第35話 過去があって、今がある

「って言っても、告ってきた全員断ってきたんだけどね。よくて友だちから始めましょってレベル。

 レオナって人前で平気でアニメとかゲームの話するじゃん? だから男子もどうにか話合わせようとしたり、無理してそっちばっかりに比重置いて。レオナは二の次になったり」

「小学生の時は学年の大半が魔法少女アニメのキーホルダーをつけてアピってたこともある。第一次魔法少女キーホルダー事変」

「あった、あった。あれはちょっとヤバすぎて引いた」


 豹堂院ひょうどういんさんの発言に、虎雅こがさんが頷く。

 第一次ってことは第二次もあったってことだよね。

 想像ができない状況だ。


「で、レオナもあっさり釣られて指摘するけど、そっからあんまり話膨らまないし。KYのKYで男子顔負けの行動するくせに頭も意外にいいから、理想していた姿と違って距離とられることもあったし。

 さすがに中等部くらいからは同年代の男子も学んで、高等部になったらだいぶ落ち着いたけどね。中身は大して変わってないけど」

「いやいやー? これでも私かなり成長したんですけどー?」


 はいはい、と虎雅さんは背後でアピールする獅子王さんを軽くあしらった。


「分からないなら、分からないでいいのにね。最初にさ。楽しいって分かってあげればいいのに。それすっと飛ばされたって嬉しくないでしょ。

 あたしだってマンガちょっと読むくらいだし。静子は本全般なら読むけど、ゲームはからっきしだし」

「うーむ。シズコは本という知識欲の無限牢獄に懲役生涯を課せられている」


 虎雅さんはふっと優しく笑い、重々しく頷く豹堂院さんの頭を撫でる。


「だからさ、こう見えて。兎野みたいに一人の男子と一対一でいるの初めてなんだよ」

「ウサノスケとベストコミュニケーションナウ」

「……そうなんだね」


 噂の真相を知れたのはよかった。


 中三の時が一番大変って言ってたけど、獅子王さんが〈GoF〉を始めたのが三学期も終わり頃。


 高三の人たちの中には最後と思って勇気を出して告白した人もいるはずだ。

 レオとして遊んでいる時にそんな話題は一度も上がらなかった。


 当然だ。

 俺も踏み込んだリアルの話はしてこなかったし、相手を辛い気持ちにさせたくない。


 そしてレオと結婚したのは確か中学を卒業して、郷明きょうめい学園に入学直前。


 獅子王さんは両親の夫婦関係に悩んでいただけじゃなく、自分に向けられる好意に対しても疑問を抱いていたのかもしれない。


 俺もレオとしての表面的な部分しか見れず、離婚を告げられた時の返答は間違っていたと痛感する。


「……え? それだけ? もっと喜んだり、気のいたコメントでない?」


 虎雅さんは俺の反応に不満があったらしく、引かれてしまった。

 改めて答えを考えてはみたけれど。


「昔を知ったとしても、今の獅子王さんは獅子王さんだから」


 反省もするし、後悔もあるけど。

 今を大事にしてこれから先どうするかも大切だ。 


 それに獅子王さんとずっと一緒にいてくれる人たちが目の前にいる。


「虎雅さんも豹堂院さんも友だち思いでいい人なんだ、って知れたのもよかったなって」

「バッ!? おまっ!? よく平気でそんなセリフ言えるねっ!」

「そー面と向かって言われると、流石のシズコも静子の一人称に戻らざるおえない」


 虎雅さんが顔を赤くして怒り、豹堂院さんがスンと真顔になってしまった。

 確かに鼻につく言い方だったかも……?

 あ、胃が痛くなってきたかも。


「うわっ。ドヤ顔ウザッ」


 二人の背後で獅子王さんが無言で腰に手を当て、顎をあげて、ドヤ顔してる。


「まあ、きつく言っちゃったけどさ。そういう事情もあってレオナも距離の詰め方おかしい時があるから、困った時はちゃんと本人に言いなよ? で……あんまり、その。幻滅しないでくれると嬉しいかなって」

