第33話 好きピサングラスのポーズ

「レオナ。会議ってなにすんの?」

「桜ー、分かってて聞く? まだ間に合う夏休み明けデビュー計画を実行した兎野君の反省会だよっ!」


 シートに座る虎雅こがさんと豹堂院ひょうどういんさんに対して、獅子王さんが腰に手を当て前のめりに言った。


 当事者の俺も立ったまま話を聞く。


 結局、休み時間は三人としか話をできず、会話に入ってくる人はいなかった。あとはここに来る前に安昼あひる君に頑張れよーと励まされたくらいだ。


 他のクラスメイトとはまだ話ができていない。


「そうは言ってもさ」


 虎雅さんが気怠げに俺を流し見てから、獅子王さんの方を向く。


 切れ長の目に、凛とした雰囲気に当てられるとつい背筋が伸びてしまう。三人の中で一番背が高いし、まとめ役みたいなポジションなのかな。


「……みんなが静子みたいに盛り上がると思ったの?」

「ウサノスケー! ニュースタイル! マーベラスー……ハッピーバースデー!」


 豹堂院さんが立ち上がると、両手を挙げて小さな身体をめいっぱい使って跳びはねた。


「ありがとう、豹堂院さん」

「うむ。よきに計らえ」


 ツインテールの片側を髭に見立てていじる豹堂院さん。


「こんな感じ?」

「そんな感じ! でも、みんなさー。お、おう……みたいなびみょーな感じだったじゃん? あれー? ってついテンパっちゃったし。

 まあでも? ハッチーのおかげで流れ変わったし、安昼君と仲良くなれたのはマジでおめでとーだったんだけど。というわけで、改めましておめでとう! 兎野君!」

「獅子王さんもありがとう。まだ軽く挨拶するくらいだけど」

「ううん! それでも大きな一歩だよ! あとは前進あるのみっ!」


 握り拳を作って熱く語る獅子王だったけど、すぐに顔が曇ってしまう。


「でも、やっぱさー……私としてはもっとブワーって感じで盛り上がってほしかったのも事実でさー。せっかく兎野君が気合入れてガチってきたのにさ! 悔しいじゃん!」


 俺にしてみれば十分な反応だと思って満足して受け入れたけど。


 獅子王さんはもっとみんなに俺のことを知って欲しいからこそ、悔しがってくれるんだろう。


 俺が欲張らなすぎなのかな……。


「俺は平気だから。でも、本当にありがとう、獅子王さん」


 今の俺にできるのは悲しいかな感謝を伝えるくらいだ。


「へへっ。どーいたしまして。ほらほらっ。兎野君のナイススマイルを見れば、みんなだって分かってくれるはずなんだよっ。なんでかなー?」


 結果として獅子王さんの頭をさらに悩ませることになってしまった。


「あー……まーさ。理由は色々あるけどさ。一番はレオナが……」


 虎雅さんがまた俺を見てから、獅子王さんに向かって。


「その。や、やっぱり好きピサングラスでしょ?」


 顔を真っ赤にしながら両方の手でわっかを作って目に当てた。


「な!? だ、だから桜ー! そういうんじゃないってー!」


 獅子王さんも顔を赤くして同じポーズをとった。


「いやいや。外野からしたらそう見えるんだけど?」

「桜は何見たってすぐそっちに持ってきがちじゃん! 桜の乙女回路スキルマカンストッ!」

「最後意味分からんしっ。とりまマジでガチじゃない?」

「マジで!? ガチで!?」

「マジでガチで違ったらごめんて」

「そ、そうなのかな!? や、やはり好きピサングラスなのかな!?」

「マジでガチで好きピサングラスじゃね?」


 二人はその体勢のまま会話を続けている。


 二匹のレッサーパンダが立ち上がって威嚇いかくし合うを想像して……というより、正しくは子ライオンと子タイガー?


 虎雅さんもこんなことするんだ……って、俺も見た目の印象に引っ張られてるな。どうしたって先入観は生まれてしまうものなんだろう。その都度つど変えていくしかない。


 しかし、好きピサングラス? これにはどういう意味が?


「うむ。好きピサングラス一択」


 豹堂院さんまで!?


 好きピは確か好きな人で、サングラスは……サングラスでは?


 話の流れからして、俺が対象なんだろうけど……つまりどういうこと?

 サングラスは……やっぱりサングラスだよね?


 前後の単語に繋がりに、ポーズの意味も見いだせない。

 獅子王さんと虎雅さんは顔を赤くして、豹堂院さんだけ堂々とした佇まい。


 親友だけに通じるコミュニケーションってやつなのかな。

 分からないのも当然だけど、こういうやり取りにも憧れる。


 虎雅さんが好きピサングラスのポーズのままこっちを向いて……そっと解いた。


「あ……ごめん。兎野に説明すると。兎野の外面しか知らないと薄い反応になるってこと。あたしらはレオナからちょっとは聞いてたからさ。内面の部分とかも」

「そう! 好きピサングラスってそんな感じの意味だよ!」


 獅子王さんは好きピサングラスのポーズのまま力強く頷いた。


「さらに説明しよう、このプロフェッサーシズコが。色メガネ的な意味ぞよ、ウサノスケ。ギャル語は日々変異変遷へんせんするデンジャーな生き物。常にアップデートとリサーチが必要になる。分かったかね?」

