れさせようとした。


「あれだけできれば上出来だ。だが、すまなかったな。試すような真似をしてしまって。勝てたからいいものの、初めてのGvGでFFなんて嫌な思いをさせてしまった」

「いえ、俺もちょっと……その熱くなってしまいましたし。ひとまずペンドラゴンさんに勝ててよかったって思いましたし」


 ムカツクなんて言葉の感情が出てきたのは本当に久々だったから。使える手はなんでも使おうと思ってしまったし。


「そうか。ウサボンでも熱い少年の顔になるのだな」

「意外……ですか?」

「変に聞こえてしまったのならすまない。悪い意味じゃないんだ。学生の身と聞いていたが、そのわりには……大人びた印象があったからな」

「そう、ですね。もう少し年相応にふるまってもいいのかもしれません」


 大佐さんは言葉を濁してくれたけど、いつも感情を抑えているように感じたのだと思う。


 激情を表に出さないように、心の奥底に封じ込めるのが正しい選択なのか分からないけど。


 ほんのわずかな隙間から漏れるくらいはいいんだと思いたくなった。


 それこそ獅子王さんと対戦したゲームやカラオケで歌った時くらいに熱くなっても。


 ちょっとしたことでムキになったり、意地を張ったりもして。


「そうだな。だが、一番大事なのはウサボンが自然体で楽しめることだ。なにがどうあっても、ウサボンはウサボンなのだからな。むしろ、ドラペンがウサボンを見習ってほしいものだ」

「俺はどこまで行っても俺ですもんね」


 獅子王さんといる時の俺は自然体――年相応の俺でいられてるんだと改めて知った。

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