第41話 その場のノリで楽しめ☆

 対岸のヒャッハーな人たちも気になるけど、他の人たちの状況を確認しておく。

 ボイスチャットモードからテキストチャットモードに切り替える。


 さらに自動で音声を文章に訳してくれる便利機能をオンにする。


[†Bloody Chocolate†:オラッ死ねやアアアアアアッ! ラズベリーソースぶちまけろ!]

[ドラヤキ大魔王666世:いいぞ! みんなもっと俺を酷使していたぶってくれー!]

[SH=Mark.Ⅷ:ッシーワンショットスリーキルー雑魚乙]

蛮刀両断ばんとうりょうだんマン:蛮刀なのに槍を使う拙者! なぜなら今 一番強いからだ!]

不破無頼漢ふはぶらいかん:みんながんばれー☆ みんなのアイドルゥー☆ 不破無頼漢ちゃんが支援で応援してるぞー☆――おいそこッ! 敵隠れてんぞ! 見落としてんじゃねえ! KOROSE☆]


 ……みんな楽しんでるみたいだ。音声を変に訳している箇所があるかもしれないけど。

 そっとテキストチャットウィンドウを閉じる。


「ウサボンよ。ふざけてヒャッハーしているだけに見えて、先よりも手練てだれの集団だ。油断を誘ってルーキーをいたぶる初心者狩り。罠を踏めばウサボンの耐久では即死。毒沼で毒を浴びてもいずれ死ぬ。解毒は終わってからしてやろう」


 そしてまた大佐さんから指令が出る。


「……分かりました。じゃあ」


 先のことを踏まえ、近場の大木を切断し、毒沼に蹴り飛ばす。


「おー? おいおい! 見慣れない可愛い黒ウサギちゃんが丸太に乗ってピョンピョンしてるじゃーん! ヒャッハー!」

「ってか、あいつチキン野郎のベルセルクじゃーん!? 飛んで火に入る夏のウサギじゃーん! ぶっ殺すしかねえっしょー! ヒャッハー!」

「爆発四散で退場して泣きべそかくなよ黒ウサギちゃーん! オライクゾゴルァ! ヒャッハー!」


 毒沼に浮いた大木を足場代わりにして接近する。


〈世紀末ヒャッハー珍走団〉とあって、〈幕末辻斬りごめんご藩〉さんたちよりも威圧感がある。顔も凄い怖いし、言葉にも圧倒される。


 足が止まりそうになるけど、恐れをかみ殺して接近を試みる。


「〈スモークボマー〉! ヒャッハー!」

「〈デスダート〉! ヒャッハー!」

「〈ヘルアシッド・ストレイン〉! ヒャッハー!」


 ハイローグの人たちが煙幕に、投擲とうてき武器を投げ、毒液状の矢が降り注いでくる。

 煙幕には視界が狭まる状態異常の暗黒が付与される。


 当然視界は狭まるけど……見える。

 飛んでくるナイフや矢の投擲武器は遅く、大剣で弾き落とせる。


 何度も練習につきあってくれた大佐さんよりも遙かに遅い。


「――ヒャッハー!」


 ……そうして〈世紀末ヒャッハー珍走団〉のハイローグさんたちが爆発四散し、待機室に戻っていた。


「想像していたよりも楽? と思ったな?」

「あ。それは……まあ。ちょっとだけ」


 攻撃は分かりやすいし、こちらが装備もステータスも火力特化にしていることもあるけど。一撃が入れば倒せてしまった。


「一戦目はだいたいみんな遊ぶ。それに〈幕末辻斬りごめんご藩〉も〈世紀末ヒャッハー珍走団〉も勝つことよりロール優先で楽しむギルドだ。

 似たようなコンセプトのギルドはまだまだいる。皆が皆、同じ目標で動いているわけではない。だから、ボイスチャットもオープンにしている」


 大佐さんが指先でチャット設定画面を叩く。


「とはいえ、俺たちのような普通の対人勢はギルドやパーティー専用チャットを使う。相手が何をするかはなるべくプレイヤーの目線や動作、発動エフェクト、場の空気を読む。表向きの言葉に惑わされないようにな」

