第37話 ここで踏ん張って、立ち向かう

「じゃあ、体育祭の出場競技から決めていくということで」


 クラス委員である安昼あひる君と白鳥しらとりさんが教壇きょうだんに立ち、話が始まった。


 体育祭の組は白、赤、黄、青の四つで、各学年二つずつに分けられる。

 俺たち1年A組は白組だ。ちなみに1年B組は赤組。


 学年別優勝というのもあり、同じ組でも争う時がある難しい体育祭になるらしい。


「みんなのタブレット端末に体力測定の記録を見れるようにしてあるから、それを参考に決めていきたいと思います。また競技の内容と出場者の名前も共有しておくので、質問があれば随時ずいじ手をあげてください。白鳥、板書お願いするな」


 分かったよ、と白鳥さんが大型ディスプレイのホワイトボードにペンタブで文字を書いていく。


 生徒一人一人に配布されているタブレット端末に、白鳥さんが書いた文字の他、体育祭の競技内容や体力測定の記録が表示される。


 ただ体力測定の記録も各種目上位5名まで、自分以外の端末で他人の記録は見られない。もちろん他クラスのは全て閲覧不可。


 あくまで参考という形だけど、自分の記録は見られるから自己申告になりがちだ。


 一学期の球技大会はクラスの親睦しんぼくを深めるというレクリエーションの側面から、参加競技は好きなように決められた。


 だから、体力測定の結果も自分から申告しない限りは知られない。

 逆に体育祭は真剣勝負ってことで公開されているんだと思う。


 運動が苦手な人にとっては辛いと思うけど、頭を使う競技もあるらしい。


 そして……困ったことに体力測定をした記憶がない。

 入学当初に思いをせる。


 確か……自己紹介で失敗して、安昼君とのファーストコミュニケーションも失敗してからの――失敗続きで、しばらく虚ろな状態で過ごしていたんだっけ。


 ちょうどその時に体力測定があった……はず。絶対に。

 だから、初めて見るに等しい自分の体力測定のデータを開き、


「一番得点が高いのがクラス対抗リレーだな。ここはまあ順当に足の速い順でいいと思う。一番速いタイムは……お、兎野なんだ」


 50メートル走のタイムで一位は兎野真白。


 自分の名前が表示されていた。

 高校になれば俺より足の速い人なんて当然いると思っていた。


 もちろんクラスでも。

 だけど、覚悟はしていた。

 さすがに一位とまでは考えてはいなかったけど、もしかしたらくらいには。


「兎野さ、どう? 出れるかな?」


 安昼君が俺に問いかけ、クラスのみんなが俺に注目する。

 獅子王さんが不安な眼差しながらも、何度もガッツポーズをして励まそうとしてくれる。


 喉が張り付き、痛い。

 それでも。


「うん。出る、よ」


 声を絞り出す。

 答えはさっき獅子王さんに「頑張って、勝とう」と言った時点で決まっていた。


 もう目を背けることはしたくない。

 ここで踏ん張って、立ち向かいたい。


「……そっか。分かったよ。あとは俺、瑠璃羽るりば根津星ねづぼしで。問題ある人いる?」


 誰も異議は唱えず、沈黙のまま安昼君が続ける。


「じゃあ、クラス対抗リレーは決定だな。兎野さ、100メートル走も出る? 本番で慣れた方がいいと思うんだけど、どうだ?」


 安昼君は俺が答えやすいように話を振ってくれている気がする。

 だから、なおさら引きたくないし、ちょっとだけ気合が入る。


「そっちも、出るよ」

「うん、分かった。ありがとな。100メートル走も一人決まりと。あとなんか出たいのあったらまた言ってくれよ」

「だったらさー。リレーのメンツで騎馬戦出ね? 団結力もあがりそーだし」


 根津星君が手をあげて、意見を述べ始める。


「ってか、うちのクラス。運動系よりも文化系の部活入ってる奴多いし。運動できる組は得点高いところに重点をおくべきじゃね?」

「……根津星のくせにまともなことを言う」

「おい、安昼! 俺をなんだと思ってんの!?」


 承認欲求の塊、色欲&強欲のハムスター、ひまわりの種躍り食い男、と教室の方々からボソボソと声が上がる。


「違うわっ! つーか、最後以外ただの悪口じゃねーか!」


 全部言い過ぎでは? と思ってしまうけど、ひまわりの種躍り食い男は根津星君的にセーフなのか。


 根津星君は同じ高等部からの入学だ。卓球のスポーツ推薦で入学し、勝ち気で自信家な性格。俺と正反対みたいな人だ。


「分かった分かったー。ひまわりの種躍り食い美味しいよなー。根津星ー落ち着けーステイーステイー」

「おーう。分かればいいんだよ、分かれば」


 安昼君が笑顔で根津星君を静める。

 もう先生みたいだ。


「でも、根津星の言うとおりだな。怪我が怖いけど……兎野と瑠璃羽はどうだ?」

「僕は構わない」


 瑠璃羽君の返事に便乗させてもらう。


「俺も大丈夫だよ」

「よし。決まりだな。騎手は体格的に根津星で、俺たち三人が騎馬だな」

「うん、決まりだねー」


 白鳥さんが書き進め、安昼君が進行し、順調にみんなの出場競技が決まっていき、


「二人三脚1000メートル世界横断早押しクイズに出たい人」


 え?


「ご当地パン食い産地当て競争に出たい人」


 それはいったい?


