第39話 特訓特訓、また特訓

 勉強漬けの日々はあっという間に過ぎ去り、中間考査テストも無事に終わった。


 結果は平均点ギリギリ越えたといったところで、本格的に体育祭に向けての練習が始まったわけだけど。


「なあ、TBSGかNRAUのどっちがいいよ?」


 体育の時間に設けられた合同練習でストレッチをしていると、根津星ねづぼし君が謎の単語を発した。


「なんだそれ……」


 安昼あひる君が面倒くさそうに聞き返した。


「チーム名だよ、チーム名! 卓球部、バドミントン部、水泳部、そして帰宅部。もしくはそれぞれの名字をもじったやつ」

「どうでもいい」

瑠璃羽るりばよぉ、どうでもいいはないだろ。一緒に一つの棒を繋ぎ、人馬一体となって戦う仲間なんだぜ?」

「キモい言い方やめろ」


 からむ根津星君に、瑠璃羽君は辛辣しんらつな物言いで突っぱねる。

 早くもチーム瓦解がかいの危機が……。


 瑠璃羽君は中性的な顔立ちで、物静かな雰囲気がある。部活はバドミントン部。


 一人でいることが多いけど、俺と違って言う時はキッパリ言える人だ。


「まあまあ。二人とも落ち着けって」


 勝ち気な根津星君に、冷静な瑠璃羽君、そしてまだ二人に慣れていないコミュ力不足の俺。


 必然的に安昼君が緩衝材となってまとめ役になっている。


「俺は落ち着いてるって。じゃあ、兎野はどうよ? どっちがいい?」


 俺もどっちでもいいのが本音だったりする。

 こういう時どう言うのが正解なんだろう?


 瑠璃羽君みたいに正直に答えるのが正解なのか、にごすのか、ネタの一つでも仕込むのは……一番無理です。


「俺は……どっちでもいいかな?」


 結局、一番無難そうな答えを選んでしまった。


「兎野もかよお。もっとバチバチ熱くなろうぜ。1Bは聞いた話じゃリレーメンバーはVBSGなんだよ。バレー、バスケ、サッカー、陸上。モテパにガチパなんだよ。気に入らねえ」

「根津星よ。陸上はGroundじゃなくてTrackの方な。だからVBSTだ」

「まじかよ、安昼。陸上なのにグラウンドじゃねーのかよ」

「スポーツ推薦とはいえ、よくうちに入れたな……」

「一生分の奇跡じゃん」


 安昼君と瑠璃羽君の冷めた眼差しにも、根津星君は気にした様子がない。


「おうよ! 今回も赤点ライン全て1点上回ったからなっ! 赤点なしだぜ!」


 それどころか自信満々に胸を張っている。

 確かに赤点なしはちゃんと勉強している証……でいいんだよね?