「そうですね。忘れずに覚えておきます」

「ああ。だが、ウサボンよ。自分が思い描いたとおりに動き、相手を倒せるのは楽しいだろう?」


 厳しめな口調だった大佐さんの声が柔らかくなる。

 サングラスで目は見えないけど笑っているのが分かった。


「まだプレイヤーを倒すのには慣れないですけど……思ったとおりに動いて、相手を倒せた瞬間はやったって感じで。やっぱり楽しいって思っちゃいますね」


 もの凄い跳躍ちょうやくやリアルなら持つこともできない無骨な大剣を振るうことも、ゲームの中でしか味わえない。


 リアルと比べることでもないけど、短距離走の練習とは雲泥うんでいの差だ。

〈GoF〉では無駄な力も入らないし、無意識に動ける。


 それでもきっかけの一つになってくれればと思い、願ってしまう。


「フルダイブのVR故、最初は慣れない人もいるからな。じきに慣れるし、動きもさらに上達する。しかしまあ、チェストだの、ござるだの、ヒャッハーだのと叫ばれて驚いただろう?」

「普段の〈GoF〉中でも聞き慣れない言葉でしたからビックリしました。大佐さんに貰った動画にも出てきてなかったですし」

「当然だ。ウサボンに提供した動画はだいたい二戦目からだからな。毎週チェストだのござるだのヒャッハーだの。その他もろもろ狂気の叫びを編集した動画でも聞いてたら頭がおかしくなるだろう?」


 だからこそ、と大佐さんがつるっとしたトマトの衣装を撫でてる。


「俺には小さくも美しい天使たちの癒やしが必要なのだ。分かってくれたか、ウサボンよ」

「な、なるほど」


 小柄な女の子が登場する日常系四コママンガやそのアニメを好む理由の一つが、こんなところにあるとは思いもしなかった。


「そろそろ移動しよう。手堅いとこは既に拠点の守りを固めている頃だ。大手の一つの〈ナイツオブフェイト〉とかな」

「そうなんですか?」

「堅守で有名なギルドだからな。最初から最後まで拠点防衛特化。攻め落とすのは難しい。GvGに参加しているのは1軍であるXⅠから、2軍のZⅡ、3軍のYⅢ。

 窮地きゅうちに援軍を呼ぶギルドではないが、その分練度はトップクラスだ。さらに育成下部組織として教導隊がある。本物の騎士団みたいなところだな」


 三戦目の最後に拠点を取っているギルドらの勝ちだけど、長時間防衛は精神的に大変だと思う。


 拠点を制圧した防衛側の勝利条件は、最奥地にある庭園を維持するエナジークリスタルを破壊されないこと。破壊されると制圧ギルドが変更される。


〈GoF〉のプレイ中は自分の視点しか存在しない。上からキャラクターを見て動かすような視点はない。だから、常に死角からの奇襲に警戒しないといけない。


 休憩時間が設けられているとは言え、その間に相手も作戦を立てられる。攻めてくるギルドが一つとも限らないし。


 極論、三戦目の最後の瞬間に取れればいい。

 もちろん拠点での攻防、せめぎ合いが好きな人たちでもあるんだろう。


 大佐さんが言ったとおり方針だってギルドの数だけあるのだ。


「ところで今日の俺たちはどう動く予定なんですか?」

「状況次第だな。毎週だいたい行き当たりばったりで、その場のノリで決める。硬直状態なら俺たちが場を食い散らかす。我々〈WBスイパラ〉は脳筋ばかりだからな。さあ、ウサボン。もうしばらく野良の獲物を食らい、慣らしていこう」