「うむ。百獣の女王様のお守りは多いに越したことがない。マンパワーは大事」

「それな。保護者は多い方がいいし」


 虎雅さんと豹堂院さんがおかしそうに笑う。


「ちょいちょいー。あれとかこれとかの次は珍獣扱いですかー?」


 獅子王さんもまためげずに抗議の声を上げる。

 これが三人のいつもの日常風景なんだと思った。


「ありがとう、虎雅さん。幻滅なんてしないし。問題があった時は獅子王さんとちゃんと話し合うよ」

「うんうん! 兎野君と私のコミュレベルは既にカンスト限界突破だし! 心配いらないよっ!」


 俺の言葉に獅子王さんが元気に応えてくれる。


「そ。ならいいんだけど、兎野もあんま誰彼構わず……いや、うーん。とりま発言の内容は一呼吸を置いてから、なるべく口に出しなよ。男子はまだしも特に女子はね」

「分かったよ。気をつける」


 今みたいな事故はなるべく起こさないようにしないといけない。

 俺の身が持たず滅ぶ。


「サクちゃむほんとにお節介ママー」

「私たちの桜オカンー」

「うっさい! あたしはまだママでもオカンでもないって!」


 二人に煽られながら虎雅さんは続ける。


「……ま、その感じならいずれクラスになじめるでしょ」

「うむ。カレーのように、シチューのように、石狩鍋のようにーじっくりコトコト一致団結ぞよ」

「うん! みんなともいつか話せて仲良くなれるよっ!」


 ありがとう、と三人に励まされ、お礼を言う。

 こういう時にこそ、うまい言葉が言えればいいんだろうけど。


「それにあたしら仲良くなるのに五年とちょっとかかったし」

「え? そうなんだ」


 虎雅さんの言葉に驚く。

 意外だ。

 今までのやり取りを見ても最初から打ち解けていたイメージがあった。


「うむ。小六も半ばまでライオン派とタイガー派で血を血で洗う血みどろの殺伐とした派閥はばつ抗争が毎年行われていた。他にも竜果実事変などの数多の逸話いつわがある」


 郷明学園って実は殺伐とした怖い学校なの?


「あれ? 豹堂院さんは二人のどっちかと一緒だった? それとも……まさかの第三勢力のパンサー派?」

「うむ。確かにシズコはパンサー。しかして自由気ままな独り身で観測者ポジよー」

「兎野君、想像できないけどさ。シズぽよって小学生の時はコテコテの文学少女だったから。三つ編みお下げにメガネに図書室がホーム」

「今やシズコもメガネ三つ編みお下げから、ツインテとコンタクトにレボリューションしちゃったのだ。キャッ」


 獅子王さんが豹堂院さんの進化したツインテールで遊びながら考え込む。


「んーと? 仲良くなったのって小六の修学旅行で京都行った時だよね? 確かシズぽよが平等院鳳凰堂びょうどういんほうおうどう深奥しんおうを満喫したいって迷子になっちゃって」

「ノンノン。サクちゃむがドラマの聖地に行きたいって一人いさみ脚ー」

「は? 違うでしょ。レオナがいきなりラーメン食べたいとか言って行列に並び始めるからじゃん」


 ……あれ? 迷子確定で全部だっけ? と三人揃って首を傾げた。


 俺が知らないだけでみんなにだってたくさんの過去があって、今があるのだ。

 本当にそれを知れたことがよかったと思う。


「ま、兎野にはほんと色々口うるさく言って悪いけどさ。レオナと夏休みの短期間で打ち解けたのは凄いって思うよ」

「一夏の色あせないメモリーは時を越えるのだー。ゴートゥーフューチャー」


 獅子王さんと目を合わせる。


「うん。色々あったから」

「ね。あったよねー」


 多くを語らずとも分かった。


 弱みを握られたわけじゃないけど、一度は距離が離れかけた。


 それでも歩み寄って、お互いに弱みを見せて、一緒にいることを決めた。

 それは――俺たちだけの夏の思い出だ。



 ◆


 教室に戻ろうと廊下をみんなで歩いてると、なにやら騒がしい。


「オーホッホッホッ!」


 今時めったに聞こえない高飛車な笑い声がどんどん大きくなる。

 ……あれでも、この前の休日に聞いた気が?


「げっ、この声は」

「うわ、出たよ」

「むっ、波乱の予感」


 獅子王さんと虎雅さんが露骨に嫌な顔をし、豹堂院さんも険しい表情になる。


「ようやく帰って参りましたのね! 獅子王レオナッ!」


 教室に入ると、獅子王さんの席の前で別クラスの女子生徒が立っている。

 手入れが大変そうな金髪縦ロールを揺らし、獅子王さんに向かって右手を掲げる。


 名前は確か。


「出たな、花竜皇かりゅうこうフル美」


 そう、花竜皇フル美さん……だっけ?


「違いますわよ! 花竜皇フロレンルティーヌ美来みらいですわッ! 何度言ったら分かるんですの! 変な呼び方をいつになったらやめるんですの!」

「えー? だって長いんだもん。それにフル美って可愛くね?」

「可愛くありませんわッ! エレガントさの欠片もないですわッ!」


 とにかく! と花竜皇さんが獅子王さんを指さす。


「今日は私の呼び名なの訂正をしに来たのではありませんわッ! 来たる日の十月! 体育祭の宣戦布告に来たのですわッ!」


 体育祭。

 その言葉を聞いた瞬間、あれほど軽かった心が重くなり、身体が一気に強ばった。

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