「まあでも俺たちTBSG対VBSTのがどっちが本物かの勝負感あっていいか! よっしゃ! TBSG決定な! しゃ! いくぜーTBSG!」


 根津星君が拳を突き上げるのに合わせ、


「おー……」


 俺も申し訳程度に拳をあげる。


「兎野。無理して合わせる必要はないんだぞ?」

「無理する必要は……ない……」

「……そうなんだ」


 二人に優しく助言されてしまい、拳をそっと下ろした。

 体育会系のノリは難しいな。


「って! 下げるな下げるな! 兎野だけかよ、分かってくれる奴はよ! 大丈夫かあ、このチーム!?」


 ◆


 一度、通しのリレーの練習が始まった。

 みんな運動部だけあって速く、すぐに俺の番がくる。

 最初はタイム順で俺がアンカーになった。


 クラスメイトのみんなは他の種目の練習をしているので、トラックの順番待ちをしている人たちが見ているくらいだ。獅子王さんもその一人で、じっと練習の様子を見ていた。


 そのおかげもあってか走れはした。息もそこまで上がってない。


 だけど、本当に走れはしただけで……遅い。

 中学生どころか小学生の時よりも遅い気がする。


「なあ、兎野さ」


 根津星君が頭の後ろで手を組みながら俺の方に近づき、


「どっか怪我してんの?」


 何げなく聞いてきた。


「おい、根津星。お前なあ……」

「デリカシーがなさすぎる」


 後に続いてきた安昼君と瑠璃羽君が言った。


「いやだってよ。体力測定の時よりも遅いぜ?」


 根津星君の指摘は間違ってない。

 体力測定の時は周りを気にする余裕もなく、ある意味無駄な力がないから速く走れたんだろう。


 今はところどころに無駄な力が入って、フォームもグチャグチャになっている。


「怪我をしているわけじゃないんだけど」

「そーなんだ。体調悪かったりする? 無理すんなよ?」


 根津星君も純粋に心配してくれてるだけだ。

 でも、端から見たら無理しているように見えるんだ。


 理由を打ち明けないのは……みんなをだましている行為だとは分かっている。

 だけど、失望したような目で見られるのが怖い。


「……100メートル。全力で走るのが久々で。フォームがなんか、その。バラバラになってる感じがして。でも、体育祭には間に合わせるから」


 それでも裏切る真似だけはしたくない。


「なるほどな。兎野は帰宅部だし。全力疾走なんて久々だもんな」


 安昼君が顎に手を当て考え込む。


「……俺が知っているところだと。大会でスタート失敗して挽回しようとしたらフォームがバラバラになって、呼吸するタイミングまでおかしくなって水まで飲んじゃって途中棄権って人もいたな。それからフォームを修正するのにかなりの時間をかかったり」


 さらに瑠璃羽君も頷く。


「僕も聞いた話だとサーブミスしすぎて、サーブが入らなくなった人がいる。怪我明けに練習を再開したら、フォームのバランスが崩れた人も」

「俺は一度もねえがな! なぜならば! いずれ卓球界の一番星になる男だからな!」


 根津星君が親指で自分を指さし、ドンと胸を張った。


「……こういう奴が一番危ないんだよなー」

「自信家ほど挫折の落差が激しいものだ」

「そこはスゲー! カッケー! でいいだろ!?」

「まあでもそういう奴ほどい上がったらヤバいってのもあるな」

「バカと天才は紙一重」

「だから……! いや、それは……褒めてんのか?」

「もちろんだ」

「今回ばかりは褒めたつもりだ」

「へへへ、そうか。ありがとよー」


 安昼君と瑠璃羽君の頷きに、根津星君は照れ笑いを浮かべた。

 俺から見れば、根津星君の自信は羨ましく感じてしまう。


 安昼君と瑠璃羽君が俺の方に向く。


「まあ、兎野。そういうのってさ。わずかでも、少しずつ慣らしていくしかないからな。あえて時間を置くって方法もあるし」

「サボタージュも時には役に立つよ。困ったら……僕も相談に乗るから」

「おう! 俺は……まあ、短距離わかんねーし! フットワークのトレーニングで活かせるのがあったら聞いてくれよな!」


 三人とも話して見れば、違いはあるけど何かに情熱を注ぐ人たちなのだ。

 悩みを聞いたら真っ直ぐに答えてくれる。


「ありがとう」


 俺はみんなの好意にも応えたい。


「いーってことよ! しゃー! じゃ、もう一本いっとくかー! レッツゴーTBSG!」

「それはやらん」

「ダサいからやめろ」

「えっと……ははは」


 こんなやり取りもわずかでも、ちょっとずつでも慣れていこう。


 ◆


 練習できる場所を自転車で探し回った結果、土手の横にあるグラウンドに決めた。


 普通の公園だと小さい子を怖がらせてしまうし、他の人の迷惑になりそうだったので場所探しは苦労した。


 ただお巡りさんの巡回ルートなのか、定期的にやって来ては一瞬だけ立ち止まり、じっと見てから去って行く。


 たまに散歩中の人や別のトレーニングをしにきた団体さんもいる。


 スカジャンジャージも慣れないし、ますます人の目が気になる。動きは学園でした時よりも遙かに硬い。ガチガチだ。


 それでも練習はやめない。続ける。

 スマホの動画やみんなの意見を参考にしたトレーニングをこなしていく。


 体育祭まで2週間とちょっとしかない。


 タイムを伸ばす練習ではなく、今の自分の最高のパフォーマンスを出せるようにフォームを固める。メンタルを克服する。


 この二つだけをやっていくしかない。

 みんなが言っていたとおり、本当に慣れていくしかないのだから。


 ◆


〈GoF〉の方でもドラさんと直接GvGの参加の件について話した。


「ウサボン君がついにGvGデビューする気になるとはねえー。ドラさん嬉しいよー、と言いたいけど、学業の方は平気?」

「はい、そっちは大丈夫です。ちょうどテスト終わりましたし。本当に申し訳ないんですけど、まずは1、2週間。短期間の参加でお願いしたいと思ってるんですけど……」

「いーよ、いーよ。対人なんて合う合わないあるからさ。無理にやったって楽しくないし」

「……そう、ですよね」


 ゲームは本来楽しむものだ。

 俺みたいに別の意味を持たせるのが、おかしいのかもしれない。


「……まあ、でも。楽しむにも色々あるしねえー。戦うのが好きなんじゃねえ勝つのが好きな俺ツエー路線もあるし、俺より強い奴に会いに行く求道者スタイルもあるし、みんなで仲良くエンジョイってのもあるし。

