第42話 ムカツク

 正面入り口、西側入り口で戦いの音がより激しくなり、ボイスチャットからみんなの声が聞こえてくる。


 東側の入り口を守っている三人も一瞬だけ反応した。

 だけど、すぐに自分の持ち場を守ることに意識を戻した。


 あ、まずい。

 フォレストレンジャーが警戒したのか、パラディンの後ろに隠れてしまった。


 これではロードナイト、パラディンを突破してからじゃないと、フォレストレンジャーにたどり着けない。


「ウサボン。予定変更はなしだ。バフも合図まで温存。時を待て」


 はい、と大佐さんの指示に答える。

 ここだけまだ静かだ。ちょうど俺と大佐さん以外に攻め込もうとする人が消えたせいもある。


 動きがない。

 大佐さんはまだ動いてない。


「相変わらず軍隊かよって感じで仕事熱心だわ! 東側は押し切れない! もう少し遊んでもよくないかしらアッ!! とっと死ね!」

「軍隊仕込みのハードプレイも悪くないけど! 回復切れそう! 支援頑張ってー!」

「正面入り口もカッチコチー! 死んだら急いで前線復帰だよー! 補給は忘れずにね! 相手だって削れてるぞー――!って、バックアタック! そっちから潰すぞ!」


 正面も東側の入り口も膠着こうちゃく状態だ。


「そろそろ行こうか」


 大佐さんが声を発し、前に出た気配がする。

〈シャドウウォーク〉は他のプレイヤーに触れるか、別のスキルを使用した瞬間、ステルス能力が解除される。


 空を見上げる。


 フォレストレンジャーの使い魔の一つであるファルコンが旋回している。ファルコンは索敵範囲内にいる隠れている対象を暴く能力があり、見つけ次第……え? 


 大佐さんがファルコンが鳴く前より早く、姿を現した。


 三人が警戒態勢にはいる。

 なんとなく守っていた三人が狼狽うろたえている気がした。


 大佐さんが無言で駆け出し、ロードナイトが槍と盾を構え、ぶつかった。

 後方のフォレストレンジャーもスキルを使い、上空に無数の矢が広がる。


 対人戦ではFF――フレンドリーファイアが適用されているから、味方の攻撃も当たってしまう。


 だけど、武器に付与する属性を打ち合わせておけば、後は特定の属性を軽減、純粋に防御力が高い装備で固めればしのげる。


 大佐さんのシャドウアサシンが装備できる防具は軽装まで。防御力が高い装備は使えない。属性も八つあるので読みづらい。この場でやり合えば耐久差で押し負けてしまう。


 ロードナイトの足下が毒沼に変わり地面が溶ける。体勢が崩れたの見て、大佐さんがその下に潜った。


 降り注ぐ矢の雨をロードナイトを盾にし、懐に深々と短剣を突き刺した。赤黒いエフェクトで猛毒が浸食していっている。


 それでもロードナイトは死んでいない。平然と槍を突き刺そうとし、短剣で弾かれる。


 大佐さんが矢の雨を凌ぎ、ロードナイトを切り刻んでいく。


 フォレストレンジャーを庇っているパラディンも使って、射線に立たないように立ち回っていた。


 パラディンの役割の一つがHPタンク。他の人のダメージを肩代わりするスキルがある。


 その場合、攻撃力はないのでやられることは少ない。ロードナイトがやられたら次は二人だ。近づけば近接戦闘職の大佐さんが有利になる。


 だからなのか、たまらずフォレストレンジャーの人が前に出て、一直線の道が――今。


「今だ、跳べ」


 自分の強化するバフを即時使用し、跳んだ。

 フォレストレンジャーの人がこちらに反応するよりも早く大剣を振るい、胴体に叩き込む。


 ――殺せてない!?