 俺が聞いたことのない出場競技……いや、クイズ? もさくさくと決まり、というか全部豹堂院ひょうどういんさんが真っ先に手をあげてたけど。


 獅子王さんも100メートルやリレーだけじゃなく、借り物競走や障害物競走などエンタメ要素が強い競技にも手をあげた。


 虎雅こがさんは無難で200メートル走とリレーだけ。


 実行委員も決まっていき、


「はい! 私! 応援団に立候補します!」


 獅子王さんが元気よく手をあげた。


「シズコも遠路はるばるはせ参じるのみよ。時にはインドアからアウトドアにジョブチェンジ」

「……ま、今回は出ても良いかな。日焼けはしたくないけど」


 さらに虎雅さんと豹堂院さんも手をあげた。


「おおっ! 三猫女神ズそろい踏み! 応援合戦は白組が勝ちだろ!」


 根津星の興奮気味な声に応え、獅子王さんが立ち上がる。


「もちろん! 私たちの応援バフでみんなをテンアゲ爆アゲしてあげるからー! ウェーイ!」

「ウェーイ!」


 豹堂院さんも続き、教室のみんなが思い思いの声をあげて盛り上がる。


「……ゥェーィ」


 虎雅さんだけ死んだ目をして声も小さかった。けど、本番はキッチリやってくれる人だ。


 俺こそ本番でさえ流れに乗ってできるか分からない。

 そして全ての話がまとまり、蜂牟礼はちむろ先生が教壇に立つ。


「本格的な練習は来週の中間考査テストが終わってからになる。あくまで体育祭は学園行事の一つだ。級友と絆を深め、上級生や他クラスの人もリスペクトし、正々堂々と戦うことを忘れないように。もちろん怪我をするようなオーバーワークは禁物だ」 


 だが、と蜂牟礼先生の目が鋭くなる。


「本番当日の組別対抗戦の種目以外は全て敵とみなして、全力で叩き潰せ。いいな? 先生に君たちを自慢させてくれ」

「イエス! クイーンビー!」


 クラスのみんなが声を揃え、敬礼した。

 俺もこっそりと心の中だけでする。

 ……この空気がまだ苦手なだけで、嫌なわけじゃないから。


 ◆


「よしっ! ちょっくらフル美に逆宣戦布告に行ってくるぜー!」


 5時限目のロングホームルームが終わった瞬間、獅子王さんは真っ先に立ち上がり、みんなに応援されながら教室を出て行った。


「安昼君、色々とありがとう」


 俺も気を遣ってくれた安昼君に礼を言う。


「ん? 気にするなって。でも、大丈夫か? なんか無理してる感じがしたけど」

「うん……それは、大丈夫。どうにかしたいと思っただけから」

「……そっか。ま、リレーに騎馬戦。一緒に頑張ろうぜ」


 安昼君は多くは聞かず笑い、拳を突き出してきた。


「頑張ろう」


 おそるおそる突き出した拳に、安昼君が強めに拳を当ててきた。

 ジンとする感覚が不思議と心地いい。


「あとさ。フル美のこと悪く思わないでくれよ? 昼休みのやり取りなんて初等部からの風物詩みたいなもんだから」


 安昼君もフル美呼びなんだ。


「同じクラスの時はたまに自社の野菜や果物ゼリーを配ってくれたし。獅子王さんに似て突飛なところはあるけど、良い奴だからさ」

「それはもちろん。悪い人だなんて感じはしなかったから」

「そう言ってくれて安心だ。花竜皇かりゅうこう農園って知らない?」

「……そういえば、花竜皇農園のお取り寄せで、家に野菜や果物と届いてるかな」


 父さんがここの農園は凄くいいって贔屓ひいきにしてるのを思い出した。


「だろ。なんでも長い歴史のある豪農の一族らしいからな。フル美も土いじりが好きで園芸部で学園の花壇の手入れをしてくれてるし」


 もしかして獅子王さんはフルーツをもじってフル美呼び……いや、本当に名前が長いから縮めてるだけかな。


「フル美ー! さっきはヒヨってごめん! ってわけで、体育祭は1Aが完全勝利させてもらうぜー!」


 そう思っていると隣のクラスから獅子王さんの声が聞こえてきた。


「まあまあ! 獅子王レオナ! それでこそ私の気高く美しく愛らしく綺麗で可憐で天真爛漫てんしんらんまんで永遠の太陽の素晴らしいライバルですわ! ですが、勝つのは私たち1B! と言いたいところですが……今はー!」

「ちょ!? くっつくなー!」

「強敵と書いて友と読むのですわッ! 仲直りのハグだって当然ですわッ!」


 ……もしかして花竜皇さんって獅子王さんが凄い大好きなだけなのかな?


「フル美は力加減を知らないから嫌なのっ! この農業パワー系お嬢様っ!」

「もうー! 獅子王レオナ! 照れず、恥ずかしがらず、モジモジしなくてもいいのですわッ! 私たちは女同士なのですからー! 何も問題ありませんわッ! 合法ハグですわッ!」

「その発言が逆に怖いんだよっ!」


 たくさんの楽しそうな笑い声と、花竜皇さんの魂の叫びと、獅子王さんの絶叫が聞こえてくる。


 獅子王さん……大丈夫かな。


「……まあ、ある意味。兎野の一番のライバルはフル美になるかもな」

「え? 騎馬戦って男女一緒だっけ?」

「いや、違うがな。兎野、お前さあ……うーん。天然もほどほどにな?」

「なんか、ごめん」


 呆れ気味な安昼君に、俺はそう謝るしかなかった。


 安昼君とも少しずつ話せるようになってきたと思うけど、今度は心配され始めてる気がする。

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