「な、なるほど。勉強になります、プロフェッサーシズコ教授」

「うむ。しかし、好きピサングラスもTPOに応じて違う意味もあったりしなくもないような感じで、今回もシズコセンサーに――モガッ」

「はいはーい。プロフェッサーシズコセンサーはオフにしましょうねー」


 獅子王さんが豹堂院さんを後ろから抱きしめ、口を軽く塞いでしまった。


「いつになくアグレッシブレオにゃん」


 豹堂院さんも抵抗するどころか、獅子王さんに身体を預けてじゃれ始める。

 これまた親友ならではスキンシップって感じでいいな。


「まーそんなわけでさ。今まで話したことがない奴が髪切ってきたって話しかけづらいでしょ? しかも髪伸ばして、なんか影ある奴なら反応一つだってしにくいし」


 あー、と虎雅さんがこめかみに手を当てた。


「……またごめん。本人の前で言うことじゃなかったよね」

「いいよ。虎雅さんみたいにハッキリいってくれる方が楽だし嬉しいよ。メンタルにはくるけどね」


 虎雅さんの考えをしたクラスメイトが一番多いはずだ。安昼君もある程度話すまで硬かった。


 俺だってついさっき虎雅さんの外見だけを見て先入観を抱いていたし。

 まあでも……俺の胃は荒れ出している感じがする。


「え? それはマジで大丈夫なの? 無理してるだけじゃない?」

「ウサノスケ、ルイボスティー飲むかね?」

「ありがとう」


 解放された豹堂院さんから紙コップを受け取って一口飲む。

 ホッとする味だ。


「ね? 反省会ってこんな感じで沈んだ空気になりがちじゃん。だから、先に美味しくご飯食べようってわけ」


 獅子王さんは腕組みをし、真剣に悩むかと思いきや、


「うん! 桜の言うとおりだねっ! お昼にしよう!」


 すぐに納得してお弁当をとりだした。


 そうして始まる昼食会。

 獅子王さん以外とは初めてだ。


 虎雅さんは少量ながら栄養を考えられたバランスのいい弁当。


 豹堂院さんは……トルティーヤっぽい円形の薄いパン、カレーが入った保温ジャー。インパンクトは強いけど、これも女子が食べる平均的な量だ。


 獅子王さんがやっぱり特別多いだけなんだ。


「ウサノスケもチャパティ食べるかね?」

「チャパ……? トルティーヤじゃないの?」

「ノンノン。トルティーヤは主にメキシコとかアメリカー。チャパティはインドとかアフリカらへんの主食の一つ。美味しいよーキズリサナだよータムサーナーだよー」


 豹堂院さんが怪しいうたい文句を呟きながらチャパティにカレーを注ぐ。マイお玉で。


 今までのテイムの影響か、自然と受け取って口に運んでしまっていた。

 カレーのほどよい辛みとナンみたいな生地の味が合わさって。


「美味しいね。豹堂院さんは毎日こんなお弁当なの?」

「シズコは知的好奇心に探究心を抑えきれないネイチャーなのでね。世界中の色んな料理を食べたくなるのだ。だから昆虫食も食べてみたけど……シズコは千年後の未来ではアライブできないと悟ってしまった」

「ちょっと静子。ご飯の時に虫の話とかやめてくんない? 萎えるから。せみとか飛んできたらどうしてくれんの?」

「その時はウサノスケガードを使うしかなかろうて。ササッ」

「あっ! ずるい! 私も兎野君ガード使いたいっ」


 俺の背後に回り込む二人を見て、虎雅さんが呆れた顔をした。


「いや、兎野本人が虫駄目だったら意味ないでしょ」

「俺は平気だよ」


 小学生の頃はカブトムシにクワガタ、さらになんかよく分からない虫も手づかみしてたし。


 さすがに食事中なので黙っておこう。

 虎雅さんに怒られたくない。


「あ、豹堂院さん。よければお返しにどうぞ」

「おおっ、ありがたい。ウサノスケのお弁当ジャンボー」

「私も私も! 交換こしよっ」


 さらに獅子王さんも自分の重箱を中心に置いた。


「兎野の弁当ってやっぱでかいよね。ってか、レオナが同レベなのがおかしいんだけど」

「え? そう? 私の兎野君のお弁当よりもちっさいよ?」

「その認識の時点で重傷だよ、マジで。もう一生治らないかもだけど」


 虎雅さんが一瞬だけ俺を見る。

 今日は何回もちら見されたので、虎雅さんの視線にも慣れてきた。


「まあ、治せるのは一人くらいじゃね? メタボは早死にだよ。あとモデルやるなら食事制限はしなよ」

「もち大丈夫だし! 食べた分ちゃんと運動してるからっ!」


 獅子王さんはカラッと笑って、俺のお弁当からウインナーを一つ頬張った。


「んー! やっぱり兎野君のパパの料理うまっー!」

「ダメそうだから言ってんだけど」


 虎雅さんが大きなため息をついた。

 平気できついことも言い合うけど、嫌な空気にはならない。


 デス美さんと獅子王さんの会話でも感じたけど、本当にこういうやり取りに俺は慣れていない。


 だけど、居心地がいいと感じられるだけで進歩したのかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る