 パラディンの人のHPを一撃で削り切れてない。やっぱりHPが上がる装備で固めている。


狂気の咆吼マッドネス・ハウリングッ」


 黒い斬撃で放つもまだ削りきれない。

 フォレストレンジャーの人が俺に矢を向け、弦を引き絞る。大剣を腹に受けても冷静だ。信頼してるからこそできる芸当。


 このままじゃ俺が返り討ちに――だから大剣を押し込んで、一緒に堀に落ちる。

 フォレストレンジャーの人を踏み台にし、跳んで落とす。


 足下からスキル発動のエフェクトがほとばしる。通路にパラディンまで出てきて盾を前に出し、着地点を限定した。


 まだ死ぬところから脱せてない。

 盾を蹴飛ばし、神殿の壁を踏みしめる。一瞬でも時間を稼げればいい。


 フォレストレンジャーの人が堀に落ち死亡扱いになったことで、矢の雨が消えた。壁を蹴って、上方からパラディンの頭部に向かって大剣を振り下ろす。


 プレイヤーの部位ごとにダメージ量が変わる。心臓、頭部は特にダメージ量が倍増する。ステータスと武器、スキルによって部位破壊もある。


 大剣が盾で防がれるも、猛毒が付与され短剣がパラディンの頭部に刺さる。

 ダメージエフェクトが発生し、パラディンも待機室に戻されていった。


「西側入り口を突破した。これから潜入する」


 既にロードナイトも倒していた大佐さんが手で合図し、内部に潜入する。


「ウサボン、先ほどはいい判断だった」

「ありがとうございます。夢中だったので、次もうまくいくとは思えないですけど」

「その心持ちでいい。二度目もうまくいくとは限らないからな。相手も学び、対策していくからな。復帰後はまた別人と思って戦うことだ」


 拠点はエリア1、エリア2、エリア3の三つの区画で分けられている。一つのエリアを解放するごとに、こちらのリスポーン地点が近くなっていく。そして、エリア3に最深部にエナジークリスタルが配置されている。


「……妙だな」


 大佐さんが呟いた。


「東側、正面。ペンドラゴンはいるか?」

「おー……そういえば。いつもならしびれを切らして正面で暴れてそうなドラペンっちいないねー」

「こっちもいないわよ。ドラペン君も大人になったのかしらね」

「ギルマスだしね。色々学んでいくものだよねえ」

「……そうか。いや、まだまだあいつは少年だよ」


 大佐さんがため息交じりに、だけど親しみを込めたように聞こえた。


「俺たちの方が誘い出されたようだな。ペンドラゴンはウサボンに興味があるみたいだ」

「俺にですか? どうして?」


〈ナイツオブフェイト〉のギルドマスターであるペンドラゴンさんとは面識がない。

 獅子王さんみたいな特殊な事情が二度もあるとは思えないし。


「俺と一緒にいるから、だろうな。あいつはすぐにヤキモチを焼くツンデレだからな。その証に先ほど倒した三人が来ないだろう? もう復帰して俺たちを抑えに来ておかしくない頃だ」

「それは……確かに」


 通路は無人で、声や足音も聞こえない。


「こっちは裏道だな。エリアの解放は……一度見逃そう。これで貸し借りなしだ。とはいえ、罠かもしれん。気を弛めずに行こう」


 ◆


 エリア3の最奥地は儀式を行う広間のような造りだ。

 儀式の代わりに中央には障壁に守られた青白いエナジークリスタルが浮いている。


 その前で、黒い甲冑を着込んだ一人の双剣士が待っていた。

 多分、ジョブはデュアルソードマスター。

 ベルセルクと同じ攻撃特化のジョブ。


「おい、トマト。不破ふは、ドラヤキ、ちょこ、他のギルメンとつるむなら分かるが、その黒ウサギは誰だ? 他のギルドから引き抜いたエースでもねえ。見たことも聞いたこともねえ。ただのルーキーだろ」


 黒い剣の切っ先を俺に向け、苛立ちを隠さない男性の声がぶつけられた。


「ギルメンと行動を一緒にするのはおかしなことではないだろう?」

「違うだろ。お前なら一人で余裕でここまで来られた。そんなお荷物なんて捨ててな」

「お荷物はやめろ。ウサボンに失礼だ」

「俺様の発言は俺様が決める」

「相変わらずだな。そもそもいいのか? 他のギルメンはまだ入り口付近で戦っているのに簡単に通して。士気に関わるぞ」

「俺様のギルドだ。部外者が口を出すなよ。それに前線はアルに任せてある。どうにかするだろ」


 それよりもだ、とペンドラゴンさんが剣で床を乱暴に叩いた。


「今日はてめェをボコすためにここに呼んだ。仲良しこよしもいいがな。度が過ぎる。てめェならもっと上でやれるだろ。もったいねえ」

「勧誘か? 悪いが、移籍する気はないし、〈WBスイパラ〉が下と思ったこともない。しかし、二対一で勝てると本気で思ってるのか? 俺とお前の腕は互角。そこにウサボンがいれば、負けるのはお前だぞ?」

