第38話 もう一つの戦場へ
「へい、兎野君! この後空いてる!? ちょっと茶店で茶しばきにいこーぜっ!」
放課後、帰り支度をしていると獅子王さんが親指をグッとあげて誘ってきた。
「うん。空いてるから行けるよ」
予定はないから返事は決まっていたけど。
獅子王さん的にはほどほどに我慢した結果の誘い方なんだろうか。
でもストレートにせよ、変化球にせよ、いつもよりぎこちなさを感じる。
理由は分かる。
今日は6時限目までだったので、体育祭についての話ができなかった。5時限目の後の休み時間は
「じゃあな、兎野に獅子王さん」
「ばいばーいっ」
「
安昼君が声をかけ、他のクラスメイトと一緒に教室を去り、
「じゃ、レオナに兎野。あたしら先に帰るから」
「テスト勉強しっかりするんだぞ。ハヤケショー」
「俺たちも行こうか」
「……そだね」
そうして俺たちも教室を去り、喫茶店に向かった。
◆
獅子王さんは珍しくメロンクリームソーダしか頼まなかった。
ここに来るまでの間も口数が少ないと感じてしまったし、理由はやっぱり。
そんなことを考えていると、俺が頼んだアイスコーヒーの氷がカランと鳴った。
「体育祭さ。その、頑張ろうね」
獅子王さんが切り出した。
「そうだね。頑張ろう」
俺がそう答えるとまた沈黙が続く。
やっぱり気にするし、気になって当然だ。
「獅子王さん。俺は大丈夫だよ。あの時、獅子王さんに言ったのは強がりでも、嘘にはしたくないと思ってるから」
獅子王さんは俺の方を数秒見た後、視線を落として自分のグラスをちょんと突いた。
あの時ってあいまいな表現でも伝わっているのがなんとなく分かった。
「うん、知ってるよ。兎野君が凄い勇気を出して、あそこに立って言ったんだって。でもそれは、私が変な気を
はあ、と獅子王さんが大きなため息をついて力なく笑う。
「桜に言われたとおりKYのKYだよねえ」
「確かに……そうかも」
「うっ。本人に言われるとダメージが」
「でも俺にはない、獅子王さんらしい部分でもあるし。俺なら気を遣うだけで、言いたいことも言えなくなるだろうし。どんな理由があったとしても、獅子王さんがいたから踏み出せたから。感謝こそすれ、迷惑だなんて思わないよ」
もちろん見切り発車なのは否めない。
解決策なんてまだなにも思いついていない。これから対策を考えていかないと駄目だけど。
それでも俺はあの時の言葉を嘘にしたくない。
そして、なによりも。
「獅子王さんには体育祭を楽しく笑って頑張って欲しいと思ったし。俺のせいでできなくなるのは嫌だから。だから俺もかっこ悪いところは見せたくないって思うし」
「え!? そ、そーなんだねっ! ぶほっ!?」
「し、獅子王さん大丈夫!?」
まだ溶けきってないバニラアイスにソーダまで、ストローで勢いよく飲み込んじゃったらしい。
ゲホッゲホッ、と獅子王さんがむせてしまうも、手で大丈夫とアピールした。
「兎野君、心配しなくていいから。大丈夫だからー。……うん。私たちにしんみり空気は似合わないよね。マジで期間限定フェスでよし」
獅子王さんは涙目になりながらもおかしそうに笑う。
やっぱり獅子王さんには笑顔が一番似合う。
「うん。しんみりムードフェスはこれにて終了です! じゃあ、こっから悲しみの倍額キャンペーン日常モードっ。兎野君の体育祭イベント克服には協力を惜しまないし。なんでも言っていいからねっ」
「ありがとう、獅子王さん」
とはいえ、本当に何をすべきか考えていかないと。
「まずは放課後に短距離走の練習を始めるところからかな」
「おー。学園でやる?」
「それもありかなって思ったけど、運動ができる広い公園とかを探してやろうかなって」
「ほうほう。その心は?」
「体育祭は全校生徒に保護者の人も来るし。もちろん一番怖いのは……同級生の目ではあるんだけど。でもまずは徐々に慣らしてこうかなって。公園とかでトレーニングとかする人って意外に目立つでしょ?」
「うん。確かに。おっ、孤高のボクサーさんかなって思うし?」
「だから、母さんが用意してたスカジャンジャージを着てやろうかなって」
「兎野君のスカジャンジャージ!?」
獅子王さんが身を乗り出してきたけど、すぐに苦しそうな顔になって席に座った。
「み、見たい……! けど、今は我慢する! 後方彼女面モードだから!」
「えっと。別に見学してもいいよ?」
「ダメダメッ! やっぱり本番を意識しないとさ。兎野君が頑張る場所で、私がいたらいつもみたいな感じになっちゃうじゃん?」
