第36話 体育祭。頑張って、勝とう

「体育祭の宣戦布告!? 面白いじゃん! 受けてたーつ!」


 いつもの獅子王さんなら売り言葉に買い言葉で花竜皇かりゅうこうさんに即答していたはずだ。


「体育祭の宣戦布告……? あー、うん? まあ、私たちも高校生だしさ。そーいうの卒業した方がよくね?」


 実際に獅子王さんの口から出た言葉は弱々しく覇気がないものだった。


 困り顔で及び腰。

 ついさっきまでの俺たちと話していた獅子王さんとは別人だった。


「は?」


 花竜皇さんは目を丸くしている。

 それだけ予想外で、衝撃的だったんだ。


「貴方、本当にあの獅子王レオナですの!? 初等部から体育祭の通算成績は5勝4敗! 貴方の勝ち逃げで終わらせるつもりですの!?」

「いや、勝ち逃げとかじゃなくてさ。本当にもうそういうのは卒業した方がよくないかなーって思っただけでさ」

郷明きょうめいの校訓である発展! 革新! 成長! を忘れたのですか! 高等部からこそ本番だというのに! 中等部の最後で誓い合ったじゃありませんの! 高等部でも勝負って!」

「それについては凄い悪いと思ってるよ? 勝負は受けてもいいけどさ。普通にやって、楽しむくらいでいいんじゃない?」


 頑なに態度を変えない獅子王さんに、花竜皇さんの瞳が潤んでいく。

 冷めれば冷める分だけ、相手を熱くさせてしまう。


「ふん! もういいですわッ! 話になりませんわッ! もう私の知っている気高く美しく愛らしい天真爛漫てんしんらんまんな獅子王レオナはいないのですわね!

 大人なご令嬢になっておめでとうございますわッ! ですが、お忘れなく! 勝つのは1Aではなく私たち1Bですから! 1Aの皆さん! お騒がせして大変申し訳ありませんでした! 失礼いたしますわッ!」