 人の数だけゲームをする意味ってあるからね。だから、ドラさんとしてはウサボン君にも対人戦を楽しいって思ってもらうために協力はおしまないよ!」

「ありがとうございます。よろしくお願いします、ドラさん」

「そりゃーとーぜん。なぜなら俺は〈満腹スイーツパラダイス〉ギルドマスタードラヤキ大魔王666世だからね!」


 それからドラさん主導で対人用のステや装備をシミュで練って準備し、他にもトマト大佐からGvGの動画を何本か送ってもらい、視聴した。


 動画は大佐さんの目から見たFPS視点と、キャラを上から見るTPS視点の両方がある。


「おい! 後ろ抜けられてんぞ! 誰も見てないのかよ!? 誰かいけない!?」

「今押し返せる! 前に火力集中させろ! いけいけ! ライン立て直せ!」

「はあ即死!? ごめん、死んだわ! 東側のカバー頼むわ!」

「まずいです! 相手の押し上げ! こっち全員食われてます!」


 激しい言葉と攻撃エフェクトが飛び交う中、


「全員殺したぞ。相手の防衛地点はがら空きだ。攻め込める」


 大佐さんは冷静に相手キャラを殺し、時には息を潜め奇襲し、相手の攻撃を難なくかわして敵陣を荒らし続けていた。


 GvGは一戦30分の計三戦。決められたいくつかの拠点を最後まで守りきったギルドの勝利になる。


 何週間分に二つの視点の動画なので、最初は見ているだけで頭が痛くなってしまった。それも繰り返し見る間に慣れてきた。


 さらに空いた時間がある夜には、大佐さんから対人戦について教えてもらうことになった。


「では、始めようか。ウサボン」

「お願いします、大佐さん」


 対人専用のPvPルームで大佐さんと向き合う。


「基本GvGもPvPも同じだ。相手を殺す。そのためには相手の名前、動き、ジョブ、スキル、装備、地形。あらゆるものを頭に叩き込まねばならない」


 大佐さんはシャドウアサシン。

 短剣の二刀流がメインで、一撃にかけるより手数で勝負し、防御よりも回避のジョブだ。


 対して俺は両手持ちの武器しか持てないベルセルク。タイプ的には違うけど。


「〈GoF〉はキャラのサイズによって被ダメージ量が変わってくる。大きければ的はでかくなるが、被ダメージ量に下方補正が入る。逆に小さければ回避しやすくなるが、被ダメージ量が上がる」


 俺の爆走毛玉珍獣ウサボンバーはサイズ的に小型の部類に入る。


 だから、重装備の防御力が高い装備で固めるよりも、軽装備で属性カットで固めた回避主体。ステータスも力を最大に振り、残りを敏捷と体力と器用に平均的に。


「ウサボンの場合、ヒットアンドアウェイ。回避を主体においた戦い方だ。一撃もらえば即死と思って動け。普通のゲームなら必中攻撃で死ぬが、VRの〈GoF〉なら対応も可能だ。では始めようか、ウサボン」

「お願いします――」


 挨拶をした瞬間、大佐さんが視界から消え、首筋に刃が迫っていた。


 大剣で弾き飛ばし、カウンターを狙うも大佐さんが投げた短剣に軌道をそらされる。


 そのわずかなズレをぬって、再び喉元に刃が突きつけられてしまう。

 スキル発動もないただ普通の攻撃だった。


「俺の攻撃を初見でさばくとはな。やるな……ウサボン。だが、それまでだ。自身に対する守りは完璧に等しいが、相手を倒す攻撃は直線的。対応しやすい。

 モンスター相手のPvEと違い、対人は相手が何をしてくるか分からない。常に最悪のケースを想定しろ。最も大事なのは練習だ。しっかり頭に覚え込ませろ」

「はい。よろしくお願いします」


 そうしてリアルとネットでみんなの手を借りる日々が過ぎていく。


 武琉姫璃威ヴァルキリーのバイトがある日は主に大佐さんとの練習にあて、他の日は短距離走の練習を優先。


 獅子王さんとは学園でも話すし、IWSNイワシンやロジックコードでもやり取りをする。


 休日には少しの時間〈GoF〉で遊んだりもして。


 けれど、やっぱり。寂しさを感じてしまうのはどうしてなのか。


 それでも今はやることがあるといい聞かせ、壁を乗り越えることに集中する。


 そして一週間と数日。

 日曜日の夜が訪れた。

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