それに、と獅子王さんは一度ストローに口をつけ、間を取った。
「私がいたら……その、う、兎野君。ほっこりしちゃうでしょ?」
獅子王さんの指摘を受け、公園で練習している状況を想像する。
「そうだね。安心しちゃいそう」
「で、でしょ!?」
そしてまた獅子王さんが食い気味に頷いた。
「う、うん。そもそも獅子王さんも応援団で忙しくなるし。俺に付き合う時間はなさそうだよね」
「……そうだった。忘れてた」
またしゅんとなって席に座ってしまう獅子王さん。
「その、お互いに頑張っていかないとね」
「だ、だね。頑張ろー。マジで応援団としてめっちゃ盛り上げてみせるからさ! 期待しててね!」
「もちろん。期待してる」
そう言って自分のことを改めて考える。
慣れない環境で練習する。
これだけじゃ根本的な解決、克服はできない気がする。
体育祭独特の熱気や声援はそう簡単に体験できないものだから。
今の俺が頼れる人、行ける場所――考えを巡らせて、一つの答えに辿り着く。
「……〈GoF〉の対人戦に参加できるか、ドラさんに聞いてみようかな」
「〈GoF〉の対人戦?」
獅子王さんが驚き、首を傾げる。
「うん。GvG。ギルド同士の対人戦の方。今は無差別オープン戦の方でやってるのかな」
ドラさんとちょこさんは元々大手のトップギルドの一つに所属していたけど、結婚を機に脱退し、今は傭兵という形で元の所属先に参加してる。
俺が〈GoF〉で所属しているギルドの〈満腹スイーツパラダイス〉は、参加自由の方針だ。もちろん参加には事前申告が必須なので、ドラさんに確認しないといけない。
俺や獅子王さんは学生の身だし、GvGは毎週日曜日の夜。あまり時間を割けないこともあって、参加していなかった。
リアルに似てるけど違うネットの集団戦。
対人戦をしている人は基本地声だ。声優モードは使っていない。そうしないと誰がどこで言っているか分からないから。
さらに戦闘が激しくなれば、きつい言葉が飛び交う時だってある。
なるほどー、と獅子王さんが声量を小さくして聞いてくる。
「ちなみに爆走毛玉珍獣ウサボンバーとローリングアンゴラ、どっちで参加予定?」
「ウサボンバーの方かな。レベルもそっちが150でカンストしてるから」
爆走毛玉珍獣ウサボンバーのジョブはベルセルク。
近接物理戦闘職で最前線で相手とやり合うことになる。当然、相手がオープンチャットなら声も聞こえる。
ただ希望が叶うかはまだ分からない。なにせ俺は対人戦未経験の初心者なのだから。
「元祖ウサボンの方か。参加できるといいね。私は応援してるからっ」
「ありがとう。ドラさんにちゃんと話してみるよ」
獅子王さんが外の景色を眺める。
「……しばらく一緒にいる時間減っちゃうね」
「それは、そうだね。でもテストが終わったら、息抜きに遊ぶくらいはできるし。週一くらいならいいんじゃないかな?」
え? と獅子王さんが俺の方に向き直る。
「いい……のかな?」
「
「うん……うん。そうだよねっ。体育祭を全力で楽しむ、そして全力で勝つ。両方やらなきゃいけないってのが、私たち高校生にとって大変なことだよね」
獅子王さんが腕を組み、力強く頷くのを見て、笑って答える。
「一つでも大変なのにね」
「だよねー。でも、我々うら若き高校生が青春を
「……そうだね。今だからこそ。欲張っていいのかもね」
俺に足りない部分の一つにはそういった精神もあるのかもしれない。
これから手に入るかは分からないし、本当に必要かも分からない。
けれど、少しずつ強い気持ちが湧いてきているのは確かだ。
「ならばこそ。体育祭に、遊ぶために。中間考査テストを無事に乗り越えないといけないわけだ」
獅子王さんがノートに、タブレット端末を通学カバンから取り出し、
「兎野君、ちょっとテス勉していこーぜっ」
ニッとイタズラっぽく笑ってみせる。
「苦手な科目とかある? この一学期期末考査テスト総合順位10位の獅子王レオナ先生が教えてあげよう」
「お願いします。英語から聞いていい? 今日の内容であいまいで分かってない部分があってさ」
「おっ、そうなんだ。どれどれー? 拝見してしんぜよー」
それから午後6時頃までみっちりテスト勉強をした。
平均点、越えられるように頑張ろう。
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