 花竜皇さんは深々と頭を下げ、足早に教室を去ってしまった。


「あははー……みんなごめんね? 私のせいで騒がしくなっちゃって。ほら、5時限目始まるし。ちゃくせーき……みたいな?」


 獅子王さんは力なく拳を上げる。

 まだいつもの調子に戻れず、明るさも陰っている。


 ……こんな顔をさせてしまっているのは俺のせいだ。

 思い上がりとか、うぬぼれてるわけじゃない。


 獅子王さんが優しい人だって知ってるからこそ、分かってしまうだけで。

 そして俺の代わりに辛い思いを背負おうとしてくれていることも。


「あー……その。まあ、そだね。ふつーに楽しめばいいんじゃね?」

「うむ。我関せず。泰然自若たいぜんじじゃくの構えよ」


 虎雅こがさんや豹堂院ひょうどういんさんは獅子王さんの異変を察し、話を穏便おんびんにすまそうとしてくれるけど。


「そうだよ! 獅子王さんは悪くないよ!」


 クラスメイトの誰かが声を上げた。

 瞬間、静けさがせきを切ったように爆発した。


「そーそー! 言われっぱなしはしゃくだし! やってやろうぜ! 打倒1B!」

「だよねっ! 体育祭は組と学年の両方で優勝あるのみっ!」

「つーか! 獅子王さんがあんな風に言われて黙ってられる奴は1Aにはいねえよな!? なあ!?」

「もちろん! 球技大会のリベンジもしたいし!」


 教室が一気に熱を帯びる。

 そうだ。これが獅子王さんが今までいた日常だ。


 俺が一人で静かにいた場所からはほど遠い場所。


「ちょ、ちょっとみんな落ちつこーよ! 私はマジで気にしてないし! 体育祭はみんなで楽しめばいいじゃん?」


 そして、いつも中心でみんなを引っ張ってきた獅子王さんが、弱気な態度を取るのはよくない。


「いつもの獅子王さんらしくないけど……なんかあった? 大丈夫?」


 クラスメイトのみんなが心配そうに獅子王さんを見つめる。


「そ、そうじゃないけどー……! みんな熱くなりすぎだって! 一回クールダウンしよっ!」


 獅子王さんが言葉を重ねるだけ、苦しそうになっていく。


 郷明学園は各行事に並々ならぬ情熱を注いでいる。


 花竜皇さんも言っていたとおり、発展、革新、成長の校訓からとにかく前進あるのみの向上心がみんなに宿っているんだろう。


 ……そんな校訓に惹かれたのも志望理由の一つだったな。


 俺もいつの日かそんな風になれたらいいな、なんて思いを抱いて。 

 それがこんな形で思い知らさせれるのは苦しいけど。


 行事に向けられる情熱としてはなにも間違ってはいない。


 本当なら獅子王さんだってみんなと同じ顔をして、熱い気持ちで体育祭に臨んで楽しんでいたはずだ。


 今、この空気に俺が入ることはできない。

 獅子王さんたちもクラスのみんなをなだめるのに手一杯だ。


 俺は教室の入り口で立っていることしかできない。


 ……できない? 本当に? またそっと自分の席に戻る? 怖いから?


 でも、それは嫌だと思っているのなら。

 深呼吸。

 大丈夫だ。

 前に、踏み出す。


「体育祭。頑張って、勝とう」


 クラスの中心にいる獅子王さん相手に、今出せる言葉はこれくらいだった。

 獅子王さんが驚いたように俺を見上げる。


「う、兎野君!? マ!?」

「……マ」


 としか言えなかった。

 心臓の鼓動がうるさすぎるし、冷や汗が止まらない。


 だけど、獅子王さんはそんな俺がおかしかったのか、いつもの笑顔になってくれた。


「……そうだねっ! やるなら全力全開! 打倒フル美率いる1B! そして組対抗もぶっちぎりで優勝して、完全勝利だー!」


 獅子王さんの合図にみんなが応えて、空気が少し変わった。


「珍しく兎野もやる気になってるしな! こりゃ頑張るしかないだろ!」


 安昼あひる君が俺の肩を叩いて笑いかけてから、みんなに向かって話を続ける。


「球技大会の兎野はマジでSGK――いやUGKだったしな!」

「あ、あれは男子が全員ハーフライン越えてバカオフェンスしてるからじゃん! バカなの!? マンガじゃないんだから! 兎野君かわいそーだったよ!」

「違うって! 悪ふざけでも悪気があったわけでもないんだよ! 気がついたら全員攻撃参加してただけでー!」

「思い返してみても、ほんとひどかったけどさ。決勝の最後まで0点でいけたのは兎野おかげだしな」


 安昼君が俺の背中をぽんぽんと叩く。

 思い返せば、球技大会のサッカーでも安昼君と一緒だった。


「1Bのサッカー部時期レギュラー候補軍団相手に0点でPKまでいったのはすげーよ。さすがに兎野に頼りっきりで消耗させすぎたけどな」

「兎野はよくやってくれたしな。こっちのPK全部とめられてりゃ話になんねーよ」


 そりゃそーだ、とクラスメイトのみんなが笑う。


 うん。

 みんな悪気があるわけじゃない。


 ……ただサッカーは11人で一人一人の責任感が少なそうで、さらにキーパーなら目立たないなんて失礼極まりない偏見へんけんをもって参加したことは黙っておこう。


 さすがにPKは注目度があがり、動けなくなってしまい、仁王立ちしかできなくなってしまったし。


 だけど。

 体育祭ではそんなかっこ悪い真似はしたくないと強く思う。


「おー……何やら盛り上がっているようだが、そろそろロングホームルームを始めるぞ」


 教室に入ってきた蜂牟礼はちむろ先生が教壇きょうだんに向かう。

 そして5時限目を告げるチャイムが鳴る。


「席に着きなさい。知っている人もいるかもしれないが、今日は体育祭について話合う。出場競技や応援団、実行委員などを決めていくぞ」

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