 ◆


「よーし! 今日は〈ナイツオブフェイトXⅠ〉をぶっ潰そー!」


 第一戦が終了し、待機室に戻ると不破無頼漢さんが気楽に言った。

 先ほどの大佐さんの話で出た堅守で有名な〈ナイツオブフェイト〉。


 そのXⅠってことは一番強い人たちがいる拠点を攻め落とすらしい。


「うんうん。いっぱい攻撃飛んできて楽しめそうだしねー」

「最近はNoFのXⅠとぶつかってなかったものね。いいんじゃないかしら」


 ドラさんとちょこさんが相づちを打つと、他の人たちも「賛成ー」と賛同した。

 これがその場のノリで決めるってやつなんだろう。


「よっしゃ! 決定! 拠点の座標は既に把握してあるから、みんなマップに登録しておいてね。忘れた奴は〈セイント・サテライト〉食らわせるぞ☆」


 中央のテーブルに今回のマップが表示され、俺たちが見て歩いた箇所だけ視認できるように書き込まれている。


〈ナイツオブフェイトXⅠ〉が制圧している拠点はほぼ中央。


 一番目立つやすく、狙われやすそうな場所だ。

 それだけ防衛に自信があるんだと思う。


「こっから先はみんなボイチャ共有でよろー! まずは近場のリスポーン地点をゲットしてー作戦はー攻めて、攻めて、攻めまくってー――ぶっ潰すぞ!」


 ヤー! とGvG開始前よりも激しい雄叫びが響き渡った。


 ◆



〈ナイツオブフェイトXⅠ〉が制圧している拠点は寂れた石造りの神殿で、周辺をぐるっと深い堀で囲まれている。入り口は三カ所。


 一番広い正面の入り口には延々と、休む暇もなく魔法や物理攻撃スキルが降り注いでいる。


 他のギルドの人たちも攻めようとしているみたいだけど、拠点に足を踏み入れる前に吹き飛ばされている。


 木々の茂みに紛れながら移動している間も、轟音と叫び声が聞こえてくる。


「……〈Wild Breakers〉の人たちはあの弾幕の中で正面突破する気なんですか?」

「正面入り口は敵を釘付けにする役目もある。序盤は根比べだ。ほころびができれば、他のギルドも便乗する。……とはいえ、簡単にはいかないだろう。

〈ナイツオブフェイトXⅠ〉は編成から配置に指揮までサブマスのアルトリウスが仕切っているからな。多少の揺さぶりには動じない」

「ギルマスの人じゃないんですね」

「ギルマスの……ペンドラゴンは戦闘専門だ。〈GoF〉の対人戦におけるトップランカーだからな。ギルメンも先ほどまで遭遇してきた敵とは別と思った方がいい。だが、俺たちも負けていない。もちろん、ウサボンもな」


 頑張ります、と大佐さんの言葉に頷く。

 一戦目の時はいくつかのギルドの人たちと遭遇し、倒すことに成功した。


 だけど、対人戦も本当に慣れ始めたばかり。ここからが本番だと気を引き締める。


「恐れることはない。存分に食い散らかせばいいだけだ」


 俺と大佐さんは東側の入り口から潜入し、陽動要員として動く。


 ドラさんとちょこさん率いる〈満腹スイーツパラダイス〉のみんなは反対の西側の入り口から。


 東側の入り口に通じる道は、二人が並んでギリギリ渡れる幅しかない。左右の堀も深く、底が見えない。落ちたら死亡扱いになりそうだ。


 見える範囲で守っているのは片手槍に盾を持ったロードナイトが前衛として前に立ち、入り口付近に弓を持ったフォレストレンジャー、重武装のパラディンの三人。


 こちらの入り口でもちょくちょく攻め込もうとする人がいるけど、見事な連携で倒しきり、時には堀に落としていっている。


 ギルド専用ボイチャで連携をとってるらしく、声は一切聞こえてこない。


「ウサボン。先陣は俺が切ろう。合図をしたら迷わずフォレストレンジャーを叩き斬れ」


 大佐さんがそう言って〈シャドウウォーク〉のスキルを使って姿を消した。


「え? 前衛のロードナイトではなく?」


 大佐さんなら一人で簡単にロードナイトを倒せるってことなんだろうけど。


「ああ。フォレストレンジャーの方だ。全力で跳べ。ウサボンならできる」

「分かりました。全力で跳びます」


 大佐さんにここまで言われたら、もうなにがなんでもやるしかない。


『しゃー! みんなー準備はいいかなー!?』


 ボイスチャットから不破無頼漢さんの声が聞こえてくる。


『いくぞー! 5、4、3、2、1――全員突っ込みやがれ!』

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