「はっ!? 俺様がルーキーに負けるかよ! むしろ、トマトの方が足を引っ張られるんじゃねえか!? 仲間に後ろから刺されて吠え面かくなよ!」


 会話に参加する暇もないというか、ペンドラゴンさんは俺なんて眼中にない。


「さあ、楽しもうじゃねえか! トマトォッ!」


 しかし、ペンドラゴンさんの標的は俺だった。一気に俺の方へと距離を詰めてくる。


 速さは大佐さんと同等だ。移動速度は敏捷やジョブにも左右され、プレイヤー自身の思考能力も影響する。


 速く動けても認識できなければ意味がない、という感じなんだろう。

 だからこそ大佐さんも反応していた。


「やっぱりな! トマトなら守るよな!」


 一対の短剣と剣が交差し、剣戟けんげきが繰り広げられる。


 大佐さんもペンドラゴンさんも攻撃スキルは使用しない。使うのはあくまで能力を高めるバフスキルだけ。


 攻撃スキルはゲームシステムのアシストによって、プレイヤーに当たりやすいように補正される。逆に言えば決まった動き、エフェクトになる。


 普通ならさばくのも覚えるのも大変だけど、二人は対応できると動きを見て分かった。


 俺が割り込む隙がない。

 しかし、互角とあってペンドラゴンさんは大佐さんに押さえ込まれている。


 ……このまま障壁を壊し、エナジークリスタルを破壊してもいいのでは? と思いもしたけど。


「おい! てめェ! ぼーっと突っ立てんじゃねえ! かかってこいよ! やる気あんのか!?」


 時折、ペンドラゴンさんが粗暴な言葉を浴びせてくる。


「ドラペン。そろそろ言葉使いも直せ。見知らぬ相手にもそれではいずれ累積警告でアカバンされるぞ」

「ハッ! そん時はそん時だ! 俺様は俺様のやりたいようにやる! それだけだ!」


 リアルなら卒倒しそうな言葉を浴びせられても、俺の心は動じない。

 なんでだろうと思って……ああ、そっか。


 昔の俺――小学生の頃の俺の言動にそっくりだからだ。一人称の俺様も含めて。

 ペンドラゴンさんを悪く言いたいわけじゃない。


 俺が見ないように、思い出さないように、過ちを犯さないように。


 心の奥底に封じ込めていた感情で、誰にだって多かれ少なかれあるもので。


 ペンドラゴンさんは激情を自分らしさだと受け入れているだけなのだ。


「あークソッ! いらだつな! てめェ! 見学会で学習会じゃねえんだぞ!? やる気ないなら待機室戻ってろ!」


 あっ、と思った瞬間に遅かった。

 視界がスローモーションのように動く。


 目の前にスキルによる炎の斬撃。回避も、防御も間に合わない――目の前に大佐さんの後ろ姿が現れた。


「ハッ! これも分かってたぜ! トマトならそうするってな! 死ね!」

「グッ!?」


 大佐さんが斬撃を弾き、体勢が崩れる。

 わずかな差が二人にとっては致命傷だった。


「すまない、ウサボン。俺は一度引く。後は、任せる」


 トマトのかぶり物が宙を舞い、地面に転がった。赤いダメージエフェクトが広がり、大佐さんの姿と共に消えていく。


 消える寸前、ペンドラゴンさんがわざわざトマトのかぶり物を踏みつけた。


「……冷めたわ。なにをこいつにこだわるんだか。無視して俺とやり合えば勝てただろうに。すっかりふぬけちまったな、トマト。ま、とりあえず黒ウサギ。てめェは目障りだから死んどけ。――〈双剣舞踏陣そうけんぶとうじん〉」


 俺なら捌けないと物理攻撃スキルによる連続攻撃が迫る。


 足が、動かない。俺が自分の感情に囚われたせいだ。俺がいなければ大佐さんは勝てたはずだ。


 今度こそ、一撃目で俺は死ぬ。死んでもコンテニューは可能だ。またやり直せる。これはゲームだから。


 ……でも、そんな俺でも。後は任せると言ってくれた。


 それさえ、守れなかったら嫌だ。なによりそれで大佐さんが目の前の人に笑われ、バカにされるのは――ムカツク。


 ゲームだから熱くなるな? いや、ゲームだからこそ俺は、


「〈オーバード・バーサーク〉」


 熱くなって、意地を張りたくなった。

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